軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

戒め

「僕の負け、か」

ウォリスの端正な顔が、悔しそうに歪む。

「僕は自ら進んで罠に踏み込んだのか」

ウォリスはフィラックの言葉を繰り返した。

「己の知に溺れて、無様を晒したというわけか」

そう言って、自分の身体を貫く氷の槍の一本に手を触れる。

「銀のフィラック。どうやら、お前に会った意義を得たようだ」

「そうか」

フィラックの声が答えた。

「お前の才能は確かに隔絶している。だが、人は才能だけで生きることはできぬ」

その声に、微かに憐みの感情がこもる。

「溢れんばかりの才能を持ちながらも、驕ったばかりにそれを生かすことなく生涯を終える。私はそんなつまらぬ者を何人も見てきた。お前もその一人だ」

フィラックの声は厳粛な響きを帯びた。

「さらばだ、ウォリス。後悔とともに逝くがいい」

「驕り、か」

ウォリスの口元から赤い血が一筋流れる。ウォリスは呟いた。

「いい戒めになった」

「戒めだと?」

フィラックの声が訝しげに笑う。

「もはや己を戒める必要などない。お前はこの場で死ぬのだから」

「そうだな」

ウォリスは微笑んだ。

「僕はこの場で砕け散る」

「なに?」

「それを死とよぶのなら、まあそうだな」

その言葉と同時に、ウォリスの身体が色を失った。

艶やかな金髪も、まとうローブも流れる血も、全ての色が消える。

氷。

ウォリスは一瞬のうちに氷の人形と化していた。

「お前がやったのと同じことをやってみた」

涼しい声でそう言いながらウォリスが姿を現したのは、広間の入り口だった。

「気付かなかったか? 影の色が薄かっただろう」

ウォリスは言った。

「ああ、僕が死んだな」

からかうようなその声とともに、氷の砕ける甲高い音が広間に響き渡る。

ウォリスだった氷像は、粉々に砕け散った。

「たばかったのか、この私を」

フィラックの声が驚愕で歪む。

「ほかならぬ氷の魔法で」

「お前がせっかく目の前で見せてくれたんだ。真似させてもらわないと失礼だと思ってな」

こともなげにそう言うと、ウォリスは広間の氷のタイルに足を踏み出した。

迷うそぶりも見せず、青く輝くタイルだけを踏みながら、広間を進んでいく。

「感謝するぞ。おかげで氷の魔法の新しいコツが分かった」

「学んだとでも言いたいのか」

フィラックが呻くように言った。

「見ただけで、私の氷の魔法を」

「さっき話したことだろう。もう忘れたのか」

ウォリスの足が青い光のタイルの上を、“王”の綴りをなぞるように踏みしめていく。

「一を聞いて万を知る。それが僕という人間だと」

その言葉に、フィラックが絶句した。

沈黙の中に、ウォリスの軽やかな足音だけが響く。

「私も言ったはずだ」

ようやく、フィラックが言った。

「それは人の所業ではないと」

「だが、現にいる」

ウォリスの答えは明確だった。

「ここに、僕という人間が」

「何者なのだ」

フィラックが呻くように尋ねる。

「ウォリス、お前は一体」

「さあて」

ウォリスは王冠の載った台座の手前、先ほど自分の分身が間違えたところで足を止めると、迷うことなく左に足を踏み出した。

氷のタイルが青く輝く。

ウォリスはそのまま台座をぐるりと回るようにタイルを踏んでいく。

タイルは全て青い光を放ってウォリスを迎えた。

最後に台座に届くタイルを青く変えると、ウォリスは王冠を手に取った。

「氷の王冠、か」

その言葉通り、その王冠も全て氷で作られていた。

ウォリスはそれを両手で捧げるように持つと、しばらくじっと眺めた。

不意に、ぱりん、と乾いた音がした。

ウォリスの両手の中で王冠が粉々に砕けていた。

魔法ではない。

その優雅な見かけに似合わぬ腕力で、王冠を握り潰したのだ。

鋭い破片が飛び散り、ウォリスの手の平から一筋の赤い血が流れた。

「こんなものをかぶる者が高貴だと、誰が決めたのだろうな」

ウォリスは言った。

「人の身体に流れる血に貴賤などない。流れるのはみな同じ赤い血だ」

ウォリスは両手を振るって、王冠の破片を床にばらまく。その拍子に、赤い血が点になって床に飛び散った。

「お前がなぜその王冠に怒っているのかは知らぬ。“王”にどのような感情を抱いているのかも」

フィラックの声が言う。

「だがたとえ氷で作った分身であれ、お前は選択を誤った。王という言葉がお前を誤らせたのだ」

その言葉にウォリスは、鋭い目で虚空を見た。だがそれはすぐに優雅な微笑に隠される。

「いつもならば、違うとはっきり否定して、反論の余地もないほどに反駁してやるのだが」

ウォリスは口元に酷薄な笑みを浮かべた。

「今日は僕一人だ。まあいいだろう。たまには自分の過ちを認めるのも悪くはない」

それから、広間の奥に続く通路に目を向ける。

「まだ続くのか、この迷宮とやらは」

「無論だ」

フィラックの声が答える。

「ここまではただの小手調べに過ぎぬ。この次からはいよいよ」

だがフィラックの言葉は、途切れた。

不意にウォリスがローブの袖を捲り上げ、右の上腕を露わにしたからだ。

「……なんだ、それは」

フィラックが言った。

「その、禍々しい傷は」

ウォリスの右上腕に、引き攣れたような醜い傷跡があった。それは、見方を変えればまるで邪悪な雄叫びをあげる魔物の顔のようにも見えた。

「すまないな」

ウォリスは言った。

「さっきも言ったが、僕は少々急いでいる。貧相な闇の魔術師のせいで、自分のクラスメイトの命が危機に瀕しているのでな」

腕の傷跡がぐにゃりと蠢いた。

それは獲物を前にした魔物が残虐な笑みを浮かべたかのようだった。

「戒めは一日一つもあれば十分だ。今日の学びは得た。もっと時間があればこの迷宮を隅々まで楽しんでやってもよかったが」

そう言って微笑むウォリスの身体を、今までとは全く違う力が包んでいた。

ウォリスの研ぎ澄まされた魔力は先ほどまでも圧倒的な力を放っていたが、この力は、それとはもはや次元が違った。

「闇、か」

フィラックが呻いた。

「貴様、すでに闇に侵されていたのか」

「誰にものを言っている」

ウォリスの涼し気な笑みに邪悪な気配が入り交じる。

「侵されている、だと? この僕が」

次の瞬間、闇が周囲に飛び散った。

周囲を覆いつくすほどの暗黒。あちこちで鋭い音が響き渡る。

氷が砕けていく音。

壁が。床が。天井が。

闇に齧り取られるように、周囲の氷全てが砕けていく。

「氷遊びは終わりだ」

ウォリスが言った。

「余計なことに魔力を使うな。せっかくの機会だぞ」

氷の宮殿が、闇に食い尽くされていく。その中でウォリスは一人、楽しそうに笑っていた。

「銀のフィラック、石の魔術師よ。僕を倒したくばお前の持てる全力で来い」