軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

おかあさまうそついた!

カインとイルヴァレーノが夕食後の時間を刺繍の練習に当て始めてから一週間程が経ったある日。ディアーナが部屋へやってきた。

「にいさまー。あそんでくださいー」

小さな腕に、絵本とぬいぐるみと小さな黒板を抱えている。遊ぶ準備は万端である。

「ディアーナ。お母様と刺繍の練習をしていたのではないの?」

やりかけの刺繍枠をテーブルに置いて、ディアーナに駆け寄り跪くカイン。頭をなで、おもちゃごと抱きしめ脳天の匂いをクンクン嗅いでいる。

「ししゅーつまんないんだもん…」

ディアーナがしょんぼりした顔でそういうとカインはおや?と首をかしげて見せた。

最初、ディアーナは母エリゼから刺繍を教わるのを楽しんでいたのだ。公爵夫人として日中忙しくしているエリゼはなかなかディアーナを構う時間がない。食事の時間やお茶の時間は一緒に過ごす事も多いがカインも一緒だし時折父も同席する。

そんな母が、刺繍の練習を見てくれる間は独り占め出来るのだ。ディアーナは張り切っていたしお母さまに褒めて貰うんだ!とやる気に満ちあふれていた。

それなのに

「刺繍つまらない?」

「ぬのにお絵かきするよっていってたのに、まっすぐまっすぐばっかりいわれてつまんない。おかあさまうそついた」

(ねぇ、このプックリ膨らんだほっぺた超かわいくない?マジ天使じゃない?怒ってても可愛いとか人類の宝じゃない?)

という顔で振り向くカインに対して

(まじめに話を聞いてやれ)

と顎を振ってあっち向けと返事するイルヴァレーノ。

「ディアーナ。お母様は嘘ついてないよ。こっちおいで」

「にーさま?」

カインは立ち上がるとディアーナの手を取り、ローテーブルのそばまで連れて行く。練習で糸を刺し終わった布の山から一枚取り出して広げて見せた。

「ほら、これは兄様が刺繍したんだよ。なんだかわかる?」

それは、基本のステッチを一通り練習し、曲線縫いを練習するために刺したものだった。輪郭だけだが絵になっている。

「耳が短いうさぎさん!」

「いや、それクマさ…いってぇっ」

「そう!耳が短いうさぎさんだよ!」

本当はクマを刺繍していた。クマと言いそうになったイルヴァレーノが後ろですねを押さえてうずくまってるがカインは無視した。

ディアーナがウサギといったらウサギなのだ。

「そしてこっちが、耳が長くなったうさぎさんだ!」

「うさぎさんだ!」

ディアーナのお気に入りの絵本に『うさぎのみみはなぜながい?』というお話がある。物語の冒頭では耳の短いうさぎが、紆余曲折あって耳が長くなるという物語だ。

ディアーナは、クマの刺繍を絵本冒頭のうさぎと言ったのだった。

「これ、にーさまがししゅーしたの?」

「そうだよ。ほらこれは」

「あっ!やめろよ!!」

カインがテーブルからもう一枚の布を取ってディアーナに見せた。そこにはチェーンステッチの太い線で描かれた蝶が飛んでいた。

「ちょうちょ!」

「そう!蝶々だよ。よくわかったね。やっぱりディアーナは賢いね。物知りだね。偉いね。これは、イルヴァレーノが縫ったんだよ」

「イルくんが?」

カインに撫で回されながら、目をまん丸くしてイルヴァレーノを見上げてくる。イルヴァレーノはバツが悪そうに視線をそらしながら「そうだけど…」とモゴモゴ返事をしている。

ちなみに、イルヴァレーノがイル君と呼ばれているのは、使用人として邸に戻って来た際に「イル兄様と呼んではいけない」と諭した際に、口が回らずイルヴァレーノと呼べなかったのと母エリゼがイル君と呼んでいたことから、ディアーナもそう呼ぶようになってしまったのだった。

「ね、兄様やイルヴァレーノは布にお絵かき出来ているよ。ディアーナも糸と針でお絵かきしてみよう?」

「やる!ディもお絵かきする!」

「やったー!ディアーナはなにを描く~?うさぎさん?くまさん?」

「うさぎさん!」

「よーし!うさぎさんね!」

カインは座面に置いてあったブックスタンドを床にどけてディアーナをソファに座らせた。

真っ白い布を一枚取り出してテーブルに置くと、色付きクロッキーをディアーナに握らせた。

「まずこの布にうさぎ描いてね」

「はぁい」

ふんふんと鼻歌を歌いながらご機嫌で絵を描くディアーナ。その隣に座ってやりかけの自分の布を枠からはずしているカイン。

「できたー!」と自慢げに見せてきた布をディアーナから受け取ると、刺繍枠に嵌め込んで手渡した。

「チクチクする練習はお母様としていたんだよね?今度は、このディアーナが描いた線をチクチクしながらなぞるんだよ」

「せんのとおりにぬうのね?まっすぐまっすぐじゃなくていいのね?」

「まっすぐじゃなくて良いんだよー。線からズレたって良いんだ。まずはやってみよう?」

「うんっ」

ディアーナが、小さな手で針を持って布を縫っていく。指を刺さないように、枠を持つ手や針を持つ手に時々手を添えて誘導しつつ、その一生懸命な姿に尊死しそうにこれでもかと背骨をそらして嗚咽を漏らすカインであった。

下絵の線からして歪んでいたうさぎが、ガタガタのランニングステッチでさらに愛嬌のある形に仕上がった。うさぎの胸元にカインが蝶ネクタイを追加で刺繍し、イルヴァレーノが隙間に小さな花を散らしていく。

3人の合作で『お花畑のお洒落なうさぎさん』になった刺繍枠の絵を嬉しそうに眺めるディアーナ。

「ディのかいたえがちゃんとえになった…」

うさぎはだいぶ歪んでいたが、ディアーナは感動しているようで、上から見たり持ち上げて下から見上げたり、裏からみてもじゃもじゃしてることに笑ったりしていた。

「お母様は嘘ついて無かっただろう?」

カインが顔を覗き込んで聞けば、ディアーナは大きく頷いて笑った。

「おかあさまに見せてくる!」

そう言ってディアーナは刺繍枠を持ったまま部屋を出て行ってしまった。

開けっ放しにされたドアを見つめるカインとイルヴァレーノ。

「刺繍枠持ってかれてしまいましたね。今夜はもう寝ますか」

「……そうだね。連日夜更かしして練習してたしな…」

カインはイルヴァレーノに寝間着に着替えさせて貰い(侍従として主人を着替えさせる練習中なのだ)布団に入って目を閉じた。

イルヴァレーノの部屋はカインの部屋に続いている使用人の部屋だが、普段は一度廊下へ出てから隣の自室へ戻る。

室内のドアはドアと判らないように隠し扉になっている。いざという時、緊急事態の時にはこの隠し扉を使って出入りするが、今はその時ではないので廊下を通って戻る。

刺繍の会まで、あとひと月半である。