作品タイトル不明
文化祭後半9 生徒達の発表2【別視点】
【ティス】
会場が驚きのあまり静まり返ってしまった。そして、全員が雷の魔術を発動した頃、ようやく驚きや感動の歓声が聞こえ始める。
あの、大人しいディーンが、あんなに堂々と会場の中心で魔術を披露している。それも、誰もが驚くような凄い魔術を、だ。
その姿を見るだけで、人前だというのに涙が出そうになる。
「ディーン……」
私は聞こえるはずもないのに、拳を握り締めて我が子の名を呼んだ。ストーン家を盛り上げることも、貴族間の派閥で顔と名を売ることも、今は全てがどうでも良い。
我が子が、ディーンが、あんなに堂々と人々の喝采を受けながら、魔術を披露している。それが何よりも誇らしく、嬉しかった。
頬を濡らす涙に気が付いたが、それを拭うことも忘れて我が子の発表を見つめ続ける。
そんな時、ディーンだけが魔術を中断してしまった。どうしたのだろう。何か、問題が生じてしまったのだろうか。
途端に不安になり、自分の悪い癖が出そうになる。
ハラハラしながら、私はディーンの姿を祈るように見つめていた。
すると、ディーンはそんな私を勇気付けるように冷静な表情で軽く深呼吸をし、再度詠唱を開始した。また、魔術を見せてくれるのだろうか。
そう思って眺めていると、先ほどよりも長い詠唱であることに気が付く。その間に、他の生徒達も魔術を中断していき、やがて会場は元の景色を取り戻していた。
これから何が起きるのか。皆が、そう思ってディーンの姿に目を向けたのを感じる。
会場が静寂に包まれる中、ディーンの詠唱が終わりを告げた。
「…… 稲光(ライトニング) !」
ディーンが魔術名を叫びながら右腕を天に向ける。直後、拳ほどの小さな水球が現れ、みるみる間に大きく成長し、激しく明滅を始めた。
そして、水球は一瞬暗くなり、次の瞬間、空に向かって激しい光の帯を放った。お腹に響くような低い音と何かが破裂するような衝撃音が同時に響き渡り、空に雷が奔る。手足がピリピリと痛むのは、僅かに雷を体に受けてしまったということだろうか。
周りを見ると、多くの人が腰を抜かして地面に座り込んでいた。立っている人も多いが、揃って茫然と空を見上げている。
数秒もの間、会場は魔術の余韻を噛み締めるように静かなままだった。だが、やがて一人二人と視線をディーン達に戻し、大きな拍手が巻き起こり始める。それは生徒達の発表の成功を示していると同時に、ディーンにとって大きな転機を知らせる鐘のようなものであっただろう。
私は溢れる涙をそのままに、手が痛くなるほどの拍手を送っていた。
「……緊張したね」
「うん。でも、楽しかったよ」
「あ! 今は触らないで! 絶対にビリッてなるから!」
アイル達が騒ぎながら会場の裏側に移動してきた。まだ最後の挨拶をコートがしている筈だが、自由な子たちだ。
「お疲れ様でした。とても良い発表でしたよ」
そう告げると、三人がこちらを振り返る。
「アオイ先生ー!」
「そうでしょ? 頑張ったんですよ! ね?」
「きゃあ!? 触らないでって言ったでしょう!?」
アイル、リズ、ベルが大きな声で騒ぐ。いつも元気な三人に苦笑しつつ、次に出てきたシェンリーにも労いの言葉を掛けた。
「お疲れさまでした。頑張りましたね」
そう告げると、シェンリーは照れたように笑って頷く。
「はい。父の姿は見えませんでしたが、どこかで見てくれていたはずですよね」
少し不安そうにそう呟くシェンリーに、私は息を吐くように笑った。なにせ、シェンリーの父であるオルドは会場の端に最初から陣取っていたのだ。シェンリー達が会場に顔を出す前に多くの人が集まっていたので、恐らく更に端に追いやられてしまったのだろう。だが、シェンリーの晴れの舞台はきちんと見てくれていたと思う。
「大丈夫です。オルドさんは会場にいましたよ」
そう言って笑うと、シェンリーはホッとしたように頷いた。
と、今度はディーンが静かに会場から戻ってくる。先ほどまでの堂々とした態度から、いつもの大人しい雰囲気に戻っているのが少し面白い。
「お疲れ様です。ティスさんが感動していましたよ」
「え? 本当ですか? そ、その……魔術を意識し過ぎて人の顔が見られなくて……」
「後でお話をしてみてください。きっと喜ぶと思います」
戸惑うディーンにそう言って笑いかける。そして、最後にコートとロックスが戻って来た。
「お疲れ様です。お二人とも堂々としていて恰好良かったですよ」
二人にそう告げると、コートは爽やかに笑いながら片手を振り、ロックスは拗ねたように鼻を鳴らしてそっぽを向いた。こんなところでも対抗心が出るのだろうか。二人は対照的な反応を示している。その様子に微笑ましいものを感じながら、私は全員を振り返る。
「皆さん、素晴らしい発表でした。ここだけの話ですが、個人的にはこの文化祭で誰よりも良い発表だったと思っています。来年はもっとすごい魔術を披露してお客さんを驚かせましょうね」
悪戯心を覗かせてそう告げると、皆は吹き出すように笑った。
「ふふ、アオイ先生がそんなことを言うなんて思いませんでした」
「皆すごく驚いてましたよね!」
「……た、楽しかったよね」
最後にディーンがそんな感想を述べると、不思議と皆の視線がディーンに集まる。
「え? な、なに……?」
慌てるディーンの姿に、皆は声を出して笑った。アイルが戸惑うディーンの背中を叩いて口を開く。
「そりゃあ、一番派手な魔術をぶっ放したんだからね! 気持ち良かったでしょう?」
「え? え? う、うん……」
笑いながらアイルにちょっかいをかけられて、ディーンは照れたように笑った。その光景に和んでいると、ロックスが腕を組んで眉根を寄せる。
「……すぐに俺もディーンと同じ魔術を使えるようになるからな。覚えておけ」
悪役のような台詞を残して、ロックスは肩を怒らせて背を向けた。そのまま歩き去っていくロックスの背を、ディーンが目を丸くして見送る。
「……も、もしかして、怒らせてしまったんでしょうか……」
泣きそうな顔で振り向くディーンに、コートが苦笑しながら首を左右に振る。
「そんなことはないよ。悔しがっているだけさ。気にせず、来年はもっと差を付けてやったら良いと思うよ」
と、コートが楽しそうに笑った。しかし、すぐに目を細めて肩を竦める。
「まぁ、私も皆に負けるつもりはないよ?」
そう言って、コートは不敵に笑った。どこまでも爽やかな男である。ディーンはそんなコートを見て、浅く頷く。
「……ぼ、僕も、負けるつもりはありません」
ディーンがそう言うと、皆が一瞬目を丸くして驚く。あのいつも自信なさげだったディーンが、自ら負けないと口にしたのだ。
生徒達の中で誰よりも雷の魔術を習得していることが、大きな自信につながったのかもしれない。私は無性に嬉しくなり、ディーンの頭を撫でまわしたくなった。
だが、近くにシェンリーのふわふわの頭があったので、そちらを撫でまわしたのだった。