軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

178.西野と五所川原

どうしてこのおっさんがここに居るのだろう?

正直、今夜は誰とも会いたくなかった。

独りで気分を落ち着かせたい西野としては水を差された気分だった。

「隣に座ってもいいかな?」

「……どうぞ」

頷きつつも、心の中では早く帰れと思う西野。

五所川原は「よっこいしょ」と言いながら、ベンチに腰かける。

「それで……どうしたんですか、こんな夜更けに?」

「それはこっちのセリフだよ。西野君こそどうしたんだい、こんな夜更けに? 明日も早いだろう?」

質問を質問で返すなよ、と突っ込みたかった。

「……別に。眼が冴えたから少し散歩していただけですよ」

「ふぅん、散歩ねぇ……。成程、成程。じゃあ、私も同じ理由だ」

「……」

イラッとした。

だが怒鳴りつけるわけにもいかず、西野は無言で夜空を見続けた。

五所川原も、手に持った缶コーヒーをちびちび飲みながら、同じように夜空を見上げる。

「電気が使えるようになって、この辺は明るくなったねぇ。でもやっぱり以前に比べればまだまだ夜は暗い。でもそのおかげで星空がよく見えるようになった」

「……」

確かに、以前は見えなかった星々が、今はよく見える。

まあ、視界の端に『安全地帯』の見えない壁に張り付いてるペオニーの蔦が映らなければ文句は無いのだが、そこを突っ込むのは野暮だろう。

「西野君、私はね、子供のころからこうして星空を眺めるのが好きだったんだ。大人になって結婚してからは、妻や娘ともよく一緒にこうして眺めたもんだよ」

そう言って、五所川原は左手の薬指にはめた指輪を優しく撫でる。

そういえばこの人妻子持ちだったな、と西野は今更ながら思い出した。

奥さんと娘さんは見つかったのだろうか?

「ずーっと広がる星空を眺めているとね、自分の小さな悩みなんてどうでもよくなってくるんだ。仕事で失敗しても、妻に叱られても、娘に嫌われても、それでも変わらず星は私たちの頭上に輝いている。そんな星たちを見てるとね、また頑張ろうって気持ちになるんだよ」

「……意外ですね。五所川原さんがそんなにロマンチストだったなんて」

「はは、よく言われるよ。でも人は見かけによらないって言うだろ? 君や柴田君がいい例だ」

「俺や柴田が、ですか……?」

「そうとも。君や柴田君は不良ぶっているが、その内面にはきちんと『芯』がある。仲間想いで、意外と熱血漢で、それでいて根は真面目だ。いくら悪ぶって見せても、分かる人はきちんと分かる」

「……別に、そんなこと」

「あるよ。私が保証する」

強い口調だった。

その言葉には妙な重みがあり、西野は自然と五所川原の方を見た。

冴えない中年の顔だ。どこにでも居るようなおっさんの顔だ。

なのに、どうしてか今は少し違って見えた。

だから西野はつい反抗してしまう。

「あり得ませんよ、そんな事。どこをどう見ればそう思うんですか? 五所川原さん、アナタは知らないでしょう。俺がホームセンターで、ハイオークから逃げる時に、仲間にどんな指示を出したかを……」

あの時、あのハイ・オークとオークの群れの襲撃を受けた際、西野は仲間にこう指示を出した。

避難民を囮にして、バラバラに逃げろ、と。

当然作戦内容を知らなかった避難民たちの大半はモンスターの囮として、無残に殺され、生き延びたのはほんの僅かだった。五所川原はその数少ない生き残りだ。

もしこの事実を知っていたら、そんな言葉を吐けるわけがない。そう思った西野だったが、

「勿論、知ってたとも」

五所川原のその言葉に、西野はぽかんとなる。

知ってた? 知っていて、それでも自分にそんな言葉をかけたと言うのか?

「なん……で……?」

「何で? あの状況では、ああする以外に選択肢なんて無かっただろう。実際、あの時の私達は何の力も無い、自分達の事ばかりを考える役立たずだった。あの状況では切られて当然だっただろうね。君は仲間を守る為に、最善を尽くしたんだ。それを責める事は誰にも出来ないよ」

「……」

何でそんな事を知っているんだ、と西野は思った。

「もう一度言うよ、西野君。君は強い少年だ。だから――あえて言わせてくれ」

「……?」

「――自分とクドウ君を比べて、卑下するのは止めなさい」

「ッ……!?」

核心を突く一言に、西野は動揺した。

どうして分かった? そう顔に出ていたのだろう。

五所川原はふっと笑い、

「私はね、これでも人を見る目はある方なんだ。一応、社長だったからね。社員一人一人の顔や性格は覚えていたし、どんな悩みがあるのか、どんな不満があるのか、それに気づいて改善してあげるのも仕事の内だった。だからすぐに分かったよ。君が悩んでいることは」

「……」

「羨ましいと思うのかい、彼が?」

五所川原が問うてくる。

「彼のようになりたいと、君は本当に思っているのかい?」

「……当たり前じゃないですか」

ぽつりと、こぼすように西野は口を開く。

「あれだけ強くて、あれだけ色んなスキルを持っていて、どんな敵にだって立ち向かって、今日なんて 竜(ドラゴン) を仲間にしたんですよ? これが羨ましくないなんてことがありますか?」

「思わないね。私はちっとも思わない。だって彼は――」

「それは五所川原さんが、あの人の活躍を間近で見ていないからそう言えるんですよっ!」

五所川原の言葉を遮って、西野は叫んだ。

これまで溜めこんでいた鬱憤を吐きだすように。

「あんな凄い活躍を見せられれば、誰だって思いますよ。クドウさんみたいな力が欲しい! クドウさんみたいになりたいって! でもそれっておかしい事ですか?」

「……」

「俺だって……俺だって頑張ってるんですよ……。でも、駄目なんです。俺じゃ、アイツを……六花を守ってやれない。アイツを笑顔にしたのは一之瀬で、アイツを守れる力を持つのはカズトさんだ。俺は……俺に何が出来るって言うんですか! 何一つ、俺にはあの人に勝てるものなんてない! せいぜい作戦を立てて、仲間を指揮するのが関の山だ! それだって藤田さんや十和田さんの方が何倍も上手くできる! 俺だったら仲間を死なせてた場面だって何回もあった! 俺の替えなんていくらでも居るんです!」

「西野君、それは――」

「ええ、分かってますよ! これがただの醜い嫉妬で、馬鹿な劣等感で、どうしようもない八つ当たりだってことは! でもそんなの分かってるんです! でも……でもどうしようもないじゃないですか! 頭では理解していても、心が納得してくれないんですよ!」

ぎゅっと拳を握りしめ、西野はありのままの自分をさらけ出す。

それは、世界がこうなって彼が初めて他人に見せた『弱さ』だった。

カズトのように強くなりたい。彼のように六花の隣に立って、彼女を守って戦いたい。

でも、自分にはそれが出来ない。弱いから。スキルが無いから。ステータスが低いから。力が無いから。それがどうしようもなく、彼の心を締め付ける。

心のどこかで思ってしまうのだ。

――なんで俺じゃないんだろう、と。

それは誰しもが心の中に持っているものだろう。

あんな風になれたら、あんなことが出来たら、と。

嫉妬とは言い換えれば、他人に対する憧れや羨望の裏返しだ。

憧れているから、羨望するから、人は嫉妬してしまうのだから。

だが五所川原は西野をじっと見つめ、

「君はクドウ君じゃない」

はっきりとそう言った。

「君は 九堂和人(クドウ カズト) じゃない、 西野京哉(ニシノキョウヤ) だ。君は彼には成れないし、クドウくんも君に成れない。そして――君の代わりだって誰にも務まらない」

じっと、西野の眼を見つめ、

「人が誰かの代わりになるなんて出来ないんだよ。代わりが務まるのは、会社の仕事くらいのもんだ。いや、それだって完全には無理だろうね。その人じゃないと嫌だっていう取引先はいくらでもいるし、その人が居るからこそ一緒に仕事をしてくれる人たちがいる。憧れても、嫉妬しても、その人自身になる事は誰にも出来ない」

「……じゃあどうしろって言うんですか? 諦めろって言うんですか?」

「そうだ」

「ッ……」

はっきりと五所川原は断言した。

「クドウ君になろうとするのは諦めなさい。君は、君自身にしかなれないのだからね」

「え……?」

「君がクドウ君に嫉妬してるなら、クドウ君に負けないように努力し続けるしかないんだ。君が自分自身を認められるようにね。そして、その努力を見てくれている人たちは必ずいる。君が頑張れば、諦めなければ、その想いは必ず相坂君や他の皆にも届く」

「……そうでしょうか?」

「そうとも。いや、もうとっくに届いていると、私は思うけどね」

「え?」

「――西野さんっ!」

少し離れたところから声がした。

見れば、柴田や他の仲間たちが息を切らしてこちらへ走ってくるのが見えた。

「探しましたよ。メール送っても返事が無いし、心配させないで下さい」

「え……? あ、ああ、すまない」

西野が謝罪すると、柴田たちは心底ほっとした表情になった。

「良かったっす。西野さんに何かあったら、俺ら悔やんでも悔やみきれないっすから」

「……」

西野は柴田たちの顔を見る。

ただ自分の気持ちを整理したくて、一人になっただけなのに、ここまで彼らに心配させていたのかと思うと、複雑な気持ちになった。

「六花や一之瀬達も探してますから、とりあえずアイツらにも連絡して貰っていいっすか? 俺よりも西野さんが直接連絡した方が良いと思うんで」

「ああ、分かった。……六花もか?」

「当たり前じゃないっすか。というか、西野さんを探そうって、一番最初に言ったのはアイツですよ?」

「……そうか」

柴田のその言葉に、西野は少し表情を取り戻す。

メールを送ると、すぐに返事が返ってきた。

『――りょーかい、心配させないでよねー』

いつもと同じ六花からのメール。

それが今は少しだけ温かく感じた。

不意に、肩に手が置かれる。隣に立つ五所川原が自分を見ていた。

「ほら、君を見てくれる人たちはちゃんと居るだろう? ちなみにね、ホームセンターでの事を教えてくれたのは柴田君なんだよ?」

「アイツが……?」

「ホームセンターから逃げ延びて、合流した後だったかな。その時に教えてくれたんだ。土下座して、謝罪されたよ。だが彼は一言も、君の事を責めていなかった。自分たち全員に責任がある。だから次に彼にあっても、どうか責めないでくれと」

「……」

知らなかった。アイツがそんな事をしていたなんて。

「言っただろう。君の想いは、ちゃんと届いているって」

「……そう、ですね。そんな簡単な事も見えなくなってたんですね、俺は……」

「ん? どうしたんっすか、西野さん?」

「いや、何でもない。戻ろう、俺たちの家に」

「うっす」

歩きながら、西野はもう一度夜空を見上げる。

「……俺は俺自身にしかなれない、か」

憧れても、嫉妬しても、自分は自分以外の誰にも成れない。

悩みが解決したわけじゃない。気持ちに整理を付けた訳でもない。

きっとこれからもこの劣等感と嫉妬は自分を苛むだろう。

――でも、それでも前に進み続けるしかないのだ。

ならば足掻こう。少しでもアイツの隣に立てる自分になる為に。

前に進もう。少しでもあの人の強さに近づけるように。

「……ああ、やってやろうじゃないか」

意地の悪い笑みを浮かべ、西野は歩く。

その顔にはもう影は差していなかった。

そして――足元の『影』がほんの少しだけ震えたことに、彼は気づくことはなかった。

西野を拠点に送り付けた後、五所川原は再び夜の公園へやってきていた。

ベンチに腰掛け、また一人で夜空を見上げため息をつく。

「やれやれ、なんとかなったようだね」

市役所に戻って来た時は大分追い詰められた表情をしていたが、あれならもう大丈夫だろう。

「クドウ君もそうだが、西野君も大概自己評価が低いからね。自分達がどれだけ、仲間に必要とされているか、ちゃんと理解してくれなきゃね……」

自分の事は自分が一番分かっていると言うが、意外とそうでもない。

こと、他人からの評価に関しては特にだ。

「まだ何か隠しているような気がしたが……あの様子なら大丈夫だろう」

話している最中、五所川原はまだなにか西野には隠している事があるのではないかと感じていた。だがあの様子なら、きっと乗り越えられるだろう。五所川原はそう信じてる。

「だが、少し……彼には嘘をついてしまったね……」

そう言って彼は懐から一冊の手記を取り出す。くたくたになりかなり年季が入っているそれは、彼が毎日欠かさずつけていた日記帳だった。

世界がこうなってから、そしてそのずっと以前から彼は日記をつけることを習慣にしていた。

パラパラと適当にページをめくる。

「……九月三日 娘がプレゼントをくれた。黒いハンカチだ。おこづかいをこつこつ貯めて買ったんだと誇らしげに語ってくれた。お礼はスマホの新機種で良いらしい。これは中々高い買い物になりそうだ」

ページをめくる。

「……十月四日 今日は妻との結婚記念日だ。情けないことに妻に言われるまで私はそのことをすっかり忘れていた。妻には呆れられ、娘にもとても怒られた。明日はどうやって二人の機嫌をとるか苦労しそうだ……」

ページをめくる。

「……十二月三日 妻に買い物を頼まれた。急いで買ってこいと言われ、買い物をして戻ってみると、テーブルの上には大きなケーキや私の好物ばかりが置かれている。それを見て、私はようやく今日が自分の誕生日だと気づいた。忘れていても、こうして妻と娘が思い出させてくれる。それはとても幸せなことなんだと、気づかされた――」

ページをめくる、めくる、めくる。

そこには家族の思い出が、彼の『記憶』が綴られていた。

「――本当に幸せそうだね、この時の私は……」

それはどこか他人事のようなセリフだった。

いや、事実その通りなのだ。

――五所川原は妻と娘のことを『全く覚えていない』のだから。

西野に語った彼の思い出は、彼が自分の日記を見て、さも自身の記憶のように語って見せただけ。実際には、今も妻と娘の顔も思い出せない。どんな姿だったか、声だったか、どんな匂いをしていたか、その温もりも、何もかも彼は思い出せない。

「トレント、か……」

娘は『隣町』の高校に通っていた。そして妻も、娘を一人暮らしさせるのが不安だと、彼を説得して、アパートを借りて娘と一緒に暮らしていた。

隣町――そう、ペオニーが出現した町にだ。

トレントに食われた者は存在を失う。

つまり、彼の妻や娘はもう――

「頑張らないとね、私も」

日記を懐にしまい、彼は立ち上がる。

左手の薬指にはめた指輪を指でなぞり、そしてポケットにしまった黒いハンカチを握りしめた。

「……悲しむこともできないんじゃ、妻と娘に申し訳がないじゃないか」

そして夜が明ける。

ペオニー攻略戦、その最初の一日が始まろうとしていた。