軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ウォリスの右腕から放たれた闇が、まるで黒い獣のように宙を駆けて氷の宮殿を蹂躙していく。

砕けた氷の破片が飛び散り、柱や壁を失った巨大な氷の天井が崩れ落ちてくる。

さながら、この世の終わりのような光景だ。

その中をウォリスは笑みを浮かべながら悠然と歩く。

闇の獣は、一つや二つではなかった。ウォリスの周囲を激しく飛び回るものだけでも四つ、離れて力を振るうものが別でいくつか。そこにさらに新たな一つが加わる。

「さて」

傍若無人な闇の力によって、ウォリス自身の立つ床も大きくひび割れ始めていた。ウォリスは慌てることなく、自分の周囲を飛ぶ闇の獣の一体に命じる。

「行け」

その獣は、凄まじい速さで宙を駆けた。

速度も落とさぬまま、猛然と氷の壁にぶつかる。まるで爆発でも起きたかのようなけたたましい音とともに、氷が砕けた。

壁に開いた巨大な穴から、ウォリスはふわりと身を躍らせた。

そこはもう外だった。

冷たい外気が、ウォリスの金髪を激しく揺らす。

ウォリスは杖を軽く振り、自身の落下速度をコントロールした。

その背後で、轟音を立てながら氷の宮殿が崩壊していくが、ウォリスはそれを振り返ろうともしなかった。

着地したウォリスの身体にじゃれるかのように闇の獣が一回りして、また宮殿へと舞い上がっていく。

「本当に氷だけで作られているんだな」

ウォリスは言った。

「闇どもがつまらなそうだ。喰っても喰っても氷ばかりで張り合いがないと」

その言葉が終わるか終わらないかのうちに、不意に周囲を静寂が包んだ。

先ほどまで響いていた、闇が氷を齧り取る音がぴたりと止んだのだ。

ウォリスが振り返る。

氷の宮殿は、消滅していた。

闇に全てを壊されたからではない。巨大な宮殿を完全に破壊しつくすには、ウォリスの闇といえどももう少し時間が必要だった。

だから、これは作った術者の意思と言ってよかった。

フィラックが魔法を解除して、宮殿を消したのだ。

「ふん」

ウォリスは鼻で笑う。

「人に壊されるくらいなら、自分で壊すか」

「闇」

フィラックの声。

それとともに、ウォリスの前に銀髪の美青年が姿を現した。

「闇の力を行使する者は、その強さに誰もが傲慢となる」

フィラックは苦々しげに言った。

「だがそれは、所詮は借りものの強さ。お前の力などではない」

壊すべき対象が消えてしまったことで、ウォリスの放った闇たちはべしゃりと地面に落ちてくると、そのまま浸み込むように消えた。かと思うと、ウォリスの足元から再びその姿を現す。

「操っていたつもりが、いつの間にか取り込まれ、操られている。闇というのはそういうものよ」

「この僕に闇を語るのか」

ウォリスは笑った。

「まあいい。借りものだというのなら、構わん。お前の力で叩き伏せてみるといい」

「無論だ」

フィラックの銀色の髪が風もないのに大きく揺れた。

フィラックの身体には、最初に現れた時以上の魔力が渦巻いていた。

「お前はこの世界にいてはならぬ存在。それは魔法具の中の人格に過ぎぬこの私にもはっきりと分かる」

「ほう」

「闇と戯れ、闇を侮る者。己だけはほかの者とは違う。闇を飼い馴らすことのできる、選ばれた存在だ。世界に大いなる悲劇をもたらしてきたのはいつも、愚かな者どものそんな見下げ果てた傲慢さだ」

「なるほどな」

ウォリスは頷く。

「その調子だ、フィラック」

その顔から冷たい微笑が消えることはない。

「その勢いで僕を屠ってみせろ」

「だが、違和感がある」

フィラックは声の調子を変えた。

「ウォリス。お前の闇は他のものとどこか違うな」

その言葉にウォリスは一瞬顔を歪める。だが、すぐに余裕の笑みがその顔に浮かんだ。

「些細なことを気にするな。来い」

「他の石の魔術師どもであれば、気付かぬであろう。だがこのフィラックの目はごまかせぬ」

「言葉で時間を稼ぐな」

ウォリスは言った。

「来い。それとも石の魔術師第二の実力者ともあろう者が、怖気づいたか」

「挑発には乗らぬ」

フィラックは首を振り、なおも険しい顔でウォリスを見つめる。

「しかし私とて石の魔術師。人とは違うゆえにかえって気付かぬこともあるやもしれぬ」

フィラックの銀色の目が、ウォリスの足元に滲む闇を見た。

「この私の盲点となることがある。おそらく、人であれば容易に気付くようなことが」

ウォリスは舌打ちして肩をすくめる。

「面倒だな」

「これだけの力を持つ闇を操る者であれば、大抵はもはや人としての姿形を成しておらぬ」

フィラックはそう言って、ウォリスの整った顔に目を戻す。

「そんな血色のいい顔など、していられるはずがない」

「ふん」

ウォリスは杖を掲げた。

「これ以上の会話は不要だ。来ないのであれば、こちらから行くぞ」

その言葉と同時に、ウォリスの足元から闇が伸びあがった。

フィラックを包み込まんと、まるで巨大な口を開けたような姿のその闇を、氷の壁が迎え撃った。

「氷では止められぬということは、さっき見せてやっただろう」

ウォリスが笑う。氷の壁はたちまち砕け散った。と見えた瞬間、その壁が元通りに復元する。

「むっ」

ウォリスがわずかに目を見張る。再び闇が氷の壁を砕いた。だが、砕いた先から壁は元の通りに復元されていく。

氷の砕かれるけたたましい音は響き続けるが、壁は一向に破れない。

無限に甦るかのような氷の壁を前に、闇はまるで打ち寄せる波を砕こうと突進を繰り返す愚かな獣のような格好となった。

「そうか」

そのさまを見ながら、フィラックが呟いた。

「分かったぞ。この違和感の正体が」

そう言って、フィラックは氷の壁越しにウォリスを見る。

「私の目はごまかせぬと言ったが、使うべきは目ではなかった」

闇がまた壁を砕く。だが、砕くほどに氷の壁は厚みを増していくようにも見えた。

「匂いだ」

フィラックは言った。

その言葉に、ウォリスは薄笑いで応じる。

「匂いがどうした」

「闇特有の匂い。腐臭」

フィラックは汚らわしい言葉を口にするように吐き捨てた。

「闇そのものも、闇に魅入られた者どもも、等しくその臭いをまとう。こたびの術者もそうであった。だが、それがお前の闇にはない。代わりに、これは」

フィラックが鼻をひくつかせる。

「もっと埃っぽい、乾燥してざらついたような。これは一体」

ウォリスは答えない。口元に浮かぶ笑みと対照的に、その目は冷たくフィラックを見据えている。

「まさか」

フィラックは闇とウォリスを交互に見た。

「この闇は。お前は」

フィラックの声が震える。

「そんなことが。だが、そうだとすれば」

その魔力がさらに膨れ上がった。

「決して生かしてはおけぬ」

「だからさっきから言っているだろう」

悠然とウォリスは答えた。

「全力で僕を屠りに来いと」