軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

横着

地面に倒れたままで、奇妙な葉っぱの集合体のような魔物は、その身体をがさがさと揺らした。

「偉そうに、くそ。教えないだと?」

低いくぐもった声で、魔物は言った。

「生意気なガキめ。少し魔法が使えるからって」

「そう、その声で喋るなら僕には何の文句もないよ」

モーゲンは頷く。

「どんなくだらないことを言おうと、君の好きにすればいい」

「ああ、不愉快だ」

魔物は呟いた。

「たかが、人間の子供のくせに」

「行ってもよさそうだね」

モーゲンはそう言うと、踵を返した。

「じゃあ、さよなら」

そのまま二三歩、歩き出す。だが次の瞬間、モーゲンの背後で、がさり、と大きな音がした。

「舐めるなよ」

振り向いたモーゲンの目の前に、葉っぱの魔物が立ちはだかっていた。

「このまま行かせるわけがないだろうが」

「身体が」

モーゲンは目を見開く。

「大きくなってる」

「ふん」

魔物は笑った。

モーゲンの光の矢で打ち崩された箇所に新たな葉っぱを取り入れて再構築し、魔物の身体は先ほどよりも大きさを増していた。

「お前なんかの魔法で、簡単にやられるものか」

魔物の言葉に、モーゲンは杖を突き出して鋭い声で警告する。

「さっき言っただろ。これ以上来るならもう容赦しないよ」

「これを見てもまだそんな生意気なことが言えるかな」

魔物の手から先ほどよりも遥かに巨大な炎がほとばしった。

「ほら、喰らってみろ」

炎がモーゲン目がけて放たれる。

だが、モーゲンは慌てず杖に魔力を込めた。

「イルミス先生が言っていたよ」

杖から放たれた強烈な風が、巨大な炎を瞬く間に飛び散らせる。

「なに」

風の術。

それは、今のモーゲンが最も信頼する魔法だった。

「魔法の核を掴めば、いたずらに大きく見せる必要はないってね」

飛び散った炎の一部が身体に燃え移りそうになって、葉っぱの魔物は慌ててその部分の葉っぱを自分の身体から切り離す。

「君の炎はこけおどしだ」

モーゲンは言った。

「そんな魔法じゃノルク魔法学院の生徒には勝てないよ」

「く、くそ」

魔物が右手に風の力を凝縮させる。

モーゲンの目が厳しさを増した。

「これ以上やる気なら」

その杖が光る。

魔物の右腕が、光の矢の一撃で吹き飛んだ。風の力は実を結ぶことなく四散する。

「げえっ」

魔物はよろめいた。

モーゲンは一歩前に出る。

「君は中途半端じゃだめみたいだね。それなら僕も最後までやるよ」

「ま、待て」

魔物がよろけて後ずさる。

「やめろ」

「やめるもんか」

モーゲンが杖に再度魔力を込めようとした、その時だった。

魔物がぐにゃりと姿を変えた。

「待ってくれ、モーゲン」

その声にモーゲンは顔を歪める。

魔物は、再びアルマークに姿を変えていた。

モーゲンの目の前で、アルマークは苦しそうな表情で懇願する。

「撃たないでくれ。友達じゃないか」

「まだそんなことを。騙されるわけないだろ」

モーゲンは言った。だが、杖の先が揺れた。

その一瞬の躊躇を魔物は見逃さなかった。

「けえっ」

腕を突き出すアルマークの顔が、醜い笑みで歪む。

アルマークが放った風切りの術がモーゲンの脇腹を切り裂くのと、モーゲンの杖から打ち込まれた気弾の術がアルマークの額を砕くのは、ほとんど同時だった。

「ぐえっ」

弾き飛ばされるように元の葉っぱの集合体に戻った魔物は、それでもモーゲンを見て嘲笑うようにがさがさと揺れた。

「へっ、切ってやったぜ。ざまあみろ」

その言葉を最後に、核を失ったかのようにばらばらの葉っぱになって地面に舞い落ちる。

魔物は滅びた。だが、モーゲンも無傷では済まなかった。

「……ああ、くそ。いてて」

モーゲンは脇腹を押さえてその場に座り込む。

いくら偽物とはいえ、アルマークの姿をした敵に魔法を撃ち込むことにはためらいがあった。そして、その心理をまんまと利用されてしまった。

僕には、まだ戦いの厳しさが分かっていないんだな。

モーゲンは自分の甘さを悔やむ。

脇腹を押さえる手は、真っ赤な血でぐっしょりと濡れていた。

「よし、治癒術だ」

モーゲンは痛みをこらえて深呼吸する。

大丈夫。

血はちょっとたくさん出たけれど、傷はそこまで深くはない。

自分にそう言い聞かせる。

落ち着いて治癒術をかければ、こんな傷、すぐに治るさ。

そうだ。落ち着いて。

セリア先生の授業でやるみたいに、いつも通りにやるだけさ。

押さえていた手を離し、そこから放つ光を傷口に当てる。

温かい光。

徐々に痛みが和らいでくる。

うん。いい感じだぞ。

そう考えたときだった。

がさり。

また近くの茂みが揺れた。

「まさか、またか」

もう勘弁してよ。ウサギとか、そんなのであってくれ。

だが、そこから姿を現したものを見て、モーゲンは絶句した。

巨大キノコと、虫の実をぶら下げた植物。

先ほどモーゲンが撃退した二体の魔物が、また現れたのだ。

しかも、さっき戦ったのと同じものではないことは、全く無傷のその身体を見てすぐに分かった。

新手の魔物。

巨大キノコが身体を揺らしながら、ずるずるとモーゲンに迫ってくる。

その後ろから釣鐘型の実をぶら下げた植物がゆっくりとついてくる。

あまり距離を詰めないのは、キノコの菌糸に自分が捕まるのを警戒しているのかもしれない。

「くそ。こんなところで」

モーゲンは治癒術の光を脇腹に当てたまま、じりじりと後退した。

だが動くたびに脇腹に激痛が走り、とても逃げられるような状態ではない。

ましてや、戦うなんてとても不可能だ。

あと少しだけ時間が稼げれば。

モーゲンは思った。

せめて、治癒術でもう少しだけ傷を治す時間があれば、戦えるのに。

だが、魔物たちは止まってくれない。

モーゲンの願いも空しく、変わらぬ速度で近付いてくる。

ああ、くそ。

絶望しかけたモーゲンの脳裏を、出発の時に目にした光景がよぎった。

意識を失って地面に横たわるウェンディ。その顔をじっと見つめるアルマーク。

そうだ。

二人のためにも、こんなところでやられるわけにはいかないじゃないか。

こんな痛みが、何だ。

二人の苦しさに比べれば。

覚悟を決めたモーゲンは、治癒術を中断すると、杖をしっかりと握り直した。

杖を前方から迫ってくる魔物たちに向けたその時だった。

突然、今度は背後の茂みが揺れた。

挟み撃ち。

「嘘でしょ」

さすがに、そこまでは対応できない。

モーゲンは自分の背後に絶望の目を向ける。

ここにはいったい何匹、魔物がいるんだ。

だが、そこから出てきたのは魔物ではなかった。

茂みから、一人の少年が飛び出してきた。

まとっている長いローブを茂みに引っかけもせず、滑るようにモーゲンの眼前に着地した少年は、野生の狼のような鋭い目をモーゲンに向けた。

「モーゲン」

その視線が和らぐ。

「アルマーク」

モーゲンは安堵の溜息を漏らした。

疑うまでもなかった。

この身のこなし。あの鋭い目つき。

とてもじゃないけど、そこいらの魔物なんかには真似できない。

それは、彼の親友アルマークに間違いなかった。

「怪我をしたのか」

アルマークは厳しい顔でモーゲンに近寄る。

「君ほどの男が」

「僕のことよりも」

モーゲンは迫ってくる魔物たちを指差した。

「ほら、魔物が来てるんだ」

「ああ」

アルマークはそちらを一瞥して頷いた。

次の瞬間には、モーゲンのすぐ横を一陣の風が吹き抜けていた。

もうアルマークはそこにはいない。

驚異的な跳躍力で巨大キノコを飛び越えたアルマークが、虫の実の植物の前に着地する。

魔物が何か反応をする暇もなかった。

その茎を素手でがっしり掴んだアルマークは、ぶら下がっている実ごとそれを巨大キノコに叩きつけた。

「えっ」

あまりのことに、モーゲンが目を丸くする。

まるで棍棒か何かを振るったような一撃。キノコの身体は、岩でもぶつけられたかのようにぐしゃりと潰れた。

キノコに叩きつけられた衝撃で虫の実が割れて、中からどろりと種のような羽虫が湧き出す。だがそこにキノコの菌糸が伸びた。

飛び立とうとした羽虫が、菌糸に次々に捕まっていく。

その菌糸の動きも、実から噴き出すどろどろの粘液のせいで鈍かった。

魔物たちから一歩離れたアルマークが、その横の地面に向けてマルスの杖を突き出した。

どん、という音とともに土が高く舞い上がる。

特大の気弾の術で地面には大きな穴が穿たれていた。

アルマークはそのまま、絡み合うキノコと虫の実の植物に向かって踏み込むと、マルスの杖を思い切り振り抜く。

強烈な打撃音とともに、二体の魔物は吹っ飛んで穴の壁面にぶつかり、もみくちゃになりながら穴の中に落ちていった。それを見届けもせずに、アルマークはさらに杖を一閃して、空中にまだ残っていた羽虫三匹を同時に叩き潰す。

二匹の魔物の始末をつけても、息一つ乱していなかった。アルマークは何事もなかったかのように再びモーゲンに駆け寄る。

「大丈夫かい、モーゲン」

「あ、うん」

モーゲンは頷いてアルマークを見上げる。

「さすがだね」

「え?」

「だって、あんな戦い方」

「ああ」

アルマークは目を伏せた。

「あの程度の魔物が相手だと、いちいち魔法を使うのがまどろっこしくてね」

そう言って、きまり悪そうにモーゲンを見る。

「少し横着をしたよ」

「横着なんかじゃないよ」

モーゲンは心から安心して微笑んだ。

「やっぱり君はそうでなきゃ。それでこそアルマークだよ」