作品タイトル不明
いじめの分析と対応について考える
「しゅうだんしんり?」
シェンリーが目を瞬かせながら私の言葉を反芻した。それに頷き、二人の顔を見る。
「集団心理、もしくは群集心理ともいいます。人数が増えていくと、通常ならば行わないような過激な内容の行動でもまるで当たり前のことのように実行してしまうことがあります。その時、群衆は興奮状態となってしまい、冷静さが失われてしまいます」
解説すると、ソラレの目が細くなる。
「……そういう状態だったから、仕方がない、ということでしょうか……」
その言葉を聞いて、少し驚く。精神とか心理状況について簡単な説明をしただけなのに、ソラレは集団心理の仕組みを理解したようだった。
「いいえ、集団心理を理由に許せとは言っていません。ただ、それを踏まえて考えると視野が広がり、見え方は変わると思います。もしかしたら、いじめを主導する気の強い生徒が恐ろしくて、逆らえないだけの人もいるかもしれません。もちろん、そこで抵抗せずにいじめに同調することは悪いことですが、その気持ちを考えると必ずしも悪として罰するまでしなくても良いかもしれません」
自分の心情を素直に語る。しかし、ソラレは納得しなかった。
「……僕は、そうは思いません」
明確な否定だ。ソラレにとって、主導した人物は勿論、同調した人物も敵として見ているのだろう。それは、イジメを受けた本人でなければどうしようもない問題である。
「しかし、それにグレン学長は関係ないでしょう? 何故、グレン学長にも敵意を向けるのですか?」
尋ねると、ソラレは眉根を寄せる。
「……最初は相談していました。助けて欲しいと思って、こんなことをされたんだと訴えたんです。でも、助けてくれませんでした。学長だから、学院の方が僕よりも大事だから、王族や貴族の生徒の味方をしたんです……! そして、途中で学院を辞めたエルフ相手でもそれは同じでした……僕を出来損ないだと罵った人たちなのに……!」
ソラレは感情を露わにし、血を吐くような言い方でそう言った。目には涙が浮かび、怒りや悔しさが声に滲んでいる。
「それは、誤解ではありませんか? グレン学長はソラレ君のことをとても心配しています。その愛情に偽りはないと思いますよ」
一応、フォローをしてみたが、ソラレの表情は変わらなかった。
「酷いことを言われたり、石を投げられたり、魔術で攻撃されたりしたのに、何もしてくれなかった……そのことに変わりはありません。僕にとっては、味方ではありません」
味方ではない、ソラレはそう言った。グレンはもはや唯一の家族の筈だ。それなのに、敵とまでは思わずとも、味方とも思えない。とても悲しいことである。
どうすればソラレの気持ちが変化するだろうか。まずは、ソラレの気持ちが前向きなものになるように仕向ける必要があるのかもしれない。申し訳ないが、グレンとの関係の修復は後回しだ。今のソラレでは、何を言っても全員が敵に見えてしまうだけだろう。
そう思って、私はソラレの目を見つめる。
「そうですね……では、ソラレ君はどうしたいですか? イジメをした人たちに仕返しをしたいですか? それとも、グレン学長に文句を言いたいですか?」
尋ねると、ソラレは困ったように俯いた。
「……もう、関わりたくないんです。僕は、二度と学院で講義を受けようとは思いません」
と、ソラレは殻に籠るように外界との接触を拒絶してしまう。いや、講義を受けないということは、学院内での生活についてだけ、だろうか。
暫く黙って思考を巡らせる。
この状況で無理やり講義に参加させても更に心を閉ざしてしまうだけかもしれない。まだ、こうやって会話が出来るだけでも十分解決の糸口はあるはずだ。強引なことをして会ってもくれなくなったら大変である。
「……分かりました。それでは、学院外で講義をしましょう。教員は私。生徒はシェンリーさんとソラレ君だけです。いかがですか?」
そう確認すると、二人が同時に振り向いた。
「……そんなこと出来るんですか?」
「学院外で……?」
二人が同時に疑問の言葉を口にする。
それに微笑み返して、頷いた。
「大丈夫です。そこは私に任せてください。フィディック学院とは無関係な形で、魔術のお勉強をしましょう。それこそ、ソラレ君が知らない魔術を沢山みせてあげますよ」
そう告げると、ソラレの目が輝いた。
「本当?」
そう言ったソラレの表情は年相応の希望に満ちた少年の目をしていた。やはり、この少年は魔術が大好きなのだ。だからこそ、普通の人では考えもつかなかった魔術を開発することが出来たに違いない。
そう思って、私はソラレに笑顔で頷き返す。
「はい。もちろんです」