軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

白馬車

王の道の白馬車。

南の大国、ガライ王国の名を聞いて、多くの人が思い浮かべる言葉だ。

北の傭兵の息子であるアルマークですら、その言葉を耳にしたことがあった。無論、遥か遠く、自分とは全く無縁の世界の話としてだが。

ガライ王国全土を縦横に走る「王の道」。

先々代の王の時代に国家事業として整備が始まり、現在の王の治世にようやく全ての行程が完成した大街道である。

乗り合い馬車であれば四台が並走できる道幅。

途中途中に中継の衛兵所が設けられ、街道の整備と治安維持を担っている。

毎日多くの旅人が行き交うそのガライ王国の大動脈に、専用の車線を設けて走っているのが、「白馬車」である。

専用の白い車体の馬車を牽くのは、これも白い馬。だが、生身の馬ではない。

ガライ王国の高度な魔法技術で生み出された、疲れを知らない金属製の魔法の馬。

その速度は、普通の乗り合い馬車の二倍以上。ガライ王国の旅の概念を変えた最新鋭の交通機関だ。

その分、運賃は普通の乗り合い馬車の10倍以上。実質、ほぼ富裕層のための乗り物になってしまっている。

アルマークたちが着いた待合所で白馬車を待っている客たちも、身なりを見ればみな富裕層であることが分かる。

「うわ、僕たちすごく場違いだよ」

モーゲンがアルマークに囁くが、アルマークは気にしない。

北を出てメノーバー海峡を渡ってからこっち、アルマークはずっと場違いな旅を続けてきていたからだ。

「ミレトスへ行く便の時間を聞いてみよう」

ぴしっとした純白の制服を着た係員の女性に、ミレトスへ行く便の時間を聞いてみると、既に今日は出た後だという。

「ミレトスへ行くなら、そのさらに北のリノベスへ行く便に乗ってください。切符を買ってから、明日の朝またお越し下さい」

子供のアルマークにも丁寧にそう教えてくれた係員に礼を言い、二人分の切符を買い求めたあと、二人は待合所を出た。

「明日かー。仕方ない、今日も野宿だね、アルマーク」

モーゲンがそう言ってアルマークを見る。

「いや、今日は宿を取ろう。野宿は危険だ」

「えー?」

昨日はもっと寂しい街で野宿したのに、とモーゲンは不満そうだ。

「こんなに人がいるんだよ」

「だからだよ」

アルマークは事も無げに言う。

「人が多いところこそ野宿は危ないんだ」

事実、アルマークはこの街で野宿をして危険な目にあった経験があった。

このガルエントルでは、まともな住人にはみな住む家があり、まともな旅人はみな宿に泊まる。

野宿をするような人間は、ごろつきか乞食の類だけだ。

そしてこの街には乞食にもごろつきにも縄張りがある。

よそ者が勝手な場所で野宿をするということは、彼らの縄張りを荒らすということを意味している。

「夜、路地裏で寝ていたら、ナイフを持ったごろつき数人に脅されたよ。すぐにここを離れろって」

アルマークは言った。

そして移動した先でも数人の乞食に同じように脅された。

抵抗しようと思えばできたが、この文明都市で剣を抜き相手を傷つけるということは、犯罪者になるということを意味する。

脅してくる連中も本気でアルマークを傷つけようとしているようにも見えなかったので、アルマークはおとなしく移動した。

しかし、結局そんなことが一晩中繰り返され、その夜は一睡も出来なかった。

「そんな経験がしたいなら、止めはしないけど」

アルマークの言葉に、モーゲンはぶるぶると首を振る。

「宿に泊まろう。ちゃんとした宿に」

二人はアルマークの記憶を頼りに、白馬車の待合所からそう遠くない場所の、子供の二人旅でも詮索をしない、手頃な値段の宿を選んだ。

夕食は宿に併設の酒場でとるように言われたので、二人はなるべく酔っぱらいの少なそうなまだ日の沈みきらない時間に酒場へ行く。

しかし、すぐにそれは無駄な努力だったと分かった。

酒場は既にたくさんの酔客でごった返していた。

隅のテーブルに座った二人の子供に、あからさまに好奇の視線を向けてくる客もいたが、幸い直接絡んでくる客はいなかった。これがもう少し遅い時間なら、どうだったか分からない。

「さ、食べるものを食べて帰ろう」

「うん、そうだね」

さすがに食いしん坊のモーゲンも、長居はしたくないと思ったようで、すぐに同意してくる。

二人で、簡単な副菜の付いた出来合いの夕食を食べていると、入り口のドアが開き、三人の男が入ってきた。

アルマークたちから少し離れたテーブルに、どかり、と腰を下ろす。三人ともがっしりとした体躯の持ち主だ。

注文を聞きに来た店員に一人が何か頼み、あとの二人は黙りこくっている。

店員が離れていくと、低い声で何か話し合い始めた。

三人を見たアルマークの目がすっと細くなる。

……傭兵だ。

今も傭兵かどうかは分からない。

しかし、アルマークのよく知っている匂い。

北で傭兵として戦っていたことのある男たちだ。

南で彼らのような男たちを目にする違和感と、不思議な懐かしさ。

アルマークは食事をしながら、見るとはなしに、彼らを見ていた。

三人とも、料理や酒が運ばれてきても、にこりともしない。黙々と食べ、時々、ぼそぼそと低い声で何か喋っている。

まだ彼らは傭兵だな。アルマークは思った。別の仕事についている訳ではなさそうだ。身にまとっている雰囲気が傭兵のままだ。

その時、別のグループの賑やかに騒いでいた客の一人が、肘を引っかけて自分のジョッキを床に落としてしまった。

ガラスの割れる音が響き渡り、店内は一瞬静まり返る。しかし、それが喧嘩の始まりではなく、ただ単に客がジョッキを落としただけだと分かると、店はすぐに元の喧騒を取り戻した。

傭兵風の男たちは、ジョッキの割れる音も意に介さず、低い声で喋り続けている。

店員がジョッキを片付けに駆け付け、割った客がすまなそうに謝る様子を見ながら、モーゲンは、

「あー、これだから酔っ払いって……アルマーク、早く食べ終えて部屋に戻ろう」

とアルマークに声をかけたが、彼の表情に気付き、ぎょっとした。

「ど、どうしたのアルマーク。すごく怖い顔してるよ」

モーゲンに指摘され、アルマークはすぐに笑顔を浮かべたが、その表情はぎこちないままだ。

不吉な予感がアルマークの胸に夏の雨雲のように広がっていた。

店内が静まり返ったさっきの一瞬。

アルマークの鋭敏な耳が、傭兵風の男が喋っていた言葉の断片を聞き取っていた。

「バーハーブ」

男はそう言っていた。