軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

青の結晶

「キリーブ!」

歓声を上げて駆け寄ったコルエンが、気絶して地面に転がったままのキリーブを助け起こす。

「やりやがったな。大した奴だぜ、お前は」

「まさかあんな勝ち方があるとは」

そう叫んでポロイスもキリーブの脇にしゃがみこむ。

「僕には絶対に思いつかない。キリーブ、君だからこそだ。君の発想が」

だが、当のキリーブはコルエンに起こされて目を開けたものの、すぐに真っ青な顔で口を手で押さえた。

「うぐ」

「どうした、キリーブ」

ポロイスが問いかけると、キリーブは弱々しく答える。

「腹に」

「腹か」

ポロイスはキリーブの腹を見る。

「腹がどうした」

「腹に、穴が開いた」

「なに」

コルエンとポロイスは顔を見合わせると、二人掛かりで大急ぎでキリーブの胸当てを外した。それから、ほっと息をつく。

「穴なんか開いてねえよ」

コルエンがそう言ってキリーブの背中を叩く。

「自分で見ろ、ほらちゃんとあるだろうが」

「待て」

キリーブは口を手で押さえたまま、肩を震わせた。

「よせ。そんなに叩くな」

細い声でそう言ったかと思うと、そのまま横を向いて吐いた。

「大丈夫か」

ポロイスがその背中をさする。

「まともに突きを喰らっていたからな」

「もうだめだ」

しばらくえずいた後、キリーブは言った。今にも死にそうな表情をしていた。

「全身の骨という骨が折れた。もう動けない。死ぬしかない」

「折れてねえよ」

コルエンがまた乱暴にその肩を叩く。

「あの程度で死ぬわけあるか、お前が」

「両腕に穴が開いてもへらへらしてる雑な作りの人種と僕を一緒にするな」

キリーブはそう言うと、低く呻いてまた口から水を少し吐く。

「僕の勝負は、どうなった。あの猿は、しっかりと、審判の、役目を、果たしたのか」

途切れ途切れのキリーブの言葉に、コルエンが頷く。

「ああ。アスルの反則負けだ。お前の勝ちだってよ」

「公正な判定だ」

キリーブは弱々しく頷く。

さっきの勝負での雄弁ぶりが嘘のようだ。

「お前の武術の腕は俺も知ってるからな」

コルエンがそう言って、思い出したように口元を緩める。

「まともにやって勝てるわけねえし、さてどうやって勝つつもりなのかと思ったけどよ。まさか戦わずに勝つとはな」

「ああ」

ポロイスも頷く。

「キリーブ。君の頭の回転の速さと発想の柔軟さには恐れ入る」

「誰がまともに戦うものか、あんな化け物と」

キリーブは吐き捨てた。

「そんなことを馬鹿正直にしようとするお前らがどうかしてるんだ」

「戦いたくないから知恵を絞ったんだな」

コルエンは笑う。

「やっぱりお前は、追い詰められると力を発揮するな」

「だからといって追い詰めるな」

キリーブは弱々しくコルエンを睨んだ。

「こんなことは金輪際ごめんだ。お前らの命を僕に勝手に預けるな」

「俺たちのために頑張ってくれたんだろ?」

コルエンは乱暴にキリーブの頭を撫でる。

「嬉しいぜ、キリーブ」

「よせ。やめろ、汚い手で僕の髪に触るな」

迷惑そうに身をよじるキリーブと、それを見て笑う二人のもとに、アスルが近付いた。

その肩には、審判を務めた青い体毛の猿が乗っていた。

「面白き勝負であった」

アスルは言った。

青い髪の下の細い目が、穏やかに三人を見下ろしていた。

「汝らの勝ちだ」

その言葉に、誰からともなく三人は立ち上がった。

粛然とした表情でアスルと向かい合う。

「俺たちの勝ちだって言うけどよ。あんたが本気を出して魔法を使えば、簡単に勝負はついたはずだ」

そう言ったのはコルエンだった。

「そうすりゃ多分、俺たちの命はなかった。だけど、あんたはそれをしなかった。だから、俺たちは勝てた」

その言葉に、ポロイスが複雑な表情を見せ、キリーブが肩をすくめる。アスルは薄く笑ったが、何も言わなかった。

「だけど、勝ちは勝ちだ」

コルエンはそう言ってにやりと笑った。

「俺たちの友達の命が懸かってる。青のアスル。石に戻ってもらうぜ」

コルエンの言葉に、ポロイスが真剣な顔で頷く。キリーブもアスルの顔を見上げた。

「無論だ」

アスルは答えた。

「このアスル、約定を違えたことは一度たりとてない」

それから、自分の肩に乗る猿に目を向ける。

「だが、あまりに面白き勝負であったゆえに……パグフス」

「おウ」

猿は長い腕で空中の何かを掴むような動作をした。その後で、それをアスルに手渡す。

「我が石に戻る前に、これを汝らに授けよう」

アスルがポロイスに歩み寄り、右手を差し出す。思わずポロイスが手を出すと、そこにアスルは小さな石を乗せた。

ポロイスの小指の爪よりもさらに小さな石だった。しかし、青い不思議な輝きを持っていた。

「青の結晶」

アスルは言った。

「ポロイス。汝のその愚直な誇り高さゆえに」

次に、コルエンに手を差し出し、同じ小石を渡す。

「コルエン。汝のその渇望への迷わぬ前進ゆえに」

それから、キリーブを見た。

「そしてキリーブ。汝のその誰よりも気高き勇気ゆえに」

意外な言葉にキリーブがアスルを見る。アスルは微笑んで、青い石をキリーブに握らせた。

「それゆえに、この石は汝らのものだ。力を欲するときはそれを握って呼べ。青の力を貸す」

「青の力」

ポロイスがその小石を見つめた。

「それはいったい」

「俺が現れるんダ」

猿がそう言って歯を剥き出して笑った。

「俺が力を貸してやル」

「なんだ、アスルじゃなくて猿が来るのか」

不満そうにぼやいたキリーブは、猿の表情を見てすぐに頷いた。

「いや。これは実にありがたいな。大事にしよう」

「そうしロ」

猿は鷹揚に頷く。それを見届けたアスルが、小さく頷くと一歩後ろに下がった。

「では、いくか」

「そうだナ」

猿も頷く。

「お前ら達者でナ」

「青のアスル」

ポロイスが言った。

「あなたに感謝する。僕はあなたから色々なことを教わった気がする」

「礼には及ばぬ」

アスルは首を振った。

「我との戦いで何かを学んだ気がするのであれば、それは我が教えたのではなく汝自らが掴み取ったものだ。大事にせよ」

「ああ」

ポロイスは真剣な顔で頷く。

「大事にする」

「俺は次会うときまでにもっと強くなっておくぜ。今度はあんたが手加減なしで戦えるようにな」

コルエンの言葉に、アスルは頷いた。

「楽しみにしておこう。だが次は、もしかしたら我らは肩を並べて戦うやもしれぬ」

そう言って微笑んだアスルたちの姿は徐々に薄くなっていく。

「青のアスル。僕はお前には別に何も言うことはないが、だが猿よ」

キリーブの言葉に、アスルの肩の上の猿が反応した。

「なんダ」

「お前の裁定は常に公平だった。だから、僕もあの作戦に踏み切れた。その点については感謝している」

「当然ダ」

猿は歯を剥き出した。

「言っただろウ、最初ニ。アスルを贔屓はしないト」

「ああ」

「次も俺が審判をしてやるからナ」

「いや、次とは何だ。次なんてないぞ。もういい、僕はもういい」

慌ててキリーブが首を振り、コルエンとポロイスが笑う。猿もにやりと笑い、アスルも口元を緩めた。

と見えた時には、もうアスルと猿の姿は消えていた。

そうして、そこには青く輝く宝玉だけが残った。

「役目は果たせたな」

ポロイスがぽつりと言った。

「ああ」

コルエンが頷いて、青の石を拾い上げる。

「さあ、帰ろうぜ。どうせルクスが死ぬほど心配してる」

「待て」

キリーブが顔をしかめる。

「お前ら、怪我人に対する配慮というものがないのか。僕がそんなすぐに動けるわけがないだろう」

「うるせえよ」

コルエンが笑う。

「お前が一番元気なんだよ」

「そんなわけはあるか」

キリーブが叫んだ。

「ものすごい一撃をまともに喰らったんだぞ。腹に穴が開くくらいの」

そう言いながら自分の腹をばしばしと叩く。

「キリーブ」

ポロイスが笑いをこらえながら言った。

「本当に元気そうだな」

「な」

「行くぞ」

コルエンがさっさと歩きだした。

「疲れてるんなら、ゆっくり休んでから一人で帰って来いよ」

「ま、待て」

キリーブは、コルエンと彼に続いて歩き出したポロイスの後を、慌てて追いかけた。

「こんなところに一人で置いていかれてたまるか。常識でものを考えろ。いや、常識で考えることができる人間なら、そもそも僕をこんなところに連れてくるわけがないか」

「おう。また口が回ってきたな」

コルエンが嬉しそうに笑う。

「もう一戦くらいできそうじゃねえか」

「ばかなことを言うな! 冗談でもそんなことを言うんじゃない!」

三人の姿が森の中へと消えていく。賑やかな声も徐々に遠ざかり、じきに森はまた元の静寂を取り戻した。