軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

戦場

「いいよ、やろう」

アルマークのまるで気負いのないその言葉に、ライヌルはやや不満そうに眉をひそめる。

「大丈夫かい、アルマーク君」

闇の魔術師はそう言って、自分のまとう灰色のローブをわざとらしくばさりとはためかせた。

「全然元気がないじゃないか。そんなことで君の大事な大事なウェンディお嬢様の魂を取り返せるのかな」

答えの代わりにアルマークはマルスの杖をゆっくりとかざす。

「ああ、そうか」

ライヌルはそれを見て口元を皮肉気に歪めた。

「まあ確かに、君の手には伝説の魔法具とまで言われるそのマルスの杖がある。かたや私は君の先生に大事な杖を壊されて丸腰だ。意外にこれは実力伯仲の勝負になるかもしれないぞ」

気を引き締めないとな、と言ってライヌルはこれ見よがしに肩を回す。

アルマークには、ライヌルが決して本気で実力伯仲の勝負になるなどと思ってはいないことは分かっていた。

こと魔法の勝負に関しては、こんな昨日今日魔術に触れたばかりの子供に負けることはない。ライヌルは間違いなくそう思っている。

そしてそれは正しい。

僕は絶対にこの人には勝てない。

ただし、これが魔術の試験であったならばの話だが。

アルマークは思い出していた。

武術大会の最終試合。モーゲンが全霊を込めて突き出した剣がコルエンの胴を捉えたときのことを。

モーゲンとコルエンが百回戦えば、そのうち九十九回は、圧倒的にコルエンが勝つ。

でも、最初の一回だけは分からない。

お互いの手のうちも実力も分からない最初の一回だけは。

そしてモーゲンはその一回の勝利を自分の力で手繰り寄せた。

アルマークの誇る南の友人の、番狂わせの勝利が証明していた。

勝負とは、そういうものなのだと。

誰に教わったわけでもないが、アルマークは肌感覚でそのことを知っていた。

それは、戦場で生れ落ち、戦場で育ってきた人間にしか備わっていない感覚なのかもしれなかった。

ライヌルは、僕を舐めている。

僕を未熟な魔術師だと思って、侮っている。

そしてそれこそが、アルマークの勝機だった。

この闇の魔術師が本気になって、余裕の仮面をかなぐり捨ててなりふり構わずに持てる力の全てを注ぎ込んで僕を殺そうとする前に。

口元にあの嫌らしい余裕の笑みを浮かべている間に。

その笑みを消す暇さえ与えずに。

僕が、勝つ。

万全な状態の相手を打ち負かしてこそ、真の勝利だ。そんなまるで騎士のような精神性は、アルマークにはない。

勝てるときに、勝つ。それが勝負の鉄則だ。

アルマークは、そういう戦いに長けた北の傭兵の息子として生まれた。

アルマーク、闘志は内に秘めておけ。

その方が、熱が逃げねえからな。

また、父のあの言葉を思い出す。

父さんの言う通りだ。

父さんの言葉が間違っていたことは、一度だってなかった。

アルマークは自分の身体の中に強く猛々しい力が渦巻いているのを感じていた。

その力は、魔力ではない。

だからライヌルには分からないだろう。僕の中に今、どれだけの力がみなぎっているのか。

戦意。闘志。胆力。気力。それとも、殺意。

果たして何と呼べばいいのか。

身体にみなぎるこの力の呼び名を、アルマークは知らない。

けれどそれはまだ魔術を学び始める前、北にいた頃からずっとアルマークとともにあった力だ。

厳しい環境を生き残るための力。

父から受け継いだ、北の戦士の力。

君の怒りがぶつけられる時は、必ず来る。仲間を信じろ。

それはライヌルの出現とウェンディの危機に我を忘れかけたアルマークに、アインがかけてくれた言葉だった。

やっぱり君は賢いな、アイン。

アルマークは心の中で一組の聡明なクラス委員に語り掛ける。

君達を信じてよかった。

本当に来たよ。

今が、その時なんだろ。

表情には極力出さず。

身体の動きは最小限に。

アルマークがマルスの杖をゆっくりとライヌルに向ける。

「ふむ」

ライヌルは笑った。杖を向けられても、余裕たっぷりの態度は変わらなかった。

「始めるんだね、アルマーク君。さて、最初は何から来るのかな。気弾の術か、風の術か。それとも新しく覚えた魔法があるのかい」

ライヌルの挑発するようなお喋りに、アルマークはほとんど耳を傾けなかった。

身体が熱を持っているのが分かる。

心は逆に、冷たく冷えていく。

そう。これは、戦場の感覚。

僕は今、戦場にいる。

言い訳も泣き言も決して許されない、あの戦場に。

自分の判断だけを頼りに命を懸けるしかない、北の戦場に。

「足元の草をもう少し刈り取らずに残しておいてあげればよかったね」

ライヌルは申し訳無さそうに言った。

「そうすれば、君たち初等部の生徒が得意なツタくくりの術も使いやすかったのにね。私はその辺がちょっと抜けているんだ。しっかりとホスト役を務めようと思っていても、細かいところにばかり目を向けて肝心なところに大きな抜けがあったりしてね」

喋りながら、ライヌルはアルマークの身体の中の魔力を抜け目なく感じ取っていた。

ただでさえ大きな魔力を持つ少年だ。その魔力が、まだじっくりと練られてはいないものの、魔術祭で会ったときよりもすでにはるかに洗練されているのが分かる。

ふむ。これは油断ならないぞ。

ライヌルは思った。

この魔力をしっかりと練って純度を高めた後で、それをマルスの杖を通して顕現させてくるのだ。

その魔法は初等部の水準をはるかに超えた威力を持つだろう。

たかが子供の魔法、と侮るわけにはいかなかった。

さて、どれほどの魔力を練るようになったのか。

イルミスの教えは、この少年をどれだけ成長させたのか。

まずは、教師イルミスのお手並み拝見というところだな。

ライヌルは慎重にアルマークの魔力の動静を見定めた。

決してアルマークを舐めていたわけではない。

だが、北の傭兵に言わせれば、それこそ舐めている証拠だということなのかもしれない。

実力を見定めるなどと悠長なことを、と。

かたや、アルマークはとっくに命を懸ける覚悟を済ませていたのだから。

だから魔力を練る素振りすら一切見せずにアルマークが矢のように突っ込んできたとき、ライヌルは完全に不意を突かれた。