軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

218.彼らもまた人であるが故に

ある満月の夜だった。

森の中に建てられた煌びやかな宮殿。

そのバルコニーに一人の青年がいた。

腰まで届くほどの長い金髪をなびかせ、腰には金や宝石の装飾が施された儀式剣を差し、白いマントを羽織っている。

一目で高貴な身分と分かる人物だった。

彼は誰かを待っていた。

「――戻ったか」

「はい」

青年が口を開くと、誰かが答える。

いつの間にか、彼の傍には一人の少女が居た。

黒を基調とした礼服に身を包んだ十五歳ほどの少女だ。

赤い髪をなびかせ、背中には身の丈ほどの大剣を担いでいる。

「民の様子はどうだった?」

「浮かれております。魔物どもが居なくなったことが余程嬉しいのでしょう。国中、どこもかしこもお祭り騒ぎでした」

「まあ、民衆には魔物が居なくなったとしか伝えていないからな。そうなるのも仕方ないことだ」

「……本当に魔物どもは全て向こうの世界へ?」

「ああ、六王、禁呪持ち、刃獣、それに神樹や『彼女』も全て向こうの世界へ送られた。……いや、『彼女』だけは後追いか。やれやれ……」

「……」

彼の言葉に、少女は少しだけ表情を変えた。

「信じられないかい? でも本当さ。流石は賢者と言ったところか。システムは寸分の狂いもなく稼働している」

「……では予定通りに?」

「ああ、予定通りに行けば半年後、我々は向こうの世界へと送られる」

彼は懐からこぶし大ほどの大きさの水晶を取り出す。

薄紫色に怪しく輝くその水晶は、異様な程に濃く重い気配を放っていた。

「ッ……」

それを目にしただけで、少女は吐き気を催した。

思わず顔を背け、視界に入れるのすら拒絶した。

その不敬を彼は笑って許す。

「正解だ。もし直視し続ければ、君でも魂を吸い取られていた」

何でもない事のように、彼はそう口にする。

その言葉に、少女は背筋がざわつくのを押さえられなかった。

「――『賢者の水晶』よ、余り私の部下をいじめないでくれるかな?」

力を込めて水晶を握ると、それまでの重苦しい気配が消える。

「全く……創造主に似てるね、本当に」

彼はそういって、水晶を懐にしまう。

これこそがかの賢者の創り上げた世界融合のシステム――それに干渉できるマスターキーであった。

「賢者様は素晴らしいお方だったよ。だが……それ故に愚かだ。人は貴女が思う程に美しく完璧ではない」

賢者が創り上げた世界融合のシステムは三段階に分かれていた。

まずこの世界の寿命が尽きる前に数名を向こう側の世界へと転送させ、向こうの世界の人々に事情を説明し、協力を取り付ける。

次に向こうの世界の被害が出ない形でこちらの世界を向こうの世界へと物理的に融合させる。その際には、気候や理、法則と言った様々な面での調整を行い、膨れ上がった世界の調節も行う。

そして最後に、人やモンスターを向こうの世界へと転送する。

こうして二つの世界は新たな一つの世界として生まれ変わる手はずになっていた。

「でも、そんなのは理想論だ」

彼は笑い、賢者の考えを一蹴する。

「――分かり合う事など、絶対にない」

断言する。

何故なら彼は人間であり、向こうの世界の人々もまた人間だからだ。

世界が滅びそうだから、アナタ達の世界に住まわせてくださいなどと言って、一体誰が受け入れると言うのか?

受け入れられるはずがない。

そんなのは子供の理屈だ。

人はそこまで純粋ではない。

対岸の火事すら素知らぬ顔をする人間に、どうして別の世界の人間の助けなど聞く耳を持つというのだ。

「ああ、でも確かに彼女の理想も分かる。時間をかければ確かに手を取り合う未来もあるかもしれない。我々は言葉を持つ人だからな。だが、それまでに果たしてどれほどの民が犠牲になるというのだ。必要な犠牲だと思い受け入れろと言うのか? そんな言葉で片付けられる命などありはしないのに」

必ず戦争になる。

そうなれば多くの民が死ぬ。

せっかく滅びを免れたのに、今度は別の世界の人間達によって殺される。

ならば滅びを受け入れろと?

世界が寿命を迎えるのだ。

だから仕方ないのだと? 世界と共に滅べと?

受け入れられるはずもない。

そんな未来、断じて受け入れられない。

だからこそ、彼は賢者のシステムを『改竄』した。

自分達に絶対有利な状況を創り上げる為に。

滅びを逃れ、その先にある戦争の被害を少しでも減らし、自分達に有利な状況を作る為に。

民の命と、別の世界の命。

その両方を天秤にかけ、彼は民の命を選んだのだ。

「……彼女の弟子は――リベル様は失望していたよ。どうやら我々の選択は彼女にとって余程受け入れがたいものだったらしい」

「……それは」

「分かっているとも。だが、顔も知らぬ向こうの人よりも、私はこの世界の人々を選ぶ。我々は我々が生き延びる為の最善を尽くす。その為ならば、向こうの世界の人々が何千、何万、何億人と死のうが構わない」

それが国を治める者の役目だ。

彼はそう信じている。

「かの地は、我々にとっての希望だ」

彼は再び手の中で水晶を弄ぶ。

世界が寿命を迎え滅びると伝えられた時、誰もが絶望した。

だが新たな世界が手に入ると分かった時、誰もが希望を胸に抱いた。

「その希望に曇りがあってはならないのだよ」

不安が、憂いが、陰りが、恐怖が、混乱があってはならない。

「そうだ。その地に住まう人々は人間ではない。我々とは違う種族だ。言葉を話すだけの下等な猿だ。我々の――敵だ」

そう思わなければならない。

そう断じなければ、これから先にある聖戦を乗り越える事など出来ない。

「……お供します。どこまでも」

いつの間にか、赤い髪の少女の後ろには更に数名の男女が跪いていた。

全部で八名。

誰もがこの世界の英雄と称えられ、一騎当千の力を持つとされる者達だ。

そしてこれからかの地に赴く『先遣隊』のメンバーでもある。

「賢者の弟子、『死王』リベルよ。貴女は知らないだろう。システムには、貴女すらも知らぬもう一つの抜け道がある事を」

今頃リベルは半年後に迫った戦いに向け、準備を進めている事だろう。

アイヴァーや現地の者たちの力を借り、自分達を迎え撃つために。

「それを我々は盤上からひっくり返す。貴女がどれだけ足掻こうとも勝つのは我々だ」

そう言って彼は――ランドルは笑った。