軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22章 異界の門への道標  20

地上に戻った俺たちは、ダンジョンが消えたことを警備の兵に知らせ、一路王都へと向かった。

もちろん一日ではたどり着かないため、途中で野営となる。

『ソールの導き』の野営が常識外れなものとなって長いが、すでに食事は大きなテーブルと椅子を人数分用意して、そこで摂るようになっている。

周囲はフレイニルの『結界魔法』のよって透明な壁ができており、周囲の景色はそのまま見られるが、雨も風も入ってこない快適な空間が出来上がっている。

その中で椅子に座ってくつろいでいる俺たちだが、その日の中心はやはりライラノーラだった。

地上に初めて出たというライラノーラは、馬車やそれを牽く『精霊』や、それ以前に地上の景観すべてに興味を示していたが、夜食事を終えた後もその様子は変わらなかった。

「料理というものを初めて食べましたが、とても美味しくて驚きましたわ。人間は皆このようなものを毎日食べているのでしょうか?」

「どうかな~。料理は誰でも毎日食べてるけど、味については私たちちょっと特別だからね。ウチは料理上手な人も多いし」

ラーニが答えると、フレイニルたちもさかんにうなずく。

確かに『ソールの導き』の野営料理は調理道具が揃っている上に、食材も高ランクモンスターのドロップ品でまかなっている。そのため王侯貴族ですら滅多に食べられないようなものまで供されるのである。

「そうなのですね。先ほどいただいた『天ぷら』という食べ物などとても美味しくて、どれほどでも食べられそうでした」

そう、しかも旅の暇にあかせて俺も日本の料理などをいくつか披露したりもしていたりする。もっとも似たような料理はこちらの世界にもあって、そこまで驚かれはしなかった。ただ鶏(に似たモンスター肉)の唐揚げだけはラーニがかなりハマっていて、定期的に作っていたりもするのだが。

「しかしライラノーラは今まで食事はしていなかったんだろう? いきなりあんなに食べて本当に大丈夫だったのか?」

「ええ、わたくしの身体はどうとでも構成できるものですので。今回は地上でも活動できるように、皆様に身体に近いものに構成されたようです」

「今ではそうではなかったのかい?」

急に眼を輝かせるのはドロツィッテだ。彼女は馬車でもライラノーラと同乗していろいろ質問をしていたようだ。まあ同じくらいライラノーラの質問にも答えていたようだが。

「ええ、今まではダンジョンが存在していられる間だけ形を保っていればよかったので。それに恐らくですが、日の光にも弱かったと思いますわ」

「へえ、それは不思議だね。だとすると確かに地上には出て来られないか」

俺からすると吸血鬼が日の光に弱いのは当たり前な気がするが、この世界の吸血鬼はモンスターなのでそういう設定は存在しないようだ。そういえば『黄昏の眷族』に似た者がいると聞いた気がするが、いつか『黄昏の庭』に行ったら確認をしたいところだ。

「ところで今のライラノーラは、最後に戦った時くらい強いの?」

と聞いたのはラーニだが、マリシエールとサクラヒメも反応をしてライラノーラの方を見た。

俺は当然同じ強さなんだろうと思っていたのだが、ライラノーラは首を横に振った。

「いえ、この身体はあそこまでの力は出ないようになっているようです。たぶん地上に出るのに、強過ぎる力を持った状態ではよろしくないと判断されたのでしょうね」

「そうなんだ~。でも弱いわけでもないんでしょ?」

「ええ。皆さんと同程度の力はあると思います。『ドッペルゲンガー』が変化したわたくしより少し強いくらいでしょうか」

「ふ~ん。それなら十分ね。あ、そういえば武器は使わないの?」

「ええ。今まで通り『 装血(そうけつ) 術』が使えますので必要はありませんわ。」

「ダンジョンの攻略などでも力になってくださるのですね?」

マリシエールの質問には、ライラノーラは首を縦に振った。

「ええもちろん。わたくしはソウシ様の命とつながっている者ですから、ソウシ様のご指示にはある程度従うつもりです。先にも申しましたが『大いなる災い』に対する時も力となるつもりです」

「その『大いなる災い』というのは、以前出現した時は『邪龍』という強大なドラゴンだったり、大量のモンスターだったりと聞いております。今回もそうなのでしょうか」

「それは本当にわたくしにもわからないのですわ。ただ前にわたくしの元にやってきた強者たちは、皆さんよりは強くなかったと思います。ですから皆さんなら問題なく『大いなる災い』を退けることはできるのではないでしょうか」

というライラノーラの楽観論に、ドロツィッテは微妙に苦い顔をした。

「それならいいんだけどね。でも『邪龍』の時もそれ以外の時も多くのモンスターが出現して、結局は多くの国が兵や冒険者を挙げての総力戦を行ったらしいんだ。『邪龍』が率いる軍団はライラノーラさんのところに行った強者たちが対応したそうだけど、同行した冒険者や兵士たちの中には、帰らぬ人となった者が少なくなかったそうだよ」

「そうでしたのね。わたくしが知るのは『大いなる災い』という呼び名のみですが、その名の通りの存在なのですわね」

ライラノーラが表情を暗くすると、俺たちの中にも重い雰囲気がたちこめ始める。

それを気にしてか、シズナが声を張り上げた。

「しかし今、どの国も準備を始めておるし、昔の時ほど状況は悪くないのではないかえ? 冒険者ギルドでもソウシ殿が考案した鍛錬法を広めておるから、冒険者たちは全体的に強くなるであろうしのう」

「そうだね。全ギルドマスターにはすでに対応を強く頼んであるから、古の時のようにはならないと思うよ。ただそれは、今回の『大いなる災い』が前回と同規模だったら、という仮定での話になるけどね」

「どちらにしても今できることをすべてやっておくしかないだろうな。ドロツィッテの対応には頭が下がるよ」

「ふふっ、ソウシさんにそう言われるととても嬉しいね。マリアネも頑張っているから、マリアネも褒めてやってくれないか」

ドロツィッテが意味ありげに目を向けると、マリアネは無表情に横を向いてしまう。だが俺が「マリアネにも世話になっているし、助けられているよ」と言うと、「ありがとうございます」と小声で答えてくれた。

その様子を見て笑みを浮かべていたサクラヒメが、元の真面目な顔になって口を開いた。

「お二方の助力によって対応が進んでいるなら、我らが今考えるべきは、『大いなる災い』ではなく、『冥府の燭台』のことではなかろうか。ソウシ殿はこの先どうするつもりでござるか?」

「アルマンド公爵領の鉱山に戻るか、それとも例の魔道具で新しく『異界の門』を開くかのどちらかだが、公爵領に戻る時間が惜しいとは考えている。あの『異界の門』が大きくなっているいいが、そうでなければ結局魔導具で開かなければならないからな。ただそれとは別に、『異界の門』を開く魔道具のテストはするつもりだ」

「我らがこちらに戻れる手段は確実に確保しておくということでござるな」

「そうだ。退路は確保しておきたい。それともう一つ確認したいことがあるんだ。これはもしかしたら後でもいいのかもしれないが――」

ここで俺は、一度『異界』に行って戻って来た時の経験から、ずっと頭の中に引っかかっていたことを話すことにした。

「俺が以前『異界』に引きずり込まれた時、オーズからメカリナンに迷い込んだという話はしたと思う。あの時、俺はオーズの首都の近くで『異界』に入り、メカリナンの王都近くにたどり着いたんだが、その時歩いた時間は2刻半くらいしかなかったんだ」

とここまで話した時点で、ドロツィッテがテーブル越しに掴みかからんばかりに前のめりになってきた。

次いで俺の言葉の意味に気付いたのか、スフェーニア、マリアネ、マリシエールが目を細めて興味深そうな顔をする。

「えっ、えっ? 今のどういうこと?」

ラーニが耳をピクピクさせてスフェーニアをつつく。

「オーズの首都からメカリナンの王都までは歩いて6日くらいはかかります。ソウシさんは、それを2刻半歩いただけで着いたと言っているのです」

「ん~……? つまり、『異界』で2刻半歩くと、6日分歩けるってこと?」

「正確には『異界』の2刻半分の距離が、こちらの世界での6日分の距離に相当するということですね。とても不思議な現象です」

「よくわからないけど……ライラノーラはなにか知ってる?」

「詳しくはわかりませんが、『異界』は『神』の実験場ですので、こちらの世界とは法則が異なっている可能性はあります。空間が歪んでいる……そのようなこともあるかもしれません」

「空間が歪む……カルマは言ってることわかる?」

「難しくてアタシにもさっぱりだねえ。ただ重要なのは、ラーニも言ったとおり、『異界』で2刻半歩くと6日分歩けるってことなんじゃないのかい。つまり『異界』を通れば、遠くの場所にもすぐ着いちまうってことだろ?」

「あ~! ソウシ、そういうこと?」

「その通りだ」

そう、これが俺の頭の中にずっとあったことであった。

『異界』とこちらの世界でもし位置関係が対応しているなら、こちらの世界を移動する時に、『異界』に出入りすることでショートカットできるのではないかと思ったのだ。

もちろんそれを実行するには『異界の門』を自由に開けるという前提が必要だが、『冥府の燭台』が作った魔導具と、人の命を必要とせず魔導具を稼働できるライラノーラによってそれはクリアされてしまった。

しかも『異界の門』発生の魔導具は、『異界の門』を開いたまま固定できるのだから、大陸の各所に設置して運用することも可能になるかもしれない。

もし実現すれば、この大陸にパラダイムシフトが起こる――というのは、さすがに皮算用が過ぎるだろうか。

ドロツィッテたちもすぐに俺と同じ考えに至ったのだろう。こちらの地理に疎くて反応の薄かったゲシューラも、話の内容を理解して一転尻尾を激しく動かし始めている。

「ソウシよ。その理論が使えるのであれば、『黄昏の庭』も自由に行き来ができるということになるな」

「ああ、その可能性も出てくるな。どちらにしても一度『黄昏の庭』には行くつもりだが」

「うむ。『黄昏の眷族』たちも一度ソウシには来てもらわぬと落ち着かぬだろう」

その後もしばらく話が尽きることはなかったが、夜更かしもできないのでテントに入って就寝をすることにした。

なおライラノーラは風呂を前にして「身体を洗うとはどのようにすればよいのでしょうか?」と首をかしげ、ベッドに横になると「寝るという行為は初めてなのですが、このベッドという物は不思議と落ち着きますわね」などと口にしていた。

理知的な言動から常識を弁えているように錯覚してしまうが、彼女は基本的に『 彷徨する(ワンダリング) 迷宮(ダンジョン) 』のみで活動するように作られた存在である。社会常識については急ぎ教える必要がありそうだ。