軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

台座

「さあアルマーク君、こっちだよ。来たまえ」

ライヌルがそう言いながら、アルマークとウェンディを先導して歩き出す。

アルマークはウェンディの手を握り、ライヌルの後に続いた。

ウェンディはアルマークに手を引かれるまま、素直に歩く。

「どうかね、よく整備してあるだろう。魔法具で作られた庭園とは思えないくらいに」

周囲を手で示しながらライヌルが言うが、アルマークは何も答えない。

無言で歩く彼をちらりと振り返り、ライヌルは低く笑った。

「敵とは喋りたくないかね」

挑発するような口ぶりだった。

「喋ってしまうと、私の術に陥るかもしれない。それを警戒しているのかね」

ライヌルはぺろりと舌を出して唇を舐める。

「この間会ったときは、それで危うい目に遭ったからね。今回はその轍は踏まないぞ、と」

ライヌルは、魔術祭の初日にアルマークの心をすんでのところまで追いつめた時のことにわざと触れた。

だがアルマークの表情に変化はなかった。

ライヌルは舌で転がしていた闇を、小さな舌打ちとともに消した。

ふん、多少は成長しているのかな。

やがて、大きな泉の脇でライヌルは足を止める。

そこに置かれた黒い石の台座の上に、さきほどの映像でライヌルの見せた小壜が置かれていた。

「ほら、これだ」

ライヌルはそう言って、奇妙な紋様の描かれた小壜を手に取り、アルマークを振り返る。

「見えるかい、アルマーク君」

ライヌルは挑発するように小壜を揺らす。中は空っぽのように見えたが、揺らされるたびに微かな空気の波のようなものが立った。

「この中にウェンディお嬢様の魂が封じられている。君の助けを待っている」

「ああ」

アルマークは頷く。

「見えるよ」

「いやに冷静だね」

ライヌルはアルマークに向けた目を細めた。

「何か企んでいるのかな」

「別に」

アルマークは肩をすくめる。

「話を進めろ」

ライヌルはそれに答えず、アルマークの顔を見定めるような目で見ていたが、やがてにやりと笑った。

「正々堂々。いい言葉だ。私の好きな言葉だ」

ライヌルは明るい声で言った。

「アルマーク君、今日の君は正々堂々、まるで騎士だね。そういえば君は北の騎士の息子だったかな?」

そう言ってにやりと笑う。だがアルマークの返答はライヌルの予想していたものとは違った。

「ライヌル。あなたの目はさっきからちらちらとこればかり見ている」

アルマークは自分の背負うマルスの杖を顎でしゃくってみせる。

「これが欲しくてたまらないんだろう。それならさっさとその話をしようと言ってるんだ」

「おかしいな、そちらを見ないように努力したつもりだったのに」

ライヌルはおどけた仕草で手を振る。

「でもまあ、そうなんだよ。実は、私の愛用していたクロマホロバの百年枝で作った杖がさっきイルミスに壊されてしまったのでね。ひどい話だろう。それで新しい杖が要るのさ」

そう言って、笑顔で両手をアルマークに差し出す。

「だからその杖を私にくれないか」

ライヌルがマルスの杖を欲する理由がそんなくだらないことではないということは、アルマークにも分かっていた。

だがアルマークはマルスの杖を背中から下ろし、手に取った。

「この杖を渡せば、ウェンディの魂を返してくれるんだな」

「そうだよ」

ライヌルは頷く。

「約束は守る」

「さっきあなたは、用があるのはマルスの杖とウェンディの身体だけだと言った」

アルマークは言った。

「ウェンディの魂だけを僕に返して、その身体を持ち去るつもりなのか」

「うん、まあ」

ライヌルははぐらかすように頭を掻く。

「お嬢様の身体が“門”であることは誰にも変えようがないからね。私が必要なのは、別にウェンディお嬢様じゃない。ほしいのは“門”と“鍵”なんだよ」

「“門”と“鍵”で何をするつもりなんだ」

「その話は長くなるよ」

ライヌルは苦笑した。

「夜までかかるけど、聞いてくれるのかな」

「身体を持ち去られたら、魂だけを戻されてもウェンディは助からない」

アルマークはライヌルの言葉にまるで構うことなく言った。

「ウェンディを助けることもできないのに、杖を渡せるはずがない」

「別の身体を作ってもらえばいいんじゃないかな」

まるで他人事のように、ライヌルは答える。

「ヨーログ学院長にでも、お嬢様の魂を入れるのにちょうどいい泥人形か何かをさ」

その物言いにアルマークの表情が険しくなるが、それも一瞬のことだった。

すぐにアルマークは冷静な顔で頷いた。

「あなたの考えは分かった。それなら、交換だ」

アルマークはマルスの杖をライヌルに向けて差し出す。

「やるよ」

アルマークは言った。

「代わりにその小壜を、さあ」

あまりにあっさりとアルマークが杖を差し出したので、ライヌルはかえって怪しんだ顔をする。

「何を企んでいるんだ、アルマーク君」

笑顔でそう囁く。

「私を騙そうとしても、そうはいかないぞ」

「僕よりもはるかに優れた魔術師なんだろ、あなたは」

アルマークはぶっきらぼうに言った。

「何を恐れてるんだ」

ライヌルはマルスの杖の先端を見つめた後で、そっと手を伸ばした。

「だめだ」

アルマークは素早くマルスの杖を引く。

「ウェンディの魂の小壜と交換だ」

「ああ、分かっているよ」

虚しく空を掴んだ手を引っ込めて、ライヌルは笑った。

「ほら、これだ」

そう言って右手で小壜を差し出しながら、再び左手をマルスの杖に伸ばす。

「同時に掴もうじゃないか」

アルマークの目が距離を測っていることに気付いたライヌルは、機先を制するように言った。

「いいかい、私が合図をするよ。それと同時に掴むんだ」

そこまで言ったところでライヌルは、不意に身体を捻った。腕を伸ばし、自分が先にマルスの杖を掴む。

アルマークは今度は杖を引かなかった。

ライヌルが杖を掴んだ瞬間、強烈な電流のようなものがその手を焼いた。

「ぐっ?」

それと同時に、アルマークが野性の狼のように躍りかかってきた。

しかしアルマークの指が小壜に触れるか触れないかのところで、ライヌルは空間を転移して難を逃れた。

「……やるね」

マルスの杖を持ったまま自分を見据えているアルマークに、ライヌルは笑顔を向けた。

「君の魔法ではない」

ライヌルは焼けただれた左手をアルマークに見せる。腐肉の焼けたような嫌な臭いが辺りに立ち込めていた。

「マルスの杖の防御機構が働いたんだ。つまり、所有者たる君が、私にその杖を渡すつもりなんてなかったということだ」

「当たり前だろ」

アルマークは平然と言い放つ。

「あなたこそ、その小壜を僕に渡すつもりはなかったじゃないか」

「ああ、純朴なアルマーク少年はどこへ行ってしまったのか」

ライヌルは冗談めかして言うと、左手を振った。

「まあ、お互い様ということだね」

そう言いながら、右手を左手にかざす。

右手の中指に嵌められた金の指輪がきらりと光り、左手はたちまち元通り治癒した。

「お互いに歩み寄るつもりがないのなら、こうしていても埒が明かない」

そう言うと、ライヌルは再び姿を消した。

次の瞬間、先ほどの石の台座の前に現れる。

「それならばゲームをしようじゃないか、アルマーク君」

ライヌルは陰気な笑みを浮かべた。

「勝った方がウェンディお嬢様の身体も魂もその杖も、全て総取りだ。どうだい」

「断る」

アルマークは即座に言った。

「ゲームというのは、少なくとも互いにルールは守るっていう信頼関係があって成り立つものだろう。ぼくとあなたの間に、それがあるか?」

「私は君を信頼しているがね」

ライヌルは両腕を広げてそう言ったが、答えないアルマークを見て苦笑した。

「いいだろう、分かったよ」

ライヌルは懐から小壜を出すと、これ見よがしに黒い台座の上に置いた。

「小壜はここに置く」

ライヌルは言った。

「私はここから動かない」

そう言って台座の前、五歩のところに立つ。

「さあ、取りたまえ」

アルマークは変わらず不信の目をライヌルに向けていたが、ライヌルは首を傾げて肩をすくめたまま動かない。

庭園に夕闇が迫っていた。

夜はおそらく、ライヌルの時間だ。

決断は早い方がいい。

アルマークはマルスの杖をかざした。

浮遊の術。

だが、魔法の力で持ち上げようとした小壜は、びくともしなかった。

「ああ、言い忘れていた」

ライヌルは杖をかざすアルマークをからかうような目で見た。

「あの台座は、魔法を打ち消す力を持っている。私たちの戦いに巻き込まれて大事な小壜が割れてしまったりしたら大変だからね」

先に言っておけばよかったね、などとわざとらしくライヌルは付け加えたが、アルマークはもう気にしていなかった。

その頭脳が目まぐるしく回り始めていた。

つまり、あの壜がほしければ直接手にするしかないということだ。

「壜を開ければ、それでウェンディの魂は身体に戻るんだろ?」

「何だい、もう手に入れたつもりかい」

ライヌルは声を上げて笑った。乾いた空々しい笑いだった。

「そうだよ。魂は、自分の身体を知っている。魂と身体には目には見えない強い結びつきがあるからね。魂と身体を結び付けているのは、魔力ではない。何と呼べばいいのか分からない未知の力だ。だがその力があるおかげで、おとぎ話みたいに誰かの魂をほかの人の身体に入れてしまう、なんてことは簡単にはできないのさ」

かつて学院で肉体と魂の分離の研究をしていたライヌルは、饒舌に語る。

「だから瓶の蓋を開ければ、いやもっと言えば、壜を乱暴に叩き割ってしまったとしても、ウェンディお嬢様の魂はその身体を探し当てて元に戻る」

嘘をついている可能性はあった。だが、アルマークの目には、今のライヌルは自分の知識を披露したがっているように見えた。

「分かった」

頷いたアルマークに、ライヌルは余裕たっぷりに問いかける。

「ほかに心配なことはあるかね、アルマーク君。この際だ、心配は一つでも少ない方がいいだろう」

人を食った言い草だったが、アルマークにはちょうど良かった。気がかりなことが一つあった。

「イルミス先生はどこにいるんだ」

「何だ、そんなことか」

ライヌルは笑顔を引っ込めて、背後の庭園の奥に顎をしゃくった。

「この奥で倒れているよ。後で行ってみるといい、亡骸くらいは返してあげよう」

「そうか」

アルマークはマルスの杖を軽く振った。

ライヌルの背後、台座の上の小壜までの距離をもう一度確かめる。

「いいよ、やろう」

アルマークは言った。