軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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「ラシェル、あなた何を言っているのか分かっているの?」

「はい。お母様」

私の目の前には、厳しい顔をした父と困惑した様子の母。

何故今、いつも優しい両親が私に対し、このような表情を見せるのか。

というのも、今私が二人に行った相談によるものだろう。

「学園の長期休暇にブスケ領まで行くだなんて⋯⋯」

そう、母が言ったこの言葉。

これこそ、穏やかな団欒の場を壊し、ピリッと張り詰めた空気を作った原因だ。

「ラシェル、理由を言わない事には許可は出来ないよ。マルセル領ならまだしも、ブスケ領はラシェルが行った事もない土地だ」

「分かっております」

「いや、分かっていないだろう。何故あえてそこなんだ。旅行にしてもまだ他に考える場所があるだろうに、何故⋯⋯」

父が厳しい顔のまま、更に眉間に皺を寄せて口にするのを躊躇っている。

そうだろう。

ブスケ領は山々に囲まれた土地。

マルセル領が明るく活気のある港の街であるならば、ブスケ領は厳しくそびえ立つ雪山に守られた街だ。

貴族の子女が旅行に行くとは考えにくい土地であろう。何せ、この国で最も厳しいと言われる修道院。

シャントルイユ修道院のある場所である。

「あの場所には、お前とも関わりのあるカトリーナ嬢がいる場所だ」

「はい。存じております」

「あの修道院から出る事など考えられないが⋯⋯それでも、近付けたくないと思うのが、親として普通ではないかと思う」

「はい⋯⋯。お父様の仰ることは、その通りだと思います」

カトリーナ様と仲良くしていた事を知っていた両親は、殿下と婚約後に疎遠になった事。

そして学園で悪い噂を撒かれた事に対し、ヒギンズ家に対し良い感情を持っていない。

特にカトリーナ様の両親の前侯爵と夫人は、社交界では人望が無かったそうだ。

だからこそ、ヒギンズ侯爵夫妻が隠居した事で『いい気味だ』と噂する者が後を絶たないと言う。

それでも、カトリーナ様のお兄様が、ヒギンズ侯爵家の落ちた信頼を取り戻そうと奮闘している。

だがいくら侯爵家と言えど、一度悪い噂が出ると、付き合う家が限られてしまう。

数年は社交界からも爪弾きにされてしまう可能性さえある。

ただ、現ヒギンズ侯爵を見ていると、時間は掛かるが力は取り戻せるのではないか、との見方をする者たちもいるそう。

そして、カトリーナ様の噂まではここ王都には流れてこない。

もしかしたら、未だ私のことを恨んでいるかもしれないし、私のことを過去と考えてくれているかもしれない。

その事に関しては、今知る術は私には持ち得ていない。殿下はあの事件の後でも、独自に彼女の素行を調べているかもしれないが、あえて話題に上げることもない。

だがやはり、父も母も未だその事を気にかけているのだろう。

今も母は心配そうに私の顔を覗いている。

「何故なの? 何故、ブスケ領に行かなければいけないの?」

そのお母様の問いに、私は唇を噛み締める。

「⋯⋯詳しく言う事は、現時点で出来ません」

「だったら、もうこの話は終いだ。

ラシェル、お前の希望は出来る限り叶えてあげたいと思っている。

それでも、これには頷けない」

私の答えに、父は深く溜息を吐くと首を横に振った。

そして話を切り上げるよう言葉にし、目の前のワインを一口飲む。

⋯⋯やはり、ただ行かせてほしいと伝えても駄目、よね。

本当は目的がある。

私の時間が巻き戻った事はきっとアンナさんが前世を思い出した事と関係がある。

であれば、私の最期。

あの場に何か手掛かりがあるのではないかと考えた。

もしかしたら、私の思い違いかもしれないし、その場にヒントがある訳ではないのかもしれない。

⋯⋯それでも、私の死。

それが引き金となっているのかどうか。

このまま両親を説得出来ないようでは、きっと私は何も知り得ないし、今後も何も手にする事も出来ないだろう。

そう自分を鼓舞し、父と母をジッと見つめる。

そして意を決して、口を開く。

「そこに⋯⋯失った力の鍵があるのでは、と。

そう思うのです」

「何?」

私の言葉に、父は眉を僅かに動かすと続く私の言葉を待つ。

前回の生において、過ちを犯した罰として私は、シャントルイユ修道院に送られる筈であった。

だが、ブスケ領に入る手前の森で賊に襲われたのだ。

一度、過去の死を振り返る事。

そして何か大事な事を忘れていないか。

それを調べたい。

その為には、実際に目で見て、歩き、肌で感じる事こそが必要なのではないか。

そこに手掛かりがあっても無くても。

怖いから目を背けていた過去。

あえて逸らし続けていた事実。

それに向き合わない限り、私は何も手にする事が出来ないだろう。

「それに⋯⋯私はこの国のことをもっと知らなければいけないのです。

この国のこと、民のこと、そしてその地の子供達。

私が目指すものをしっかりとこの目で見て、知りたいのです」

両親に一度死んだ場所だから、そこに行きたい。とは言えない。

でも、今私が言える本音。

それを大好きな家族である二人に知ってもらいたい。

その上で、どうか送り出してくれないか。

そう願うような瞳を両親へと向ける。

すると、母は困った子供を見るように眉を下げながら、それでも優しく口元を上げた。

そのまま目蓋を閉じて、ふぅっと息を整えた後、母は強い瞳で私を見た。

「⋯⋯ブスケ領の近くにあるダスタン領は知っているわね?」

「ダスタン⋯⋯はい」

「そこは私の姉が嫁いだ場所よ」

「そう、ですね。シビル伯母様ですね」

急に出て来た伯母の名に、困惑しながらも続く母の言葉を待つ。

⋯⋯もしかしたら、と言う期待を落ち着かせながら。

「そこに立ち寄るには、少し遠回りだけどブスケ領を通るのも不自然ではないわね」

「お母様!」

「なっ、君はラシェルが心配ではないのか」

歓喜する声を上げた私に対し、父は母を信じられないとでも言いたげに非難するような視線を向けた。

だが母はそんな父の視線を、その優しい眼差しのまま受け止めている。

「心配ですよ。この子は私達が過保護にし過ぎて、世間知らずに育ってしまいましたからね。

でもこの子が目指す場所は、私達が守ってあげられない場所よ」

「⋯⋯っ」

「それに、ラシェルの瞳を見て。

大丈夫、この子はこの子なりの信念があるのだから。

きっと、私達が見守ってあげる時期は過ぎてしまったのよ」

寂しそうに微笑みながらも、その成長を喜ぶような母の顔。

きっと本音ではもっと反対をしたいのだろう。

そんな想いに蓋をして、私に寄り添ってくれる母。

そして、生まれた時からずっと誰よりも私を守り愛しんでくれた父。

二人のそれぞれの気持ちが、直接私の胸に響くように伝わってきて、涙が溢れそうになる。

⋯⋯でも、泣くわけにはいかない。

ギュッと手を握りしめ、顔を少し上に向く。

そして少し心が落ち着くのを待って、もう一度母へと視線を向けた。

「お母様⋯⋯詳しい理由を、聞かないの?」

「言うつもりが無いのでしょう?

だったら聞いても仕方が無いじゃないの。

ただ、覚悟を決めたのなら相応の心構えをしなさいね」

そう言った母の顔は、私よりも何倍も強い女性の顔をしていた。

キツそうな顔に似合わず弱いと思っていた母。

でも、それは私の思い違いのようだ。

私の母はマルセル侯爵夫人だ。

この侯爵家を裏で、そして表でずっと支え、この家を守ってきた女性なのだ。

⋯⋯いつか、私もこんな人になりたい。

母のそんな顔を見ながら、力強く頷いた。

そして父はそんな私たちの様子を見て、「まったく⋯⋯」と弱々しく呟くと、私へと視線を向けた。

その瞳は、侯爵としての力強いものではない。

それは、幼い時から私を優しく守ってくれる、温かく穏やかなものだった。

「いいかい、ラシェル。

私はお前の魔力が戻らなくても、お前がただ元気でいて、幸せならばそれでいいんだ」

「はい、お父様」

「全く。子供の成長は早過ぎるな⋯⋯。

もっとゆっくり大きくなってくれたら良いのに」

父は、本当は今も納得していないのだろう。

私がブスケ領に行く事について。

それでも、結局は私の行く道を応援してくれるこの両親に、私はずっと感謝し続けていくのだろう。

そう思うと、この二人から授けられたこの命を、人生を、もっと大事に出来なかった自分を情けなく思う。

と同時に、今度は絶対に父を、母を、そして周囲の人を。

自分自身を、大切にしなければいけない。

しんみりとした空気の中、パンと母が手を叩く。

「あら、そんな事を言っていたら、ラシェルはおばあさんになってしまうわ」

そして、そう冗談めかして言った言葉で、その空気はサッと散っていく。

それに気づいたのは私だけでなく、父もまた困ったように笑うと「はぁ」とわざとらしく深い溜息を吐いた。

「嫁にやっていないのに、もう嫁に出ていってしまったような寂しさがあるよ」

「まぁ! いいじゃないの。あなたに私がいるように、ラシェルにも愛する人がいるのは素敵な事よ」

「⋯⋯男親は複雑なものなんだ」

そんな軽口を叩き合いながらも、優しい顔をした両親の姿を見て、私も同じように「ふふっ」と口から笑みが溢れた。