作品タイトル不明
第42話「元魔王、姫さまを強化する」
「『古代魔術』の 詠唱(えいしょう) は、体内の魔力を 圧縮(あっしゅく) するためにあるんです」
アイリスは 膝(ひざ) の上で言った。
俺の胸に、ことん、と小さな頭をくっつけて、話し続ける。
「人間が体内に取り込める魔力は少ないですから、使いたい魔術に合わせて調整するんです。炎の魔術だったらお腹に、土の魔力だったら下腹部に魔力を集めます。魔術ごとに決められた場所に魔力を集めたら、指先で 紋章(もんしょう) を描いて、魔術を発動させるんですよ」
「紋章を同時に2つ描いたりしてるのは?」
「理由はいろいろあります。1つの紋章を両手で同時に描く人もいますし、上位の魔術は2つの紋章を書く必要があったりします。あとは結果をイメージすると、うまくいきやすくなります。ただ、一番重要なのは魔力ですね」
「魔力が濃いほど、成功率と威力が上がるってことか」
「そうですね」
「たとえば、俺の『 魔力血(ミステル・ブラッド) 』みたいに」
俺の言葉に、アイリスはうなずいた。
『紋章』を描くだけで『古代魔術』が発動した理由がわかった。
俺の『 魔力血(ミステル・ブラッド) 』は魔力の塊だ。濃い魔力の集合体だから、いちいち詠唱して魔力運用する必要はない、ってことか。
「ところでマイロードは、いくつ『古代魔術』を使えるんですか?」
「ちょっと待ってくれ。確認する」
俺はステータスを呼び出した。
『ユウキ=ノスフェラトゥ』
年齢:13歳
種族:不明
体力:B+
腕力:B+
敏捷:AA
魔力:S+
器用:B++
スキル:飛翔。魔力血。気配遮断。氷魔術。従者作成。侵食。浄化。
習得古代魔術: 身体強化(ブーステッド) 、 炎神連弾(イフリート・ブロゥ) 、 対魔術障壁(アンチマジックシェル) 、 地神乱舞(フォース・ジ・アース) 、 紅蓮星弾(バーニング・メテオ) 、使い魔召喚。
これまでの戦闘経験のおかげで、微妙にステータスが上がってる。
「使える『古代魔術』は、今のところ5つだ」
「すでにC級魔術師を超えていますね」
「ただし、見よう見まねだからな。安定して使えるのは『身体強化』と『炎神連弾』だけだよ」
「私もマイロードと同じことができるか、試してみていいですか?」
アイリスは膝の上に載せていた杖を、手に取った。
「私はマイロードの血をもらった状態で転生してます。マイロードのように、 紋章(もんしょう) を描くだけで魔術が使えるかもしれません」
「わかった。実験してみよう」
「では……」
アイリスは俺の膝から降りて、ドアの方に立った。
小刀で指先を傷つけて、杖の持ち手に『 炎神連弾(イフリート・ブロゥ) 』の紋章を描く。
向かい側に立った俺は、手のひらに『 対魔術障壁(アンチマジックシェル) 』の紋章を描いた。
「威力は最小限で頼む。音がしないように」
「わかりました。発動『 炎神連弾(イフリート・ブロゥ) 』──」
ぽしゅ。
杖の先から、煙が出た。
それだけだった。
「……がっかりです。私の血にはマイロードほどの魔力はないんですね」
そう言って、アイリスは俺の前に、血のにじんだ指先を差し出した。
俺が黙っていると、問答無用でその指を、俺の口の中に突き入れる。
「マイロードに 舐(な) めてもらった方が、治りが早いと思います」
「もごもご (……おい)」
「お願いします。マイロード」
……しょうがないな。
俺はアイリスの傷口の血を『浄化』した。
それから俺は『魔力血』がにじみ出ている自分の指を、アイリスに差し出した。
「お前も飲むか?」
「……え?」
「これを飲めば。アイリスは俺の使い魔──というか、 眷属(けんぞく) になれる。俺の血で紋章を描くだけで『古代魔術』が使えるようになり、身体能力も上がる。いざというとき、生き残る確率が上がるはずだ」
王宮が安全とは限らない。
サルビア王女のこともあるし、アイリスを少しでもパワーアップしておきたい。
「はい……いただきます」
アイリスはためらいもなく、俺の指を口にふくんだ。
流れ出る『魔力血』を吸って、それから唇を離した。
アイリスの血が俺の『 魔力血(ミステル・ブラッド) 』に近いことは、たった今確認した。
そのアイリスに俺の血を与えれば、 眷属(けんぞく) にすることができる。
ディックたちのように、俺が 紋章(もんしょう) を描くことで『古代魔術』が発動できるはずだ。
「アイリス=リースティアのステータスを表示」
宣言すると、目の前にアイリスのステータスが現れた。
『アイリス=リースティア』
年齢:13歳
種族:人間
体力:C+
腕力:D+
敏捷:C+
魔力:A
器用:B+
スキル:準・魔力血。高魔力。不老。水魔術。
習得古代魔術: 身体強化(ブーステッド) 、 炎神連弾(イフリート・ブロゥ) 。
「……準魔力血と不老か」
「そんなスキルがあるの?」
アイリスは不思議そうな顔をしている。
俺はアイリスの 眷属(けんぞく) としてのステータスを、深いところまで表示している。
他人や、本人にもわからないスキルも、俺にはわかってしまうようだ。
俺は念のため、アイリスにステータス 偽装(ぎそう) の方法を教えた。
これを使えばアイリスのステータスとスキルを隠すことができる。
前世で俺が人間のふりをするために研究してたやつだ。
よほどのことがなければ、この偽装は破れない。
「とにかくこれでアイリスが不老だってことは確定か」
「不死ではないんですよね?」
「『準・魔力血』だからな。寿命は長くなるはずだが……不死かどうかは」
「……そうですか」
「ひとつ実験してもいいか、アイリス」
俺は言った。
「 眷属(けんぞく) になったアイリスを『召喚魔術』で呼び出せるか、実験してみたいんだ」
「召喚魔術、ですか?」
「そうだ。俺はアレク=キールスとの対戦で『召喚魔術』を覚えたんだ」
「あの者は『 炎鳥(フレア・ガルダ) 』を呼び出してましたからね」
「教師カッヘルも『グリフォン』を呼んでた。奴とアレク=キールスが描いた紋章が同じだったんだ。だから、やり方は覚えた。 触媒(しょくばい) さえあれば、俺もその場にアイリスを召喚できる」
俺は服のポケットから、銀色の髪留めを取り出した。
男爵領で、アイリスを助けたときにもらったものだ。
「これはアイリスが身につけていたものだろう? これを触媒にして召喚魔術を使えば、アイリスがどこにいても、俺の側に呼び寄せることができるはずだ」
「マイロードが、私を召喚するの?」
「そうすれば、いつでもアイリスを助け出せるだろ?」
「……マイロードの 眷属(けんぞく) として?」
「嫌なら眷属設定を外すが」
「まさかー。いまさら聞くことじゃないと思うよ。マイロード」
アイリスは俺の手を握った。
「私は200年前から、ディーン=ノスフェラトゥの民で、家族で、婚約者なんだよ? いまさら、マイロードのおそばに行くのを嫌がるわけないじゃない」
「わかった。では、やってみよう」
危険はないはずだ。
昨日のうちに、コウモリのディックで実験しておいた。
その後の身体チェックもクリアしてある。問題はなかった。
「まずは部屋の中で、できるだけ俺から離れてくれ」
「わかりました」
俺とアイリスは、部屋の窓際と扉側に、それぞれ移動する。
この部屋は充分広い。
召喚魔術の実験には、ちょうどいい距離だ。
「準備はいいか?」
「いいよー」
背中越しに、アイリスの声が返ってくる。
俺は目の前の床に、銀色の髪留めを置いた。
それから『 魔力血(ミステル・ブラッド) 』を使って、右手と左手に『召喚古代魔術』の 紋章(もんしょう) を描いて行く。
「召喚魔術を発動する。来たれ我が 眷属(けんぞく) 『アイリス=リースティア』」
「──んっ」
目の前の床に、魔法陣が出現した。
触媒に使った 髪留(かみど) めが、光りはじめる。
そして、魔法陣の中から、アイリスの姿が出現して──
ぱさっ。
ん? 後ろでなにか音が──?
「マイロードの民、アイリス、召喚に応じて──」
「あれ?」
アイリスの真っ白な背中が、目の前にあった。
振り返ると、さっきまでアイリスがいたところに、ドレスだけが落ちてた。
なるほど。
身体にぴったりとくっついたもの以外は、本人と 認識(にんしき) されないのか。
だから下着姿のアイリスが魔法陣の上に召喚されたんだ。
「召喚魔術は奥が深いな」
「ちょ、ちょっと? …………マ、マイロードぉおおおおおっ!」
「ごめん。ちょっと失敗した」
「失敗したじゃないよ。もぅ……いいから目を閉じてて!」
言われるまま目を閉じると、アイリスが、ととと、と早足で動く気配。
数分後、許可を得て目を開けると、部屋着姿のアイリスがいた。
ドレスは部屋の隅に掛けてある。すぐに着るのは無理だったらしい。
「マイロードっ」
「はい」
「感想は?」
「召喚魔術は、ぴったり身体にくっついているものだけを 本人(・・) として認識する。だから、アイリスが両手で服を身体に押しつけてれば、ちゃんと服ごと召喚されると思う」
「そうじゃなくて、見たでしょ?」
「下着姿を?」
「そう。感想はっ?」
「前世で『 死紋病(しもんびょう) 』の 治療中(ちりょうちゅう) に何度も見てるからなぁ」
「……てごわい」
「でも、少し大人になったな」
「…………え」
「前世で俺が知ってるアリスよりも、今のアイリスの方が成長してる。正直、大きくなったアリスを見られるとは思わなかったから、感動してる」
「…………それなら……いいよ」
アイリスは胸をおさえて、ため息をついた。
「でもね、次に召喚魔術を使うときは、ちゃんと断ってね。そしたら私も準備するから」
「わかった。約束する」
「でも、マイロードの髪を洗うときは別だからね。どうせ濡れちゃうから、服がなくても大丈夫だもんね。遠慮なく呼んでね」
「……帰りは?」
「 送還(そうかん) の『古代魔術』を使ってよ」
「無茶言うな。でも探しとく」
それで、その日の会見は終わりになった。
アイリスは姫君だから、自由な時間には制限がある。
ただ、いざというときの脱出路は、これで確保した。
必要になったら、俺はいつでもアイリスを 召喚(しょうかん) できる。
眷属(けんぞく) にしたことで身体も強くなってるから、一般人には負けないはずだ。
「マイロード……いえ、ユウキさま」
最後に、アイリスは王女の表情になって、俺を呼び止めた。
「数日後に『魔術ギルド』のオリエンテーションがあります。準備しておいてください」
「わかった。具体的な内容は?」
「巨大ダンジョン『エリュシオン』の 探索(たんさく) です。研修生は、上層だけになりますけど」
「ありがと。用意しておく」
そう言って俺は、アイリスの部屋を出た。
アイリスが見送りに来ないのは──ドレスを脱いじゃっているからだ。
姫君が部屋着で 男爵家(だんしゃくけ) の 庶子(しょし) を見送ったら、さすがに不審がられる。
それにしても……『魔術ギルド』のオリエンテーションか。
『エリュシオン』の 探索(たんさく) なら──『古代器物』探しもでききるかもしれない。
『グレイル商会』のローデリアに頼んで、道具の準備をしておこう。
そんなことを考えながら、俺は西の離宮をあとにしたのだった。