軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

勝者

長いキリーブの前置きの後。

猿を間に挟み、改めてキリーブとアスルが向かい合う。

三人の命が懸かった第三戦。

緊迫感が流れるはずの勝負の場は、微妙なちぐはぐした空気に包まれていた。

「ええト」

審判の猿が要領を得ない声で言った。

「まずハ、名乗りからだナ」

「そうだ」

キリーブが頷く。

「そちらから、どうぞ」

そう言って、アスルに向かって手を差し出す。

「ふむ」

アスルは首をひねって、思案顔をする。

「名乗りと言っても、先ほどポロイスの前でしたものと大差はないが」

「だが、名乗ってもらおう」

キリーブは譲らない。

「僕は彼ではない」

「それは道理だ」

アスルは頷く。

「そうだな。汝の言うように自分の人生を名乗りで表現するというのであれば、我に人生というものはないが、こうなるか」

そう言うと、アスルは居ずまいを正した。

キリーブも真剣な顔でアスルを見つめる。

アスルが口を開く。低い、朗々とした声。

「偉大なる魔術師オルニレア・アルゴスに生み出されし腕輪を飾る九つの兄弟石の一石。人は我らを石の魔術師と呼ぶ。術者の命で戦いに身を投じること数あれど、かつてフオルレムンの大海から湧き出でし黒き闇のしもべどもを二昼夜にわたり食い止めたことを無上の誇りとする。象徴する色は天空と大海を彩る青」

そう言うと、アスルは己の胸を叩いた。

「青のアスルとは我のことなり」

「フオルレムン」

猿が笑った。

「覚えているゾ。あれは骨が折れタ」

「あの時は汝にも迷惑をかけた」

「なんのなんノ」

「何のことを話しているのかは、全く分からんが」

キリーブは言った。

「いい名乗りだ。少し、簡潔に過ぎるが」

「簡潔か」

アスルは意外な顔をする。

「ずいぶんしっかりと名乗った気がするが」

「まあいい。次は僕が名乗る」

そう言うと、キリーブは再びぐっと胸を張った。まるで大きな猫の前で小さな鼠が精いっぱい虚勢を張っているように見えた。

キリーブが口を開く。

「ガライ王国に名家は数あれど、真の伝統に裏打ちされた家系は数えるばかりしかない。ガライ建国に功あった忠臣に連なる家系こそが真に伝統ある貴族」

「何が始まっタ」

猿が歯を剥き出す。

「名乗りはどうしタ」

「黙って聞け」

キリーブは言った。

「審判といえども、名乗りや口上に口を出すことはできん」

「初めて聞いたゾ」

猿は低く唸った。

「そんな権限は認めン。だがまア、さっさとやレ」

「分かっている。いいところで邪魔をするな」

キリーブはそう言うと、気を取り直すように咳払いをした。

「マイクス、ラング、ザイデル」

キリーブは歌うように三つの名を口にする。

「偉大なるガライの初代国王、シーク建国王を支えた三人の盟友は、公王と呼ばれそれぞれの公国を作ったが、何もこの三公ばかりがシーク大王の偉業を支えたわけではない。統一戦争で常に最前線に立ったラクトリジ。卓越した魔術で王を補佐したジェスベル。王を幾たびも死地から救った剛勇無双のエグモやガルドナー。大王には何人もの忠臣がいた。そして我が先祖ハルムドもその一人だ」

「大変なことになっタ」

猿は吐き捨てた。

「この小僧、自分の先祖の話から始めたゾ」

「まあ、聞こう」

アスルは苦笑交じりに言う。

「認めてしまったものは仕方あるまい」

「ハルムドの功績は数限りないが、その中でも最も誉れ高く人口に膾炙したものが」

キリーブは語った。

先祖の功績。いかにしてガライの建国王シーク1世を支え、手柄を立て、貴族に取り立てられたのか。そしてガライ王国に領地をもらい受けたハルムドの子孫たちがいかに立派に正しくそこを治めてきたのか。

「セーキ河の氾濫が起きた年には」

言いながら、キリーブは腕を振り回す。

「時の当主ターゴは直ちに王都ガルエントルに救援物資を運び込ませた。その速さも量も、あらゆる貴族の中で群を抜いていた。ガライ王はそれを見て、やはりベアノルド家こそ王国一の忠臣と」

「動きがついてきたな」

治癒術で引き続き自分の腕を癒しながら、コルエンはにやりと笑う。

「キリーブが調子に乗ってきたぞ」

その傍らで、物音がした。ポロイスがゆっくりと上体を起こしていた。

「お、ポロイス。目が覚めたか」

「夢の中で歴史の授業を受けていた」

ポロイスはそう言って顔をしかめて首を振る。

「キリーブの声はよく響くな」

「ああ」

コルエンは頷く。

「大した奴だ。口が良く動くこと動くこと」

「勝負は、どうなった。僕は」

ポロイスはキリーブたちを見ながら、低い声でコルエンに尋ねる。

「勝ったのか。それとも」

「負けた」

コルエンは端的に答えた。

「後は剣を振り下ろすだけでお前の勝ちだったんだけどな」

「そうか」

ポロイスは息を吐く。

「負けたのか」

「ああ」

「まだ体が痺れている」

ポロイスはゆっくりと右腕を持ち上げて、その手を握る。

「勝ったと思った瞬間に目の前が真っ白になった。ここが今の僕の限界ということなのだろうな」

「お前らしい戦い方だったぜ」

慰めるでもなくさっぱりとした口調で、コルエンは言う。

「結果は、まあこういう勝負にはつきものだ。気にすんな」

「君は勝ったのか」

「このざまだけど、何とかな」

苦笑したコルエンは、血塗れの両腕をポロイスに見せる。ポロイスは自分も痛そうに顔をしかめると、すまない、と呟いた。

「僕も治癒術を使ってやりたいが、今は無理だ」

「分かってるよ」

コルエンは笑顔で頷く。

「自分のケツは自分で拭く」

「君が勝ったということは、一勝一敗か」

ポロイスは厳しい目でキリーブを見た。

「僕たち三人の命がキリーブに懸かってしまったのか」

「そういうことだ」

「大丈夫かな」

「さて」

コルエンはまた笑う。

「どうだろうな」

「僕たちが巻き込んだせいだな」

「巻き込んだのは俺たちじゃねえ。あのライヌルとかいうおっさんだ」

コルエンはそう言って、ポロイスを見た。

「後はもう任せるしかねえ。どうやって勝つ気か知らねえが、キリーブは勝つって言ってたぜ」

「そうか。キリーブが、勝つと」

ポロイスたちの耳にも、キリーブの名乗りが届く。

「キリーブ・ベアノルドだ!」

「おう。やっと終わった」

「うむ」

ポロイスは頷く。

「まだ名乗りだけだがな」

「キリーブ・ベアノルドだ!」

キリーブがそう叫んで剣をアスルに突き付け、その重さで少しよろけると、猿が呆れたように嘆息した。

「名乗りはそれで終わりだナ」

「うむ」

剣を下ろし、キリーブは満足そうに頷く。

「いい名乗りだった」

誰も言ってくれないので、そう自画自賛する。猿はそれに構わず、頭を掻いた。

「次ハ、ええト」

「口上」

「そウ、それダ」

猿は頷くと、アスルを見た。

「アスル。手早く済ませろ」

「口上といっても、何を言えばいいのか分からんが」

アスルもやや疲れた顔で頷く。

「そうだな」

そう言って、口上を述べる。

「術者の命を受け戦うことこそが、我が誇りにして存在意義だ。戦いが面白ければ、それに勝る喜びはない。面白き戦いをしようぞ」

「よシ」

猿は頷いて、キリーブを見た。

「次、お前」

「うむ」

キリーブは頷いた。

「我が敵、青のアスルよ。それでは僕が語って聞かせよう。なぜ僕がこの場に立ち、貴様とこうして雌雄を決せねばならぬのかを。それにはまずあそこにいる愚かな二人組について語らねばならぬし、その前提として今危険に晒されている可憐なウェンディ・バーハーブ嬢についても言及せねばなるまい」

「おイ」

猿が口を挟む。

「どれくらいかかるんダ、それハ」

「話してみなければ分からん」

猿があんぐりと口を開け、アスルが小さくため息を漏らした。

「ははは」

キリーブの口上を聞いて、コルエンが声を上げて笑った。

「学院入学の話から始めたぞ、キリーブのやつ」

「遠いな」

ポロイスが頷く。

「始める場所が遠い。それでも目的地までまっすぐ行ってくれればまだいいのだが」

「寄り道、道草はあいつの得意技だ」

コルエンはそう言うと、自分の腕を見た。

「さて、ゆっくり治すか。まだ大分かかるぜ」

ノルク魔法学院入学の喜びから始まり、紆余曲折の三年間。コルエンから受けた非道の行いや、ほとんど話したこともないがとにかく可憐なウェンディ・バーハーブ嬢のこと、ついでに最近食堂で夕食をともにしたレイラ・クーガン嬢の話まで、キリーブの話は留まることを知らなかった。

猿の背中がどんどん老人のように曲がっていく。

アスルは途中から目を閉じて、もはやキリーブの口上を聞いているのかいないのか分からなかった。

だから、「ゆえに僕は今ここに立っているのだ!」とキリーブが叫んだあとで口を閉じたときは、猿もアスルも同時にキリーブを見た。

「終わったカ」

猿が救われたような声を出す。

「ちゃんと聞いていなかったのか」

キリーブは顔をしかめた。

「僕が負けられぬ理由をまだ話していない」

その言葉に猿がまたがっくりと背中を曲げ、アスルが不機嫌そうに目を閉じる。

聴衆のそんな反応も一切意に介さず、キリーブは再び口を開く。

学院で学んできた誇り。ガライ貴族としての誇り。この卒業試験に向けた自分の努力。こんな邪魔をされたからといって、負けるわけにはいかぬということ。

個々にエピソードを交えつつ、さらにキリーブの口上は続いた。

「ゆえに僕は負けるわけにはいかぬのだ!」

キリーブがそう叫ぶと、猿が顔を上げた。

「終わったカ」

「まだ話し足りないが、まあこんなもので良かろう」

キリーブが頷くと、ようやくアスルも目を開けた。

「よシ。それでは剣を合わせテ」

猿が両腕を上げてそう言い、キリーブとアスルが剣を合わせる。

「それでハ、はじ……」

「待て待て」

キリーブが猿の言葉を遮る。

「剣を合わせたら、もうひと口上だろう」

「あア、そうだったカ、くソ。おのレ、ガライ式」

猿は苦々しい顔で頷く。

「アスル」

「うむ」

アスルはため息をついて、口を開いた。

「汝の頭と口の回転には敬意を表する。さて、剣の回転もそれくらい速ければよいのだが」

「お前の言う通りダ」

猿は頷いて、キリーブを見る。

「次、お前ダ」

「うむ」

キリーブは頷くと、口を開く。

「青のアスルよ。貴様は確かに強い。だが、僕には決して勝てぬ。なぜならば僕はノルク魔法学院第一の勇者であり、第一の知恵者だからだ」

キリーブは語る。自分がいかに勇気があり、賢いのかを。

アスルが険しい顔で目を閉じる。

猿が、はあ、とため息をついた。

だが、キリーブの舌は止まらない。

己の勇敢さ、聡明さを物語るエピソードを個別、具体的に、ところどころで脱線しながら語り続ける。

「僕が勇敢であることをもっと端的に示す逸話がある。あれは僕が初等部二年の夏のことだった」

「もういイ」

不意に、猿の声がキリーブの言葉を遮った。

「お喋りはそこまでダ。勝負始メ」

「ま、待て。まだ僕が」

慌てたキリーブの声。アスルが目を開いた。

「いざ」

アスルはそう一言だけ言うと、一気に踏み込んだ。

キリーブが剣を構える暇もなかった。

重い突きがキリーブの胸当てを捉えた。

ぐえ、という悲鳴を残して、キリーブの身体は遥か後方に吹っ飛び、ごろごろと地面を転がった後、ようやく止まった。

「それまデ」

猿が手を挙げた。

「勝者、キリーブ」

「なに」

意外な言葉に、アスルが猿を見る。

「我の聞き間違いか。パグフス、勝者は誰と」

「勝ったのハ、キリーブ」

猿は言った。

「聞き間違いじゃないゾ」

「意味が分からぬ」

アスルは首を振った。

「それも、ガライ式とやらの何かか。だが、勝負の内容に変更はないと」

「変更はなイ」

猿は答える。

「お前の反則負けダ、アスル」

「反則だと」

「審判が始めと言わないうちに相手に攻撃を仕掛けタ」

「ばかな」

アスルは目を見開いた。

「だが、汝は確かに、勝負始め、と」

「あれは俺じゃなイ」

猿は長い腕で、気絶して地面に横たわるキリーブを指差した。

「あいつが魔法で俺の声を真似タ」

その言葉に、アスルは息を呑む。

「お前はあいつにまんまと嵌められたんダ、アスル」

猿はそう言うと、腕を高々と掲げた。

「もう一度言うゾ。勝者、キリーブ」

その言葉に、歓声を上げながらコルエンとポロイスがキリーブに駆け寄った。