軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20章 『龍の揺り籠』、そして獣人の里へ  18

その後いったん宿に集まった俺たちだが、俺だけ夕食を食わずにマリアネの家に向かった。

もちろんそうしてくれとマリアネに頼まれたのだが、宿を出る時のメンバーの生温かい目がなんとも居心地が悪かった。ただフレイニルはよくわかっていないようで、ゲシューラは無関心な感じであったが。

マリアネの家は3階建ての立派なものだった。城塞都市内ではあるにもかかわらず狭いながらも庭があり、比較的上流の家だというのがそれだけで見て取れる。大商会のレストラン部門の長という地位はそれくらいのものなのだろう。

玄関の鐘を鳴らすとマリアネが扉を開いて出てきた。

初めて見るゆったりした部屋着姿に少しだけ驚く。

「ソウシさんいらっしゃいませ。どうぞ中に」

促されて玄関をくぐると、マリアネの両親と、20代中ごろくらいの夫婦――恐らく兄夫婦だろう――が迎えてくれた。

マリアネの父上であるランベル氏が礼をしながら挨拶をする。

「これはオクノ侯爵閣下、かような場所に御足労いただき申し訳ありません。本来ならばこちらからお伺いするところなのですが、娘に強く言われてしまい、こちらの家でお待ち申し上げていた次第です。どうかご容赦を」

「ご丁寧にありがとうございます。今回こちらにお邪魔をしたのは極めて私的な理由によるものですし、立場としても侯爵ではなく、冒険者パーティのリーダーとして挨拶にうかがっただけですから、お気遣いをいただかないほうがこちらも助かります」

「ありがとうございます。ささ、こちらへどうぞ」

そのまま応接間に案内され、ソファに座らされた。部屋の調度品は貴族のものほど華美でなく、かといって庶民と言うには上等なもので、商人として角の立たないラインをきちんと狙っているのだろうと思われた。

その場には俺とマリアネ、そしてランベル・アリアナ夫妻が残った。

「改めてご挨拶を。私はソウシ・オクノと申しまして、冒険者パーティ『ソールの導き』のリーダーをしております。マリアネさんとはエウロンの町で知り合いまして、現在はギルドの専属職員としてパーティに同行をしていただいております」

「といってももうほとんど『ソールの導き』の一員だけれど。そうですよねソウシさん?」

マリアネが確認をしてくるので、俺はうなずいた。

「私としてはマリアネさんのことは完全に『ソールの導き』のメンバーと思っています。大切な娘さんをお預かりしていること、そしてリーダーとして最大限彼女を大切にしているということをまずお話ししたかったのです」

俺がそう言うと、ランベル氏は礼をしながら答えた。

「ありがとうございます。マリアネも子どもではありませんから、自分で決めてオクノ様のパーティに加わったのだと思います。ですから、冒険者としての活動中になにがあろうと娘自身の責任ですし、オクノ様にも必要以上にお気遣いいただかなくて大丈夫かと思います。もちろん父としては、そのお気持ちは大変嬉しく思います」

「私としては、この娘が他のメンバーさんたちときちんとやれているのか心配なんですけれど、それはいかがでしょうか?」

母であるアリアナさんの言葉に、俺はつい笑いを漏らしてしまった。

マリアネのあのそっけない態度は昔からということらしい。見るとマリアネはそっぽを向いている。

「なんの問題もなくメンバーの一員として活動できていますよ。彼女のギルド職員としての知見は私も助けられていますし、冒険者としての能力も超一流と言っていいでしょう。私自身とても頼りにしています」

「ならばいいのですが。Aランクになったというのも驚きなのですが、それに関してもオクノ様のおかげだとうかがっております」

「それは買いかぶりですよ。マリアネさんがAランクになったのはひとえに彼女の努力によるものです。私はその場に共にいたにすぎません」

俺の言葉をどうとったのか、夫妻はしきりにうなずいて感じ入ったような態度をとった。

「ところでオクノ様、お話によると先日帝都北で『黄昏の眷族』との間に大きな戦いがあり、『ソールの導き』の皆様が大変ご活躍なさったと聞いているのですが――」

ランベル氏が新しい話題を切り出してきた時だった。

玄関の方に新たな人の気配が感じられた。

「ランベル、夜分に済まない! 私だ、ゲートルトだ。こちらにマリアネが帰ってきていると聞いて矢も楯もたまらずやって来た。邪魔をさせてもらいたい!」

若い男の声だった。

それを聞いて夫妻はマリアネの顔を見る。するとマリアネは眉をきつく寄せて面倒そうな表情をした。

「今はソウシさんもいらっしゃっていますし、追い返した方がいいでしょう。私も彼に話すことはなにもありませんので」

「今日のところは帰すにしても、後で一度会うくらいはしてもいいでしょう? マリアネだってずっと1人でいるわけにもいかないでしょうし」

アリアナさんのその言葉で、さすがの俺も、新たにやってきたゲートルトという青年がマリアネにとってどういう人間かを察することはできた。

そういえばギルドでも、幼馴染というユアン嬢が「商会のお坊ちゃまがまだ諦めてない」と言っていたが、そういうことなのかと納得する。

しかしこれは俺としては少しばかり苦しい展開になってきたな。マリアネは涼しい顔をしているが、彼女としてもこの手の話は早くに整理をしてしまいたいところだろう。

とすれば、覚悟を決めるのは俺の方なのかもしれない。

と思っていたら、なんとゲートルト青年は家に上がってきてしまったようだ。このあたりの感覚はこの世界ならではか。

足音が近づいてきて、部屋の扉が開かれる。そこに現れたのは、身なりのいい、なかなかに美男子な青年であった。

「おお、マリアネ……!」

彼はマリアネの姿を認めてそちらに近づこうとし、そして隣に座る俺に気付いて踏みとどまった。整った顔に、一瞬だが 敵愾心(てきがいしん) のようなものが走る。とはいえ彼のマリアネへの感情を考えるとそれは仕方ないだろう。

「……ランベルさん、アリアナさん、実はマリアネさんのことで少しご相談があります。もしかしたらそちらの方にも関係することかもしれませんし、ここでしてしまいたいと思うのですがよろしいでしょうか?」

俺がそう言うと、マリアネが「よろしいのですか?」と耳打ちをしてくる。その様子を見て、ゲートルト青年の眉間に険が寄る。

夫妻も恐らく俺の言いたいことを察したのだろう。驚いた顔をしつつ、息を飲みながらも大きくうなずいた。

「私はソウシ・オクノと申しまして、冒険者パーティ『ソールの導き』のリーダーをしております。先の戦いにより皇帝陛下より名誉侯爵位、そして終身護帝将軍の称を 賜(たまわ) り、また『黄昏の庭』の総督という地位もいただいております」

マリアネの両親に促されてゲートルト青年が席についたので、俺は改めて自己紹介をした。肩書きをひけらかすようなやり方は好きではないが、必要があるなら使うのに遠慮はしないほうがいい。

俺の言葉にご両親は再度深くうなずき、そしてゲートルト青年はこれ以上ないくらい目を丸くした。青年の身の上はさきほど聞いていて、やはりマリアネの両親が雇われている商会の商会長のご令息であるとのことだった。であれば当然、俺のことも情報を得てよく知っているはずである。

「現在『ソールの導き』は、とある目的があって旅をしています。国の機密も関わることですので詳しくは申し上げられませんが、我々が関わっている案件は非常に重要性の高いものです」

「『英雄』とまで言われるオクノ侯爵のことですから、さぞや大変な旅なのでしょうな」

ランベル氏が真剣な顔でそう返す。

「そうなります。今色々な事象を追っているところで、どれほどの旅になるのかはまだわかりません」

「済みません、マリアネもその旅についていくということでしょうか?」

そう聞いてくるゲートルト青年の顔は、かなり苦しそうである。

「そうなります。そしてその旅が終わった時、私はおそらく、どこかの土地に身を落ち着けて侯爵として生きていくことになるでしょう。そしてその時に、マリアネさんには私の側にいて欲しいと思っています」

そう言った時の、ご両親の顔はなんとも表現の難しいものだった。

喜んでいるような恐れおののいているような、両方の感情が入り混じったような、そんな表情をしていた。俺のような肩書を持った人間に娘をくれと言われたら、確かにそんな反応しかしようがないのかもしれない。

「ただ申し訳ありませんが、旅が終わるまではこの話をこれ以上進めるつもりはありません。ただしその時が来たら、必ず約束通りにいたします。ご両親には、それをお認めいただきたいのです」

そういえば、このような話を俺の方からするのはマリアネが初めてになるのだろうか。サクラヒメやシズナ、そしてマリシエールについては打診はされていても、はっきりと答えたわけではない。もっとももう逃げられる話でもないし、逃げるつもりもない。マリアネについても同じというだけだ。

俺が話し終えると、ご両親は即座に頭を下げて、「娘をよろしくお願いいたします」と声を揃えた。

断られることはないだろう、というか彼我の立場を考えれば断ることもできないだろうとは思っていたが、果たしてその通りになった。もっともマリアネも望んでくれていることだから、これについて罪悪感を感じることはあまりない。

問題はゲートルト青年だ。こちらも予想はしていたが、彼ははっきりと絶望に突き落とされているような顔をしていた。俺が単なる冒険者ならともかく、侯爵で英雄でとなると、大商会の子息であってもこの状況を覆す手段は一切ないはずだ。

彼とは初対面ではあるが、こちらはさすがに俺としても罪悪感を感じないわけにもいかなかった。ただマリアネの態度を見る限り、もともと彼に脈があったとは思えないのだけが救いだろうか。

「ありがとうございます。お認めいただけて嬉しく思います」

俺は両親に頭を下げてから、青年のほうに向き直った。

「ゲートルト君といったか、君とは初対面だが、マリアネの関係については先ほどの様子でなんとなく察しはつく。だが彼女については今言った通りだ。もちろんこれは彼女も望んでいることだ。君としては残念なことだろうが、了承して欲しい」

「あ、うう……それは……。いえ、オクノ侯爵様、一つだけ彼女に確認を取ってよろしいでしょうか……?」

柄でもなく、俺が多少演技がかった感じで言うと、青年は目を泳がせながらもそう聞き返してきた。

「ああ、聞くといい」

「ありがとうございます」

青年は礼を言うと、マリアネに顔を向けた。

「その、マリアネ、今侯爵様がおっしゃったことは本当なのか? その、君が望んでいるというのは……」

「ええ、本当です。ソウシさんの『ソールの導き』に入ったのも私の意志ですし、彼について行こうと決めたのも私の意志です」

「そうか……」

がっくりとうなだれつつ、「失礼をしました」とつぶやくように言って、部屋を出ていくゲートルト青年。

しかし思えば、マリアネのような美人に彼のような存在がいることは考えておくべきだった。それを思うとすでに複数の美しい女性を 娶(めと) る前提でいる俺は、とんでもない大悪党なのかもしれない。

いや、間違いなく大悪党だ。それだけに、俺は彼女たちに対して真摯でいないとならないのだろう。