軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

(閑話)秘密の場所

「アルマーク」

放課後、校舎から森へと向かう道の途中だった。

自分を呼ぶ声にアルマークは振り向いた。

「どこに行くの」

背後から追いかけてきたのはウェンディだった。

「やあ、ウェンディ」

アルマークは足を止めて微笑む。

「偶然だね」

「ええ」

ウェンディも頷き、笑顔で歩み寄ってくる。

「今日は、イルミス先生の補習はないの?」

夏の太陽は、まだ高い。

休暇前の試験が終わって、クラスメイト達の間には解放感が漂っていた。

試験前までは授業が終わると、皆重い足取りで寮に戻って自室で勉強に専念していたのだが、今はまっすぐ寮に戻る者はほとんどいない。

校舎の近くや、森や、庭園。皆、思い思いの場所で夕食までの時間を楽しんでいた。

ネルソンなどは毎日のように、森の中のあちこちの遊び場を飛び回っているようだった。

けれど、アルマークには息を抜いている暇はない。

ノルク魔法学院に入学して、数か月。

まだ瞑想しか習っていないのだ。

魔術師になれ、と父は言った。君は優秀な魔術師になれる、とヨーログは言った。

しかし残念ながらアルマークにはまだ自分が魔術師になっている未来は見えてこなかった。

魔術実践の試験でも、結局、披露したのは瞑想だった。

いくら夏季休暇明けから魔法を教え始めるとイルミスに言われたといっても、それはようやくスタート地点に立ったということしか意味しない。

気は焦る。瞑想の質はまだ不十分だ。もっともっと高めないと。

そういうわけで、アルマークは休暇前の放課後も、変わらずイルミスのもとへと通っていたのだが。

「今日は先生は用事があるから、自分で瞑想の訓練をしろって」

アルマークは答えた。

「どこか、瞑想するのにちょうどいいところがないかなって思ってね」

「それで、森に向かってたのね」

ウェンディは納得したように頷く。

「普段、この時間にあなたを森の方で見ることがないから」

そう言って、アルマークの隣に並ぶ。

「驚いちゃった」

「うん。そうだね。いつもこの時間は魔術実践場だ」

アルマークは頷いてから、手をかざして空を見上げた。

「この時間は、ずいぶん暑いんだね」

「もう夏だもの」

ウェンディは微笑む。

「森に入れば、日陰だからだいぶ涼しくなるわよ」

「そうだね」

アルマークは頷き、改めて自分の隣を歩くウェンディを見る。

「ウェンディ。君こそ、どこへ行くんだい。森で、薬草でも摘むのかい」

「ううん。そういうわけじゃなくて……」

ウェンディはそう言いかけてから、いいことを思いついたようにぱっと顔を明るくした。

「そうだ。アルマークも一緒に来ない?」

「うん、いいよ」

頷いてから、アルマークは聞き返す。

「どこへだい」

「どこへ行くか聞く前に頷いてくれるんだね」

ウェンディはおかしそうに笑う。

「アルマークって面白い」

「君が連れて行ってくれるのなら」

アルマークは真剣な顔で答える。

「おかしなところのわけがないからね。僕も行ってみたいよ」

その言葉に、ウェンディが少し顔を赤くする。

「で、どこへ行くんだい」

「私のルームメイトの、カラーって子。知ってるでしょ?」

「ああ、1組の」

アルマークは頷く。

「うん。知ってるよ」

カラーとはほとんど話したことはないが、ウェンディの部屋を訪ねた時に、何度か顔を合わせたことがあった。

「あの子が、新しく見つけたんですって。森の中で、見晴らしのいい場所を」

「新しく」

アルマークは目を瞬かせる。

「こんなにみんなが森に入ってるのに、まだそんな場所があるのかい」

「森は、すごく広いの。いろんな道がいろんな場所に繋がってるし、道が繋がってない場所だってあるし。だから、私たちの知らない面白いところもまだまだあるのよ」

「へえ」

「それに、もしそういうところを見付けても、みんななるべく秘密にするの。下の学年に引き継がれたりもしないし」

ウェンディはそう言って微笑んだ。

「だから、カラーの見付けたっていう場所も、きっと昔、先輩の誰かがお気に入りにしていた場所なのかもしれないけど。でも私たちにとっては」

「新しい場所、か」

ウェンディの言葉を引き取り、アルマークは頷いた。

「なるほど。僕はまだこの森にあまり詳しくないからね。教えてもらえると嬉しいよ」

「よかった」

ウェンディは微笑む。

「私も一人じゃ少し心配だったから。アルマークが一緒に来てくれるなら心強いな」

森に入ると、ウェンディの言葉通り日差しが遮られ、体感する気温はずいぶんと下がった。

試験が終わった後とあって、校舎から一番近い森の入り口には、今日もたくさんの生徒たちの元気な声が響いていた。

「おい、アルマーク」

名前を呼ばれて振り返ると、小柄な1年生が立っていた。

「やあ、エルド。シシリーも」

アルマークはエルドと、その隣に立つシシリーに挨拶する。

「二人とも、試験お疲れ様」

「ああ。アルマークもな」

「エルドはすごいんだよ」

シシリーが自分のことのように誇らしそうに言う。

「たぶん試験の成績、1年生の中で一番か二番くらいだと思う」

「そうなのかい」

「すごい」

アルマークとウェンディが目を見張ると、エルドは得意げに腕を組んだ。

「初めての試験だったが、まあこんなものかと思ったな」

鼻息が荒い。

「大したことはなかった」

「さすがだね」

微笑むアルマークを、エルドはじろりと見る。

「僕のことなんかより、アルマーク。お前は大丈夫だったのか」

「僕は」

アルマークは隣に立つウェンディをちらりと見る。

「エルドほどすごい成績は取れないけど、たぶん大丈夫だと思う。ウェンディも助けてくれたし」

「私は別に」

ウェンディが手を振る。

「アルマークの努力の成果だわ」

「大変な時は遠慮なく人を頼った方がいい。次は頑張れよ」

エルドは二人をまるで教師のように見やってそう言うと、じゃあな、と手を振ってシシリーと連れ立って歩き去っていった。

その背中を見送ってから、ウェンディが、ふふ、と笑い声を漏らした。

「アルマーク、後輩から慕われてるのね」

「慕われて?」

アルマークは首をひねる。

「いや、逆だと思う。エルドは本当にすごい子なんだ。僕が彼を慕ってるんだよ」

その答えに、ウェンディはもう一度笑った。

「あなたのそういうところが、すごく面白いしほっとする」

「え?」

「素敵な関係だと思うわ」

ウェンディはそう言って、先に立って歩き出した。

「行きましょう。カラーはこっちの方だって」

二人は森の中をずいぶんと歩いた。最初はあちこちから聞こえていた生徒たちの声も遠ざかり、森の中には特有の静けさが戻ってきていた。

アルマークとウェンディは歩きながら、色々なことを話した。

学院のこと。クラスメイトのこと。先生のこと。試験のこと。魔法のこと。

話は尽きなかった。

「君といると、話すことがいくらでも湧いてくるな」

アルマークは自分の驚きを素直に言葉にした。

「自分がこんなによく喋るとは思わなかった」

「私も」

ウェンディは嬉しそうに笑った。

「不思議だね」

やがて、木々の根っこの張り出した坂道を苦労して上り切ったところで、岩場にぶつかった。

「よかった。カラーの言った通りだった」

ウェンディはほっとしたように言った。

「あの子、たまにいい加減なところがあるから少し心配だったの」

「この岩場の上かい」

アルマークは苔むした岩場を見上げた。

さして大きな岩場ではないが、確かに上の方は生い茂る木々の枝より高そうだ。

「うん。きっとどこかに登りやすいところが……」

ウェンディはそう言いながら、岩場の周囲を歩き始める。

すぐに、アルマークたちにもちょうどいい段差になっている場所を見付けた。そこだけが、苔が踏み荒らされていた。

「カラーたちもここから登ったんだね」

「そうみたいだ」

アルマークは頷き、そこに足を掛ける。

「僕が先に行くよ。ウェンディは僕の後ろに」

「うん」

ウェンディが素直に頷く。

岩場は、ところどころに生えている木が手摺りがわりになることもあって、登るのにさほど苦労はしなかった。

「わあ」

岩場の上まで登りきると、ウェンディが歓声を上げた。

再び、強い夏の日差しが二人を包んでいた。

森の木々の枝よりもさらに上に出たからだ。

緑の絨毯のような木々の葉の向こうに、学院の校舎や寮が見えた。

「すごい」

「ああ。本当に見晴らしがいいね」

二人は並んで手近の岩に腰かける。

風が二人の頬を撫で、髪を揺らした。

「来てよかった」

ウェンディの言葉に、アルマークは頷く。

「僕もだ。連れて来てくれてありがとう」

「ここなら、瞑想もできるかな」

そう言われて、アルマークはもともと自分が瞑想の場所を探していたことを思い出す。

「そうだね。ちょっと校舎からは遠いけど」

アルマークは答えた。

「たまに来るなら、ちょうどいい場所だと思う」

「よかった」

ウェンディはほっとしたように微笑んで両手を合わせた。

「じゃあ、私たちの秘密の場所だね」

「ああ」

アルマークはその言葉に少しどきりとする。

「そうだね。僕たちの」

「おう、ここだここだ」

下の方から、場違いなほど明るい声が聞こえてきた。

「やっと見つけたぜ。たまにはブレンズの噂も信じてみるもんだな」

そう言いながら賑やかに登ってきたのは見覚えのある少年たちだった。

「あれ、先客がいる。アルマークとウェンディじゃねえか」

「ネルソン。レイドー。ピルマンもか」

アルマークは三人の顔を見て、そう声を上げた。

「みんなもここのこと、聞いてきたのかい」

「ああ。1組のブレンズの噂でな。お前らもか」

「私たちは、1組のカラーに聞いて」

そう答えてから、ウェンディがそっと声を潜めてアルマークに囁く。

「きっとカラーがブレンズにも喋っちゃったんだわ。だからあっという間に噂になって」

「なるほど」

アルマークは頷く。

「ああ、これは確かにいい景色だね」

遥か校舎の方を眺めながら、レイドーが言った。

「ごめん、二人とも」

そう言ってアルマークたちを振り向くと、にこりと笑う。

「お邪魔だったら、僕らはすぐに行くけれど」

「いや、そんなことないよ」

「ええ、私たち別に」

二人が手を振ると、また下から声が聞こえてきた。

「ここ、ここ。この上で食べるお菓子は最高だよ」

「お菓子もいいけど、こういう岩場には意外な薬草が生えてたりするんだよね」

その声に、アルマークとウェンディは顔を見合わせる。

「モーゲンとバイヤーだ」

「そうみたいね」

「いやあ、こりゃ最高の景色だな」

岩場の頂上をぐるりと一周したネルソンが、嬉しそうに言った。

「ノリシュたちにも教えてやらねえとな」

その言葉に、ウェンディがぷっと噴き出した。

「あっという間に秘密の場所じゃなくなっちゃった」

「それもいいんじゃないかな」

アルマークも笑顔で答える。

「みんなの場所っていうのも悪くないよ」

「そうね」

ウェンディは頷くと、下に向かって声をかけた。

「モーゲン。バイヤー。いい景色よ、あなたたちも早く登ってきて」

「あれ、ウェンディの声だ」

「先を越されたな」

モーゲンとバイヤーが下で騒いでいる。

アルマークとウェンディは顔を見合わせて、声を上げて笑った。