作品タイトル不明
177.嫉妬
――何とか間に合った。
パーティーメンバーの項目を確認した後、俺はすぐに分身を解除して、モモの『影』に潜る。
その直後、俺の居た場所をペオニーの蔦が猛スピードで通り過ぎて行った。
「ハァ、ハァ……危なかったぁー……」
再び外に出ると、そこは『安全地帯』の中。
地面にへたり込み、空を見上げる。
あと数瞬『影』に入るのが遅れていれば、俺は今頃ペオニーに捕まっていただろう。
ペオニーは巨大化した分身を食らい尽くすと、すぐに足元に居る俺にも蔦を向けてきた。喰ってる最中は気にも留めなかったくせに、喰い終わった瞬間に俺に意識を向けてきたのだ。
(だんだんペオニーの行動原理が分かってきたな……)
アイツにとっては『喰う事』が全てなのだ。
戦闘はあくまでその為の手段であって、目的はその腹を満たす事なのだ。
だからこそ、 竜(ドラゴン) との戦闘を放棄してでも、『巨大化』した俺を喰う事を優先させた。
使いどころが難しいと思っていた忍術だが、ペオニー相手なら有効に活用できそうだ。
それにアイツの行動パターンも分かって来た以上、作戦も立てやすくなる。
「く、クドウさーん」
「ん?」
声のした方を見れば、一之瀬さんたちが手を振っていた。こちらに向かって走って――あ、もうバテてる……。仕方ないのでこちらから出向く。
「ぜぇー……ぜぇー……く、クドウさん、お疲れ様です……」
「え、ええ……。お疲れ様です」
俺よりもちょっと走っただけの一之瀬さんの方が遥かに疲れてるように見えるんですけど……。いや、まあそれはあえて突っ込まないでおこう。
「おにーさん、お疲れさまー」
「クドウさん、お疲れ様です。あ、どうぞ」
西野君と六花ちゃんもこちらにやってきた。
西野君から差し出された飲み物を飲む。
緊張から解放された所為か、喉がカラカラだ。
一気に飲み干すと、体がだいぶ落ち着いた。
「ふぅーありがとうございます。生きかえりましたよ」
「それで……作戦はどうでしたか?」
心配そうに聞いてくる西野君に、俺は笑みを浮かべる。
「大丈夫です、成功しました」
「ッ――じゃあ……?」
「ええ、ドラゴンが仲間になりました」
その言葉に、三人はわぁっと声を上げる。
「マ、マジ? マジのマジなの、おにーさん!?」
「マジのマジの助です、相坂さん」
「うわぁー、やったー! 凄いよ、おにーさんっ!」
「うぉっ!?」
ガバッと六花ちゃんが抱き着いてくる。
おっふ……お、うぉぉ……。やば……これはヤバい。
圧が……肉の圧が半端ない。すっごい柔らかい。それに超いい匂い。
「お、おい六花!? なにをしてるんだっ」
「リッちゃん!?」
「お、落ち着いて下さい、相坂さんっ」
なんとか理性を保って六花ちゃんを引きはがす。
惜しい気はするけど……いや、正直もうちょい堪能していたかったけど、なんとか引きはがす。突然の行動に西野君や一之瀬さんも驚いているようだ。
「へ? あー、ごめんごめん、つい興奮しちゃって。ごめんね、ナッつん」
「むー……」
そう言って、何故か六花ちゃんは一之瀬さんの方に頭を下げていた。
いや何故そっちに謝る? そして何故一之瀬さんもむくれてる?
「ッ……」
そして何故か複雑そうな表情をする西野君。
埒が明かないので話を進めよう。
「と、とにかく、作戦は成功です。モモ、出てきてくれ」
「――わんっ」
俺の呼びかけに応じてモモが『影』から姿を現す。
次いでキキも『影』から出てきた。
「モモ、キキありがとうな。今回はお前らのおかげだ」
「わんっ、わふぅー」
「きゅー、きゅぅぅんー♪」
感謝の気持ちを込めて二匹を撫でると、モモもキキも嬉しそうに目を細めた。
「それでクドウさん、 竜(ドラゴン) は今どこに?」
「――『影』の中です。どうやら、今はアカと話をしているようですね」
『影』の中からアカとあの 竜(ドラゴン) の気配が伝わってくる。
すぐに影から出てこないのはどうしてだろうか?
「わんっ、わんわんっ!」
するとモモがこちらの気持ちを読んだかのように答える。
「……ああ、成程。そういう事か。サンキュー、モモ」
「どういう事なの、おにーさん? てか、モモちゃんの言ってる事分かるの?」
「え? だいたい分かりますよ? ねえ、一之瀬さん」
「ですね。どうやらアカちゃんは 竜(ドラゴン) が『安全地帯』の中で、私達を襲わないように説得してくれてるみたいですね」
「その通り」
「マジかー……」
驚く六花ちゃん。
「えへへ、私もだいぶモモちゃんの言ってる事が分かるようになりました」
「ふふ、一之瀬さんも中々出来るようになりましたね」
「いやいや、クドウさん程じゃありませんよ」
「いやいや、それ程でもないですよ」
「ふふふ」
「ははは」
「わんっ、わふぅー」
にやりと笑いあう俺と一之瀬さん。
モモは嬉しそうに俺たちの周りをくるくる回る。
可愛いので撫でておこう。
「私の親友がどんどん人間離れしていくよぅ……」
いや、それブーメランだから六花ちゃん。
君もだいぶ人間辞めてるからね。主に戦闘面で。
というか、俺も一之瀬さんも『進化』したからある意味、人間離れはしてるか。いや、それは今は関係ないな。
「ともかく、パーティーメンバーに加わったとはいえ、 竜(ドラゴン) はまだこちらに気を許したわけじゃないようです。その辺を説得するまで、『影』から出さないようにするみたいですね」
「わんっ」
「きゅー」
モモとキキは再び『影』に潜る。
竜(ドラゴン) の説得に加わるようだ。本当に頼りになる三匹である。
ん、待てよ? 竜のスキルには『意志疎通』や『念話』ってのがあったし、俺たち人間とも対話が可能なんじゃないか?
「わん、わんわふぅー」
するとまたこちらの考えを読んだように、モモが『影』から顔を出す。
曰く、『モモたちのことはみとめたけど、まだ 人間(カズト) たちまでみとめてない』との事らしい。
アニメや漫画なら非常にツンデレちっくなセリフだが、それを 竜(ドラゴン) に言われると、寒気しかしないな。
マジでモモたちが説得してくれないと、『影』から出た瞬間に即ブレスなんて事態もありうる。パーティーメンバーになった以上、竜も『安全地帯』の中でもスキルが使えるようになったわけだし、まだ安心はできないかぁ……。
(それでも一歩前進だ)
竜という強力な戦力を俺たちは手に入れる事が出来た。
その戦果だけでも値千金だろう。
「凄いですね……本当にあの 竜(ドラゴン) を仲間にしてしまうなんて」
「一之瀬さんやモモたちのおかげですよ。俺一人では絶対に無理でした」
「それでも……凄いですよ。本当に、クドウさんは凄い人だ」
「そ、そうですか? はは、ありがとうございます」
西野君にそう褒められると、なんだか照れくさいな。
今までそんな風に褒めてくれた人なんてあんま居なかったし、ついつい嬉しくなってしまう。
「西野君こそありがとうございます。いつも協力してくれて」
「何言ってるんですか。俺は殆ど何もしてませんよ……」
「そんなことありません」
「そう、ですかね……」
「あはは、まー今回は私とニッシーはほぼ置物だったからねー。次回は頑張るよー」
複雑そうな表情を浮かべる西野君と、それとは対照的に朗らかに笑う六花ちゃん。
「期待してますよ」
「期待されましたよー。ナッつんに負けないくらい頑張るんだからっ。ね、ナッつん」
「ちょっ、ちか、近いよリッちゃん。急に抱き着かないでっ」
六花ちゃんに抱き着かれ、あわあわする一之瀬さん。
うん、仲がいいのは良い事だ。ちょっとスキンシップが過剰に思えるけど。なんならもう一回くらいなら抱き着いてくれても構いません。
「さて、とりあえず一旦体を休めたいですし、拠点に戻りましょう。その後で今後の方針を決めると言う事で」
「そうですね」
「さんせー」
「……ですね」
俺たちは家に戻って体を休めることにした。
多分、この時の俺は浮かれてたんだろう。
竜を仲間にして、ようやく一歩前に進んだ。
だから、その小さな変化に俺は気付けなかった。
「……」
後ろを歩く西野君の表情に暗い影が差している事に――。
一方、五十嵐十香は恐慌状態にあった住民たちの鎮静に当たっていた。
(あーもうっ、ホントに無茶言いますね、あの人は……)
彼女がカズトから頼まれたもう一つのお願い。
それが混乱した住民を鎮めて欲しいというものだった。
竜が仲間になり、『安全地帯』の中に入れるようになれば、またその姿を見て住民たちはパニックを起こす。
それを事前に何とかしてほしいというほぼ無茶ぶりに近いお願いだった。
(あの人、絶対ドSよ。私が人前でこのスキルを使いたくない事を分かっているでしょうに……)
でもやるしかない。
やらないと、今度はどんな酷い目に遭わされるか分からない。
もしかしたらあの腹を引き裂かれるような痛み以上の苦痛も――なんて考えるだけで寒気がする。
あいにくと自分には痛めつけられて喜ぶような特殊性癖は無い。逆は大好きだけど、それはそれなのである。
十香は手に持った拡声器の電源を入れる。そして大きく息を吸い込み、
『みなさーーーーんっ! 落ち着いて下さーーーーーーーいっっ!!』
市役所前に群がる住民たち全員に聞こえるように大声を上げた。
「な、なんだ?」「この声……もしかして十香ちゃんか?」「あの藤田さんのお子さん?」「え、そうなのか?」「そうよ、藤田さんがそう言ってたものっ」「あの人結婚してたのか? 絶対独身だと思ってたのに!」「ハァ…ハァ…踏んでもらいたいんだな」「おい、お前らそんな事言ってる場合じゃないだろ」「そうよ、今はそれどころじゃ――」
『大丈夫です、皆さん、落ち着いて下さい。どうか、私達の声に耳を傾けて下さい』
「おい、だから今はそれどころじゃ――」
「ま、まぁ待てよ……少しくらいなら聞いても良いんじゃねぇか?」
「そ、そうよね。十香ちゃんの言葉だし……」
「いや、でも……まあ、少しくらいならいい……のか?」
「ハァ……ハァ……あの綺麗な口で罵って貰いたいんだな……」
「お前ちょっと黙れ」
すると、今までパニックに陥っていた住民たちが嘘のように静まり返り、彼女の言葉に耳を傾け始めた。
その様子に、それまで玄関で必死に説得に当たっていた清水や二条も驚いている。
『慌てる必要はありません。怯える必要もありません。私達は今まで何度もこのような危機に直面しても乗り越えてきたではないですか? 何故今回は無理だと諦めるのですか? 私達には市長や自衛隊の皆様もついてます。どうかその力を信じて下さい』
「「「「「「…………」」」」」」
いつの間にか誰もが彼女の言葉に聞き入っていた。
その『声』はまるで脳を直接揺さぶるかのような不思議な力を持っていた。
否、事実その通りなのだ。
スキル『魅了』。
本来はターゲットを絞って、自分の意に沿うように魅了するスキルだが、実はその対象を不特定多数に向ける事も出来るのだ。
その場合、魅了の精度は格段に落ちるが、発する言葉には多少なりとも『 力(カリスマ) 』が宿る。いうなれば『扇動』が可能なのだ。無論、レベルの高い者やカズトや西野のような耐性スキルを持つ者にはまったく効果がないが、それでも今この場では十分すぎる程に効果があった。
事実、彼女の言葉によって、住民たちは徐々に落ち着きを取り戻してゆくではないか。……若干数名ほど恍惚とした表情で彼女を見つめている者も居る気がするが、気のせいだろう。
(くそっ、このスキルの事は最後まで隠し通すつもりだったのに……これじゃあ清水さんや勘のいい連中は絶対に気付くわ……)
洗脳系のスキルを持つ自分が、この状況下でどれだけ危険視されるか彼女は嫌という程理解していた。だがカズトに従わざるを得ない以上、もはやスキルを隠し通すことなど出来ない。
(あの男ぉ……絶対責任とってもらうんだからっ……!)
屈辱だ。支配するはずの自分がこんな風に誰かに従うなんて。
十香は心の中で、自分の計画が音を立てて崩れ去ってゆくのを感じた。そして同時に、自分の中に新たに芽生えた感情に彼女はまだ気付いていなかった。
そして、その日の夜――
西野は『安全地帯』の中に在る公園のベンチに一人で座っていた。
ぼぅっと夜空を眺めながら、手に持った缶コーヒーを飲む。
「ハァ……」
何度目かになるか分からない溜息。
竜を仲間にし、五十嵐十香という脅威も無くなり、状況だけ見れば非常に順調だ。
なのに彼の表情は暗い。
理由は分かっている。
分かってはいるが、感情がそれを認めようとしていないだけだ。
「凄いよなー、カズトさんは……。ホントに凄いよ」
自分には出来ない事を簡単にやってのける。
いや、それは違うな。
簡単なわけない。何時だって彼は命懸けで、ギリギリで乗り越えて結果を出してきた。
その姿は、近くで見ていた自分にも鮮烈で強烈で、壮烈であった。仲間で居る事が誇らしいと思える程に。
「でも……」
それでも、こう思ってしまうのだ。
――なんでそれが自分じゃないんだろう、と。
分かっている。
自分には力が無いからだ。
西野には、彼のような強力なスキルやステータスはない。
それに頭を使い、仲間を動かすことが西野の強みなのだから、役割が違うと言ってしまえばそれまでだ。
でも、それでも彼だって『男』なのだ。
好きな女の子の前ではカッコつけたいし、良い姿を見せたい。
「はぁ……」
今日だって、彼に無邪気に抱き着いてる六花を見たら、どうしようもない程に胸が切なくなった。
なんであの人なんだ。なんで自分じゃないんだ。
何度もそんな風に考えてしまう。
六花が笑えるようになった――それだけで良いじゃないか。
親友(イチノセ) と再会して、以前とは見違えるほどに明るくなった――それだけで十分じゃないか。
そう思っていた、筈なのに――。
「……何で俺、カズトさんに嫉妬してるんだよ」
本当に、嫌だ。
そんな風に考えてしまう『自分』が、どうしようもない程に嫌だった。
こんな黒くてドロドロした感情を自分が抱くなんて。
ずっと目を背けていた、ずっと気付かない振りをしていた自分の感情に、西野は向き合う事が出来なかった。
いや、そもそも自分には六花を好きになる資格すらないというのに。
彼女をあんな目に遭わせて、その上親友が居た事にすら気付かなかったのに。
どの口で、そんな言葉を吐くと言うのか。
「醜いな、俺は……」
だから一人になりたくて、こんな夜更けに一人で公園にやってきた。
こんな姿、誰にも見せたくなかったから。
でも、
「――おや、どうしたんだい、こんな夜更けに」
「え?」
声がした。
顔を上げ、声のした方を見れば、そこには一人の男性が立っていた。
人懐っこい笑みを浮かべるのは、いかにもオッサンという言葉が似合うだろう。
そこに居たのは――
「五所川原……さん……」
オッサン、五所川原八郎がそこに立って自分に手を振っていた。