軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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「聖女様、本日は我が家にご訪問くださいまして、ありがとうございます」

「あの⋯⋯いつもの様に、アンナと呼んでください」

アンナさんからされた訪問の申し出を受けたのは、数日前。どうやらアンナさんは最近自室に篭りがちで、大教会の神官たちは困り果てていたようだ。そして気晴らしをと、様々な誘いを提案したが、その全てを断られたとの事。

ところが、何も興味を示さなかったアンナさんが、突如友人である私には会いたい。そう告げたらしい。聖女がこのままの状態では困る、と言う事で、大教会から父に直々に訪問の申し出があった。それが今回の事のあらましだ。

正直、私自身は複雑、と言うのが正直な所。

何と言っても、殿下と私の婚約解消を願ったのはアンナさんだと考えている。

流石に、私としても陛下の言い分を貴族として理解出来ない訳ではない。国を想うからこそ、より盤石となる為に民に支持される王太子妃を選ぶ。

その事自体は頭では、そうなるのは不自然ではないと理解している。

だからといって、諸手を挙げて承諾、というのは感情面で追いつかない。

それに、今まであった聖女様への負い目。

それを感じたままでは、この先も何も変わる事が出来ない。

そう感じているからこそ、今後も彼女と友人関係でいられるなどとは感じていない。

⋯⋯嫌な人間なのかもしれない。

自分自身、前の事を悔いているからこそ、これは望んだ感情ではない。

でも、どうしても受け入れる事が出来ない感情。

憧れ、嫉妬、劣等感。

私はそれを跳ね飛ばす程の聖人君子ではなかった。

それでも、そんな自分の嫌な部分でさえ自分なのだから。それを受け入れる、という面からも彼女を避ける事を止めようと思ったのだ。

だからこそ、一度彼女としっかりと会話をしたい。

その為、父にアンナさんの訪問を受ける。そう答えた。

そして我が家に訪問したアンナさんとは、学園で話した以来で初めて顔を合わせた。

だが彼女は、今までの彼女とは全く異なっており、あのいつでもニコニコと笑っていた明るさが無くなっていた。

陰鬱とさせる雰囲気。

目の下にくっきりと残る隈。

そして泣き腫らしたかのような真っ赤な瞳。

どれもが私を困惑させる。

⋯⋯一体彼女に何があったのだろう、と。

「⋯⋯殿下と、あとテオドール様が大教会に来ました」

「そう、ですか」

部屋には私とアンナさん、そして会話が聞こえない距離に神官とサラ。

重い沈黙の後で、その空気をそのままに沈んだ声でアンナさんは話し始めた。

「私がどうしようと、私と殿下の結婚はあり得ない。そんな事を二人から言われました」

⋯⋯彼女は何を言いたい?

それを今、殿下との婚約を継続出来るか危ぶまれている私に告げるのは何故。

「それで、私の望みはもう絶たれた様なものなのです。だから、私はもう二度と帰る場所は無くなったようなもの」

「帰る場所⋯⋯ですか?」

「はい。⋯⋯私の大切な場所。

あの人の側にいられる場所。それが消えてしまったんです」

あの人⋯⋯とは誰の事だろう?

殿下を指している様ではないけど⋯⋯。

「あの、アンナさん?あの人とは誰の事を言っているのかしら⋯⋯」

「あの人は⋯⋯彼は、私の何より大切な人」

そうポツリと呟くアンナさんの暗く光の無かった瞳に、僅かにキラリと輝く何かが見えた。

彼、と言うことは男性ということよね?

「好きな人、という事?」

「好き⋯⋯好きよりもっと。もっともっと⋯⋯」

そう絞るように言うアンナさんの表情はとても苦しそうで、握り締めた手をギュッと胸に当てた。

そして、暗い瞳をそのまま私へと向けた。

その瞳は先ほどの一瞬の煌めきが嘘かのように、真っ暗に絶望感に染まっている。

「あの、私⋯⋯最近自分がよく分からなくて⋯⋯変な事ばかり言うと思うんです。

しかも自分勝手で、どうしようも無くて、今記憶もおかしくて⋯⋯一人でどうすれば良いのか分からなくて」

「落ち着いて。どうしたの?何かあったの?」

彼女の苦しみはその言葉の端々から感じ取る事が出来る。

だが、何に苦しんでいるのか、何故その様な状態になったのか。

そして、好きな人が別にいるのに、何故殿下との婚約を望むのか。

⋯⋯彼女の行動、全てが私には分からない。

私の困惑を尻目に、アンナさんは「あの」と躊躇いがちに私へと声を掛けた。

それに「はい」と返事をすると。

「あの、いきなり変な事を言うようですが⋯⋯ラシェルさんは、前世ってあると思いますか?」

前世?

突拍子も無く告げられた言葉に思わず目を見開く。

自分が生まれてくる、その前に生きていた自分の人生という事よね。

自分ではない、違う人生を生きた自分?

物語の世界の話。

そう思う自分とは別に、それは絶対無いとは言い切れない私がいる。

何と言っても、私は一度死んで、今ここにいる。

そんな普通でない事が起こったのだ。

だったら前世だって有り得るのかもしれない。

それに、目の前の彼女の顔は何処か緊張したように肩に力が入っている。

そして瞳は不安そうに揺れているが、私を恐る恐る見ている。

その様子に、この質問はふざけたものではなく、彼女にとっては大切な質問なのだと理解した。

私は小さく深呼吸をすると、アンナさんの瞳を真っ直ぐに見ながら答えを出す。

「そうね。⋯⋯無い、とは言い切れないとは思うわ」

その答えに、アンナさんは大きな目を最大限に見開く。そしてその瞳いっぱいに涙を溜めると、止まらなかった涙がポツリポツリと零れ落ちた。

「⋯⋯信じてもらえる様な話ではないのですが。だっ、誰かに、誰かに聞いてほしくて」

「えぇ」

「それを散々迷惑かけている貴方にお願いするのは間違ってるのは承知なんですけど」

「えぇ」

アンナさんは涙を何度も拭いながらも、それでも溢れてくる涙が止められない様だ。

言葉を何度も詰まらせながらも、それでも溜まりに溜まった想いが止められないのかもしれない。

伝えたい想いだけが先行して、順序良く話すことは出来ていない。

それでも、彼女が必死に私に何かを伝えようとしている。

そして、助けを求められている。

不思議とそんな感覚に陥る。

アンナさんの事をどう思うか。

それよりも、まず先に本当の彼女の姿。

アンナ・キャロル自身を私は知らないのかもしれない。そして、それを知るべきなのかもしれない。

「ゆっくりでいいわ。貴方が話したい事を話して」

アンナさんが呼吸を整えているのを見ながら、出来るだけ安心させるように静かな声で伝える。

すると、アンナさんは小さくコクン、と縦に頷く。

「⋯⋯私は、その⋯⋯アンナではあるけど、アンナではない。前世の自分⋯⋯らしいのです」

「前世の自分⋯⋯」

「トルソワ魔法学園の入学式の日。

その日に、私は前世の記憶のみを持って目を覚ましました」

トルソワ魔法学園の入学式?

アンナさんの言葉に、時間が止まったかのようにピシリ、と固まる。

だって、それは⋯⋯私が戻った日と同じ日だったのだから。

小さく消えそうな声で語り始めた言葉は、あまりに予想外の事実だ。

「見知らぬ人達が私の父や母だと言うし、急に学園に行く日だ、なんて言われるし。

最初は何が何だか分からなくて⋯⋯。

でも私はこの世界の事を知っていたから、直ぐに《あぁ、なんだ。ここは夢なんだ。間違えてゲームの世界に来ちゃったんだ》って、そう思ったんです」

ゲーム?

ゲームの世界って何?

「だから、早く帰らなくちゃ。マコトくんの所に帰らなくちゃ、そう思ってて。

この世界の人達のことも⋯⋯生きてる人間とは、あえて考えないようにして。皆、私とは違う。

ただ与えられた役割をこなしてる人形なんだって思うようにしてて」

この世界?

人形?

「でも、最近はアンナの記憶が戻って来る事があって⋯⋯。その代わり、前の両親の顔が朧げになって。⋯⋯次は、次はもしマコトくんのことを忘れたら、私⋯⋯どうしようって⋯⋯。

だから、無理やりでもハッピーエンドを迎えて早く帰らないと、って」

「ごめんなさい、待って⋯⋯。話が全く見えないわ」

捲し立てる様に話すアンナさんに、思わず会話を止める。

何が何だか分からない。

まず、聞かなければいけない。

「あなたは、あなたは誰?」

「⋯⋯私? 私は⋯⋯」

そして語られるアンナ・キャロルの真実。

それは私の想像を絶する話だった。