軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第36話

5月14日、木曜日。

世界崩壊から、十三日が経った。

朝、ネロが報告した。

「政府の箱舟シェルター、第三施設が昨夜機能停止した」

全員が手を止めた。

「原因は」

「ダンジョンの拡張だ。シェルターの地下を掘り進んでいたダンジョンが、施設の基礎部分に到達した。構造が崩壊して、内部に魔物が侵入した。通信は昨夜の二時に途絶えた」

「生存者は」

「確認できていない。ただし——」ネロが少し間を置いた。「脱出した可能性がある者が複数いる。シェルターの東側に非常口が三か所あった。そこから外に出た形跡がある」

ゲンタが茶碗を置いた。

「どこへ向かった」

「北。山の方向だ」

テーブルに沈黙が落ちた。

私はコーヒーを一口飲んだ。

「そう。来るわね」

「ああ」とネロが言った。「おそらく今日中に」

---

シェルターについては、崩壊前から知っていた。

政府が密かに用意した、選ばれた人間のための避難施設。省庁の上層部、大企業の経営者、著名な政治家——「国家に必要な人材」として選別された者たちが優先的に入れる場所だ。

ネロが崩壊前に傍受した極秘会議の映像を思い出した。

枠を巡って醜く争っていた顔たち。一般市民への情報隠蔽を決めた声たち。自分たちだけ生き残ることを「国家の継続」と呼んでいた人間たち。

その人たちが、今、こちらへ向かっている。

「蒼、いつも通り頼む」

「了解だ。ただ——」蒼が少し言葉を選ぶように間を置いた。「今回は、マナが直接対応した方がいいかもしれない」

「そう思ってる」

「相手によっては、面倒な交渉を仕掛けてくる可能性がある」

「わかってる。だから私が出る」

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彼らが現れたのは、昼過ぎだった。

七人。男が五人、女が二人。服は汚れていたが、素材がよかった。高そうなダウンジャケット、革靴。崩壊前は相当な地位にいた人間たちだということが、外見だけでわかった。

先頭に立った男は、五十代くらいだった。背が高く、顔に疲労はあっても、まだ威圧感を保っていた。

「止まれ。ここは私有地だ」

蒼の声が流れた。

男が立ち止まり、インターフォンを見つけて、ボタンを押した。

「内閣府の田中だ。管理者を出せ」

「私が管理者よ」

インターフォン越しに、私は答えた。

男が少し驚いたような間があった。

「……あなたが?」

「そう。用件は?」

「ここを国家の緊急施設として接収する。シェルターが機能を失った。我々には引き続き保護を受ける権利がある。政府の要請に従ってもらいたい」

私は少し間を置いた。

「断る」

「何?」

「断ると言った。ここは私有地よ。接収する権限も根拠もない」

男の声が硬くなった。

「私は内閣府の——」

「ネロ」と私は言った。

「準備できている」とネロが答えた。

「田中さん」と私は言った。「一つ確認させてほしいんだけど」

「なんだ」

「あなたの名前、今どこに存在してる?」

「……何が言いたい」

「戸籍。住民登録。省庁の職員データベース。あなたが『田中』であることを証明する記録、今この瞬間、どこかに残っていると思う?」

沈黙。

「崩壊後十三日が経った。行政のサーバーの多くはすでにダウンしている。バックアップも、ネットワークも——」

「ネロ」

「田中という名の内閣府職員の記録、全データベースで確認不能。存在しない」

ネロの声は淡々としていた。

「あなたたちの戸籍は、もう存在しない。肩書きも、権限も。ここは私有地よ。接収を命じる国家も、その命令を有効にする法も、今は機能していない」

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長い沈黙があった。

男の顔が、見る見るうちに赤くなった。

「ふざけるな。我々は国家の要職にある人間だ。こんな山の中の私有地に、国家に対して抵抗する権限など——」

「あなたが守ろうとした国家は」と私は言った。「崩壊前、何をしていたか覚えてる?」

「何?」

「情報を隠蔽した。一般市民に危機を知らせなかった。自分たちだけの避難施設を用意して、枠を巡って争った。私はその会議の内容を、全部知っている」

男が黙った。いや、息を呑んで絶句した。

「な、なぜ……。あれは地下の極秘回線で——」

「あなたたちが守ると言っていた国民は、その間も路上で死んでいた」

「それは——状況が複雑で——」

「結果として、そうなった。違う?」

返答はなかった。

後ろにいた別の男が前に出た。四十代くらいだった。

「話し合いで解決しましょう。我々には知識も経験もある。あなたたちの組織に貢献できることがあるはずだ。対等な立場で——」

「対等な立場で来るなら、武器になる肩書きを捨てて来て」

私は静かに言った。

「最初に『内閣府の田中だ』と名乗った時点で、あなたたちは対等な交渉をする気がなかった。権威で押し切るつもりだった。違う?」

また沈黙。

「ここには、本当に困っている人間を受け入れる基準がある。三つよ。悪意と暴力の意図がないこと。拠点のルールを守れること。何か貢献できる意志があること」

「……それを満たせば、入れてもらえるのか」

「『内閣府の田中』としてではなく、一人の人間として来るなら、話を聞く。ただし——」

私は少し間を置いた。

「今日ではない。一度帰って、考えてきて。権威を脱いで、それでもここに来る理由があるなら、その時に話を聞く」

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七人がしばらく正門の前で話し合っていた。

怒声が聞こえた。それから、言い争いの声。やがて静かになった。

田中と名乗った男が、もう一度インターフォンに向かった。

「……再考する」

「どうぞ」

七人は、来た道を戻っていった。

最後まで、誰も頭を下げなかった。

私はモニターを見ながら、特に何も感じなかった。

「うまく対応したな」とゲンタが言った。

「追い返しただけよ」

「それでいい。あいつらは今、プライドと生存本能の間で引き裂かれてる。正しい判断ができる状態じゃない」

「戻ってくると思う?」

ゲンタが少し考えた。

「半分は来ない。半分は——来るかもな。肩書きを脱げた奴だけ」

「そうね」

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夕食のとき、サヤカが「今日はなんだか外がざわざわしてましたね」と言った。

「少しね」と私は答えた。

「大丈夫でしたか」

「大丈夫」

ハルキがモグの隣でみそ汁を飲んでいた。サヤカが作ったみそ汁は、少し甘めの味付けで、全員に好評だった。

「美味しい」とゲンタが言った。

「ありがとうございます」とサヤカが少し嬉しそうに笑った。

私はみそ汁を一口飲んだ。

美味しかった。

外では今日も世界が壊れていた。でもここでは、みそ汁が美味しかった。

それが今の私にとって、全部だった。

【世界崩壊から13日目。箱舟は沈んだ。星降る森は、今日も浮いていた。】