作品タイトル不明
そして夏休みへ
カインが人脈を作るためにド魔学へと復学し、ディアーナが少女騎士倶楽部を立ち上げようと決心したものの、二人がなにかを成し遂げる間もなく夏休みがやってきた。
「五年一組の生徒たちの名前を覚えるので終わってしまった」
「申請書に必要な情報を集めるだけで終わってしまいましたわ」
前期の最終日を終え、帰りの馬車の中である。
相変わらず魔法学園は長期休暇の前日であろうとも、前世の学校にあったような終業式のような区切りの式典もなく普通に授業をして終わる。
こうして帰りの馬車の中にいても、明日から夏の長期休暇が始まるという実感がわいてこない。
「ディアーナは、夏休み中の予定をケイティアーノ嬢となにか話し合ったりした?」
夏休みの気分を盛り上げようと、カインがディアーナに夏休みの予定について話題を振ってみた。
「うーん」
ディアーナは頬に手を添えて、小さく首をかしげて可愛らしく悩んでみせる。
「ケーちゃんは、おじい様に連れられてあちこちの領地を回るみたいですわ。行きたくなーいって嫌そうな顔をしてたけど、おじい様には逆らえないって。なので、明確にあいている日がわからないから、お時間あったらお茶しましょうねってふんわりとした約束だけですわね」
魔法学園の二年生ともなれば、貴族令嬢としてはお年頃である。
そろそろ婚約者の選定を始める令嬢も増えてくる時期ではあるので、ケイティアーノもお見合いを兼ねた挨拶まわりにつれまわされるのであろう。
ケイティアーノの家、サラティ侯爵家は元老院七家に名を並べる名家である。
いまだ当主はケイティアーノの祖父がつとめており、発言力は飛び抜けて高い。
ケイティアーノを可愛がっているらしいとは聞いているが、それと恋愛結婚を許すかどうかは別の話なのである。
「私、思ったんですけど」
ディアーナが真剣な顔でカインへ告げる。
「騎士になるか結婚するか、どちらかしか選べないのっておかしいんじゃないかしら」
少し前、カインがディアーナを庇って黒髪金目に姿が変わってしまっていた時。
ディアーナは「周りに迷惑をかけてしまうなら、女性騎士になるのをあきらめて、普通の令嬢と同じ様な幸せで満足するべきではないのか」と思い悩んでいた。
ここで言う「普通の令嬢と同じ様な幸せ」というのは、つまりは結婚して子どもを産んで家を守るという事になる。
「クリスのお父様は結婚なさっていて、クリスとゲラント様という子供もいるけれど、近衛騎士をやっていらっしゃるでしょう? だったら、女性騎士をやりながら結婚して子どもを産んだって良いとおもいません?」
凄いことを思いついた!という顔で、ディアーナが身を乗り出してくる。
カインはそんなディアーナの姿に顔をほころばせた。
「ディアーナは凄いなぁ!本当に十三歳なのか疑ってしまうよ!」
そう言って頭をなでてやる。
「ディアーナの言うとおりだ。結婚して出産して家を守るというのは、生活するって事だ。騎士になるっていうのは仕事をするって事。仕事をするなら生活を捨てなければならないなんておかしな話だよね!」
前世でも、結婚しても共働きで仕事を続けるのは当たり前になっていた。
女性の出産後の仕事復帰についてはまだまだ課題が多かったが徐々に制度が整いつつあった。
この世界では、平民は生活のために家族総出で働く必要があるために母となっても働く女性は多い。
逆に貴族女性は家内を取り仕切るのが仕事となり、外に働きにいく事は少ない。
貴族令嬢が侍女として爵位の高い家に奉公に出ることはあるが、礼儀見習いや人脈作りの側面が強く、貴族家の夫人となれば他家に働きに行くことはまずない。
あったとしても、教育係や話し相手といった優雅なお仕事か、そもそもが特定の家門に代々仕える家系であるなどの特殊な事情になる。
「そうだよね! ディアーナは公爵家の令嬢なんだから、もともと家事なんかやらないし、子育てだって乳母を雇えばいいんだ。家庭と仕事の両立を妨げるものなんてなにもないんだもんね!」
前世で知育玩具の営業をしていたカイン。
職場復帰したくてもできないお母さん達の声もたくさん聞いてきた。
貴族令嬢として、そして貴族夫人として上げ膳据え膳生活ができて、子育てに関しても乳母をはじめとした侍女やメイドを存分に投入できる環境なら十分に家庭と仕事の両立は可能なはずである事に、ディアーナの言葉で気がついた。
「後は、世間体と法律だけが問題だね!」
「それが一番手強いんですわ……。未来の法務省事務次官様の手腕を期待してますわよ!」
もちろん、今現在「貴族家夫人の仕事」とされている家内の取り仕切りや奉仕活動、社交活動だって楽な仕事ではない。
エルグランダーク公爵家みたいな巨大な家ともなれば、雇われている使用人はちょっとした会社並に多いし、ハウスキーパーや厨房や式典管理など仕事だって多岐にわたる。それらを管理するとなればそれこそ会社の役員並みに忙しいだろう。
万が一アルンディラーノと結婚するなんて事になれば、「王妃」という仕事をすることになる。それはそれは多忙に違いない。
家事育児のアウトソーシングができるからといって、この世界にはこの世界の「婦人の仕事」という物が別にあるのだ。
単純に騎士と両立出来るとはならないだろう。
それでも、まずその点に思い至ったことがすごいのだ。
「この世界の中にいて、職業婦人のあり方について考えられるなんて、ディアーナは本当にすごいね」
子どもに関わる仕事をしていれば、必ずお母さんとも関わることになる。
前世のカインはお父さんと関わることもあったが、絶対数はまだまだ少なかった。
公爵家令嬢という立場のディアーナが先頭に立つことで、こちらの世界はなにか変わる事ができるかもしれない。
「きっとまだまだ、私もお兄様も気がついてない問題があると思いますの。でも、私とお兄様ならきっと乗り越えられますわね?」
期待する顔でディアーナからそう言われれば、カインが答える言葉は一つしかない。
「もちろんだよ!」
世のお母さんたちから意見を聞いても、自分にできることが限られていた一サラリーマンの前世カイン。
でも、今世は公爵家長男で魔法も剣術もぴかいちの権力者だ。しかも前世の知識持ちなので障壁となるだろう問題点に予測もつくというチート状態である。
カインと、そのカインに育てられた賢いディアーナがタッグをくめば、できることはグンと多いだろう。
女性貴族がどうしたらやりたいことをやりつつ結婚出産も諦めなくて済むのか。
それについて盛り上がっている内に、馬車はエルグランダーク家へと到着したのであった。