軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

声狩り

アルマークは声を潜めてモーゲンに囁く。

「モーゲン、あの三人の会話が聞けないかな」

「え?」

モーゲンがそちらを見ようとするので、手振りで止める。

「見なくていい。あそこの三人のテーブル。あそこであいつらが何を話してるのか知りたいんだ」

「どうして、また」

「さっき、バーハーブって言ったのが聞こえたんだ」

「バーハーブ……ウェンディの家のこと?」

モーゲンが声も潜めずに言うので、アルマークは三人に聞こえやしないかとひやひやする。

「モーゲン! 声が大きいって」

「えー? だってウェンディの家はガライの大貴族だもの。そりゃ噂をする人だっているでしょ」

モーゲンは相変わらず大きな声でウェンディの名前を出す。アルマークは内心舌打ちした。

「モーゲン! 聞いてくれ」

アルマークはモーゲンに顔を近付ける。

「彼ら三人は北の人間だ。僕には分かる。僕も北の人間だから。そして彼らは傭兵だ」

「ようへい」

モーゲンが復唱する。

「ってなんだっけ」

「傭兵ってのは……」

アルマークは、一瞬何と説明しようか悩む。

「戦争のプロだよ。国や貴族に雇われて敵と戦う」

「あー、そうか。聞いたことあるよ」

モーゲンは頷く。

「でも、そんな人たちがガルエントルに来たって仕方ないのにね。戦争なんて北でしかやってないんだから」

「……大きな戦争だけじゃないんだ。小さな戦いも請け負う。魔物退治とか、村の防衛とか、旅の護衛とか、……暗殺とか」

「暗殺?」

「ウェンディの手紙を思い出してくれ、モーゲン。ウェンディのお父さんの政敵が雇った連中が屋敷の周りをうろうろしているって書いてあっただろ」

「書いてあった!」

モーゲンが大きな声をあげ、何人かの客がちらりと彼の方を見る。賑やかな店内でも子供の声はよく通るのだ。

「だからモーゲン、声が大きいって!」

「ご、ごめんごめん。それで?」

「僕はあいつらがその犯人の可能性もあると思うんだ」

「そんなまさか……偶然が過ぎるよ」

「もちろん違う可能性のほうが高い。でもなんだか嫌な予感がするんだ。ただの僕の勘だけど、気になるんだ。だからそれを確かめるために、あいつらが今何を話しているのかを知りたい」

アルマークはまっすぐにモーゲンの顔を見る。

「モーゲンなら、できるだろ?」

「こ、声狩りの術かぁ……風の系統は苦手なんだよなぁ……」

モーゲンはもじもじして目を逸らす。

「友達の……ウェンディの安全が懸かっているのかもしれないんだ。頼むよ、モーゲン」

「そ、そうだね。ウェンディのためだ」

モーゲンは頷いた。

「あんまり長居はできない。あいつらや店の人に怪しまれる前にやってしまいたい」

「わかった」

モーゲンは、ふう、と深呼吸を一つ。

目を閉じて精神を集中する。

アルマークは平静を装いつつ、周囲の様子を伺う。

しばらくすると、二人のテーブルの上に見えない小さな声の塊が生まれた。

モーゲンの声狩りの術が効果を顕したのだ。

最初はごちゃごちゃにもつれていた声が、ゆっくりとほぐれて、アルマークの耳に言葉として届く。

『その時俺は言ってやったのよ』

『俺に食べれない肉はねぇってな』

『だから俺がそう言ってたじゃねえか』

『がはははは』

「……モーゲン、違う違う。このテーブルじゃない」

アルマークは小さく首を振る。

「えぇ?」

「その右隣だよ」

「調整が難しいなぁ」

モーゲンが再び目を閉じる。

「右隣ね……」

口の中で呟き、集中を高めていく。

しばらくすると、再びテーブルの上に見えない声の塊が生まれた。

『……で、……らしいぜ』

『でも…………だろ?』

「モーゲン、正解だ」

声はおそらく、あそこの三人のものだろう。低く抑えた男たちの声だ。

しかし、以前、学院の庭園でノリシュの風便りの術を聞いたときのような聞きづらさ。

意味のある言葉が聞き取れない。

「ごめんモーゲン、ちょっと精度が……」

「向こうの声が小さいんだ……今の僕にはこれが限度だよ。アルマークが耳を澄ませて」

「わかった」

アルマークはほぐれていく声の塊に耳を澄ます。周りの喧騒が邪魔で仕方がない。

『……の依頼はいつも……』

『仕方ねぇ……が、……だろう』

『……まえは……ンディ……』

「今、ウェンディって言ったか……?」

アルマークはさらに耳を澄ます。

『もう……が……に……』

『……ミレトスで……』

「!!」

バーハーブ。(ウェ)ンディ。ミレトス。これは、間違いないか?

「頑張れ、モーゲン。もう少し……」

「少しコツが掴めてきた……」

そうは言うものの、モーゲンの額には汗が浮かんでいる。

『……向こうの連中が……』

『……あと……すぐに……』

『こっちは待つだけだ。……あと三日もすれば……』

『向こうの動き次第だ。こっちはいつも通りの動きをしてりゃいい』

急に声の精度が高まる。

いいぞ、モーゲン! アルマークは心の中で応援する。

しかしモーゲンの顔はかなり苦しそうだ。

『あいつらの目は俺たちに向けさせておけ』

『多少時間はかかるが、いずれにしても……』

「お下げしまーす」

突然、二人の目の前に店員の手が伸びて、食事の皿が下げられた。

モーゲンが驚いて目を開ける。

集中が途切れて、テーブルの上に集まっていた声がぱっと弾ける。

その最後の断片が、弾ける直前に二人の耳に届いた。

『そのウェンディって娘を向こうの連中が殺しちまえば、それでこの仕事も終わりだ』