軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

庭園

不意に、視界が開けた。

眩しい太陽の光を浴び、イルミスは眼前に広がる風景に眉をひそめた。

「……これは」

樹の巨大な幹を回るようにして階段を上っていった先で、イルミスたちは大きく張り出した枝から生える無数の葉に視界を遮られた。

階段は、緑の壁の中を相変わらずぐるぐると上へ続いていた。

己がどのくらいの高さまで登ってきているのかも分からなくなるほどに、階段のすぐそこまで枝と葉が迫り、その暗さに足元までおぼつかなくなるほどだったが、イルミスもライヌルも灯りは出さなかった。

いったいどれだけ登ったのか、感覚が朧になりかけた頃、突然周囲の視界が開けた。

「着いたよ」

ずっと無言でイルミスの前を歩いていたライヌルが振り返る。

「ようこそ。ロデ夫人の樹上庭園に」

階段は、ちょうどその庭園の入り口で終わっていた。

風が二人のローブを穏やかに揺らした。

そこは、広々とした庭園だった。

こんこんと水の湧きだし続ける大きな泉を中心に、きれいに整備された植え込みが計算された配置で並び、ところどころに彫像が置かれていた。

「ここが、樹の上だというのか」

イルミスは一歩踏み出した。

足元の芝生も良く養生され、美しい緑色が日差しに映えていた。

とても樹の上にあるとは思えない庭園だった。

「ロデ夫人……そうか。ロデ・ウルスタンドか」

イルミスは呟いた。

「古の時代、大陸南部で活動していた邪悪な魔女の一人だな。幽鬼の三魔女などと比べると決して有名ではないが」

「さすがは学院の教師」

ライヌルは微笑む。

「よく知っているな」

そう言うと、入口の近くの大きな石像を右手でぴしゃりと叩き、それを見上げた。

「どうだい。いい趣味だろう」

つられてイルミスもその石像を見上げる。

人と魔物のあいの子のような歪な姿の石像だった。

その石像だけではない。

美しい庭園に見えて、ここにある彫像はどれも奇妙に邪悪な雰囲気を漂わせていた。

「取り繕ってはいるが、隠し切れない邪悪が見え隠れする」

イルミスは答えた。

「今の君と同じだな、ライヌル」

「これは手厳しい」

ライヌルは苦笑する。

「だが、ロデ夫人は魔法具の製作に才能を示した女性だ」

そう言うと、ライヌルはなおも石像を叩いた。

「彼女は芸術家だったんだよ。その力を現世の権力を得るために使おうとした、幽鬼の三魔女のような俗物とは違ってね」

「分かりやすく発露された邪悪と、巧妙に押し隠した邪悪」

イルミスはライヌルに背を向け、庭園に歩を進めながら言う。

「いずれにも違う種類の害悪があるが、本質は一つ」

そう言って、石像の傍らを離れないライヌルを振り返った。

「それは、悪、ということだ」

「断ずるね、まるで神のように」

ライヌルは口を歪めて笑った。

「君の言う悪とは何かね」

「ここでそんなことを議論する気はさらさらないが」

イルミスは厳しい目でライヌルを見る。

「端的に言えば、闇だ。闇に連なる者」

そう言ってから、ライヌルが右手に持つ筒に目を向ける。

「ロデ夫人の魔鏡、と言ったな。その筒のことを」

「ああ」

「どこでそれを手に入れた、ライヌル」

イルミスの目が険しさを増した。

「現存するロデ・ウルスタンドの魔法具は、その危険性からガライ王家によって厳しく管理されているはずだ。そして、私の知る限り、王家の魔法具のリストにその名はない」

「君に教えたところで、どうなるものでもないと思うがね」

あくまでも軽い口調で、ライヌルは言う。

「お借りしたのさ、とある人から」

「王家か」

イルミスは言った。

「君の企てには、王家が関係しているのか」

それに答えず、ライヌルは肩をすくめた。

「私の背後に黒幕がいるとでも思っているようだね、イルミス」

そう言うと、にこりと微笑む。

「前にも言っただろう。私の背後にいるのは、“暗き淵の君”だけだと」

「戯言はいい」

イルミスは厳しい表情を崩さない。

「その魔鏡と、ウェンディの腕に嵌めた九つの兄弟石の腕輪。どちらも一介の魔術師が手に入れられるようなものではない。たとえ、闇に手を染めようともだ」

「そう言われても、ね」

ライヌルはまだ石像を叩いていた。

その音が変わったことにイルミスも気付いていた。

「魔法具の出どころ? 私の背後?」

ライヌルの笑顔にまた邪悪なものが入り込んでくる。

「イルミス。君はそんなくだらないお喋りをするために、こんな樹の上まで大人しく私についてきたわけではないだろう」

その言葉に呼応するかのように。

石像だったものが、動いた。

色も質感も石のまま、だがそれにまるでそぐわないぬめりとした滑らかさで、石像は足を踏み出した。

「単なるお喋りなら、下でもできたじゃないか」

ライヌルが笑う。石像が、まるで肉食獣のような敏捷さでイルミスに向かって駆け出した。

踏み荒らされた芝生が、土とともに乱暴に舞い上がる。

もはやそれは、石像ではなかった。

イルミスの二倍近い巨躯を誇る、石の魔人。

それが、長い爪を振り上げて迫る。

だが、イルミスは冷たい目でライヌルを見つめたまま、動じなかった。

「それは私の台詞だ、ライヌル」

「なに」

「命の奪い合いをするのではなかったのか、我々は」

言いながら、イルミスはライヌルに背を向けた。

背後に迫る魔人を一瞥もすることなく、イルミスは庭園の中心の泉の方へと、また歩を進めていく。

その背中に迫った魔人が、鋭い爪を振り上げる。

だが、イルミスの灰色のローブに触れる寸前で、突然動きを止めた。

イルミスの背中に今にも爪を突き立てようとした姿勢のまま、もう、ぴくりとも動かない。

魔人は、まるで以前からそこに置かれていたかのように、もとの石像に戻っていた。

振り返りもせずに歩き去っていくイルミスを見て、ライヌルは声を上げて笑った。

「さすが、我が友。私を嫉妬させて止まない男だ」

そう言うと、ライヌルはイルミスの背中に呼びかける。

「待ってくれ、イルミス。今のは私が悪かった。ちょっとした悪ふざけさ」

まるで学生時代に戻ったような無邪気な笑顔を浮かべ、ライヌルは歩き出した。

「怒ったのか、イルミス。私だって、まさかこんなもので君を倒せるとは思っていないさ」

場違いな明るい声を上げて、ライヌルはイルミスを追いかけた。

「もう、だいぶ歩いたな」

地上。森の中。

先頭を歩いていたネルソンが、うんざりしたように声を上げた。

「いつまで続くんだよ、この道は。あの白い石、こんなに遠くまで飛んだっけか」

「うるさいわね」

ノリシュがその背中を睨む。

「文句言わずに歩きなさいよ」

「歩いてるだろうが」

振り返ってノリシュを睨んでから、それでもネルソンは口を尖らせた。

「いや、でもそれにしたって、遠すぎやしねえか。あっ、まさか」

何かに気付いたように、ネルソンが足を止める。

「わっ」

急に止まったものだから、すぐ後ろを歩いていたノリシュがその背中にぶつかりそうになってつんのめる。

「何よ、急に止まらないでよ」

「どうしたんだい、ネルソン」

最後尾を歩いていたレイドーが穏やかに尋ねる。

「何か思い付いたのかい」

「ああ。分かっちまった」

ネルソンは深刻な表情で二人を見た。

「あのライヌルとかいうおっさんの罠なんだ、これは」

「いまさら、何言ってるの」

ノリシュが呆れた声を出す。

「罠に決まってるじゃない。あの闇の魔術師本人が、これは君たちの試験だとかなんだとか言ってたの、あんただって聞いたでしょ」

「いや、そういうことじゃねえよ」

ネルソンは首を振る。

「これはもっとやばい罠だったんだ」

「え?」

ノリシュが眉をひそめる。

「どういうこと?」

「だからさ」

ネルソンはじれったそうに身をよじった。

「あいつ、俺たちに石を集めろ、とか言ってただろ」

「そうよ」

ノリシュが頷く。

「だからこうやって石のところまで歩いてるんじゃない」

「そこだよ」

ネルソンはノリシュの顔を指差す。ノリシュが嫌な顔をしてその手を払った。

「あいつの狙いはそこなんだよ」

手を払われてもまるで気にする様子もなく、ネルソンは言った。

「こうやって俺たちに森の中を歩き回らせておいて、実はいつになっても石にはたどり着かねえようになってるんだ。それで、気が付いたら夜。時間切れでウェンディは助からない。そういう罠だったんだよ」

そう言うと、ネルソンは元来た道を見た。

「こうしちゃいられねえ。ウェンディたちのところに帰るぞ」

「なるほど。君にしては考えたね、ネルソン」

レイドーが言うと、ネルソンは大きく頷いた。

「そうだろ? さあ、急ごうぜ」

「でも、石と戦わせることもなく時間切れでウェンディの命を奪うくらいなら、最初にウェンディを殺していたっておかしくないよね」

レイドーの言葉に、ネルソンはきょとんとする。

「ん?」

「だって、ウェンディはあの男が出てきたときにはもう意識を失わされていたんだからね。あの男がウェンディを殺すつもりなら、いつでもできた。それが目的なら、わざわざあの腕輪で魂を奪われるまでじっくりと待つ必要はないんだ」

「そ、それはそうだけど」

ネルソンは腕を組んだ。

「でもな」

「まあ、闇の魔術師の考えることなんてわからないからね。ほかに妙な目的があるのかもしれない。でも仮に、君の言う通りだったとしても」

レイドーはそう言って、ネルソンを見た。

「僕たちには石を集める以外に選択肢はないんだ。だって、ウェンディのところに戻ったって何もできないんだから。ネルソン、君は戻ってどうするつもりだったんだい」

その言葉に、ネルソンはぐっと詰まる。

「真面目に聞いて、損しちゃった」

ノリシュが呆れたように言った。

「今から戻って、やっぱり石が必要だったらどうするの。それからまたこっちに戻って来たりしたら、本当に間に合わないわよ」

「ぐ」

一瞬詰まったネルソンだったが、躊躇は一瞬だった。すぐに元気に前に向き直る。

「お前ら、こんなところで止まってる場合じゃねえぞ。石は、この先だ」

そう言って道の先を指差すと、大股で歩き始める。

「遅れるなよ」

「はいはい」

ノリシュがため息交じりに頷いた。

「考えるのは、レイドーに任せておけばいいわよ。ネルソンは変に頭を使わないで」

そう言ってから、優しい目でネルソンの背中を見て言葉を足す。

「でも、その切り替えの早いところは嫌いじゃないわよ」

「そうだね」

レイドーも頷く。

「頼りにしてるよ、リーダー」

「おう。任せろ」

ネルソンは元気に杖を振り上げると、足を速めた。