軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

灰色

イルミスの腕がライヌルの胸ぐらを掴む。その痩せぎすの腕からは想像もつかない、強い力。

ローブを翻して姿を現したイルミスの怒りに満ちた表情に、生徒たちは言葉を失う。

強く引っ張られたライヌルは一瞬苦しそうな顔をしたが、すぐに笑みを浮かべてイルミスの手に自分の手をかけた。

「離したまえ」

そう言うと、乱暴にイルミスの手を振りほどく。

「本当に、君はいつも一番いいところで邪魔をしに出てくる」

ライヌルの灰色のローブが翻る。睨み合う、二人の灰色ローブの魔術師。

「驚いたよ」

険しい顔で何も言わないイルミスに、ライヌルはそう言うと右手に持った筒を見せて微笑んでみせる。

「まさか、“ロデ夫人の魔鏡”で作った異空間に飛び込んでくるとはな。しかも、この穴の開け方」

ライヌルがそう口にする傍から、イルミスの入ってきた穴は小さくなり、元の何もない空間に戻っていく。

「魔法具を構成する術式の穴を衝いたな。即興でこれだけの演算をしてのけたというのか、君は」

その口調には、素直な称賛の響きがあった。

「予想できなかったよ。さすがは我が友、イルミス」

「言ったはずだ」

イルミスは低い声で言った。

「私の生徒に手を出すな、と」

その身体に魔力が渦巻く。

普段のイルミスが決して見せることのない、攻撃的な魔力のうねり。その大きさに、アルマークは息を呑んだ。

前回、魔術祭でライヌルと対峙した時のイルミスの魔力とは全く別物のようだった。

あの時のイルミスはごく小さな魔力を集中してライヌルの偽物を撃退してみせた。

魔力の多寡は絶対的な物差しではない、とアルマークとウェンディを諭しもした。

だが今、そのイルミスの身体にみなぎる魔力の大きさは、あの日のライヌルをはるかに凌駕していた。

イルミス先生は、本気だ。

その強い意志が、アルマークにもはっきりと分かった。

「君に来られると、いろいろと計画が狂うのだがね」

ライヌルは胸ぐらを掴まれたせいで乱れたローブを整えながら言った。

「帰ってくれと言っても、おとなしく帰ってはくれないのだろうな」

「この異空間を閉じて生徒を解放しろ、ライヌル」

イルミスは言った。

「今すぐだ」

「それはできない相談だ、イルミス」

ライヌルは両手を広げた。

「いくら君の頼みでも聞けないね。それに、ほら」

そう言って、周囲でゆらめく魔影を示す。

「もう試験は始まってしまった。試験に関係のない人間は引っ込んでいてもらおうか」

「戯言に付き合う気はない」

イルミスの目が険しさを増した。

「生徒を解放して、腕輪をはずせ。ウェンディを傷つけることは許さん」

「やれやれ」

ライヌルは大げさに肩をすくめてみせた。

「まあ君のことだ。こうなるような気はしていた。だが来てしまったものは仕方ない」

そう言うと、ゆっくりとイルミスから間合いを取る。

「言ったはずだぞ。イルミス」

その表情に、先ほどまでは隠されていた邪悪なものがちらりと覗いた。

「次に会うときは殺し合いだ、本気でやろう、と」

その身体に凶悪な魔力が渦巻く。

「うおっ」

思わずネルソンが声を出すほどの、魔力。

以前アルマークたちと出会ったときよりもさらに大きい。

やはりイルミスに匹敵するほどのものだった。

「望むところだ」

まるで臆する様子もなく、イルミスは答えた。

「私の生徒に手は出させん。来い、ライヌル」

そう言って、ぐい、と突き出した杖に凄まじい力が凝縮されていく。

それを見たライヌルが不意に、くく、と低く笑った。

イルミスが眉をひそめると、ライヌルは、ああ失礼、と左手を上げる。

「君ほどの男でも、怒りが目を曇らせるのかと思ってね」

ライヌルは邪悪な表情を緩めて薄く笑った。

「ここでやりあえば、君の可愛い生徒が何人巻き添えになることか。私は一向に構わんがね」

そう言って、周囲に立つ生徒たちを見た。

確かにライヌルの言う通りだった。

ここでこの巨大な二つの魔力がぶつかり合えば、どうなるか分からない。

生徒たちも無事では済まないだろう。

何よりも、ライヌルの背後に横たえられているウェンディは自分の身を守ることすらできない。

イルミスの目に一瞬の逡巡を見てとったライヌルは笑ってみせる。

「大丈夫だよ、イルミス。私だって野暮なことはしないさ」

そう言うと、筒を持った右手を掲げた。

「“ロデ夫人の大樹の庭園”」

その声に呼応するように、地響きがした。

と、地中からめきめきと音を立てて、何かがせり上がってくる。

「樹だ」

目を丸くしたモーゲンが叫んだ。

「樹が生えてきた」

その言葉通り、地中からすごい勢いでせり上がってくるのは、見たこともないほど太い幹を持つ大樹だった。巻き添えになった魔影が二匹、霧のように消し飛ぶ。

「くそ」

ネルソンが叫んだ。

「異空間だからって好き勝手やりやがって」

やがて、天を衝くほどの高さまで伸びた大樹は、空を覆わんばかりに枝葉を広げたところで成長を止めた。

呆然と見上げる生徒たちを満足そうに見やり、ライヌルは頭上に広がる枝葉を指差した。

「この樹の上は庭園になっている」

ライヌルが言うと、樹の上から音もなく階段が下りてきた。階段は幹の周囲をぐるぐると回りながら上へと伸びている。

「上でやろう、イルミス」

ライヌルは言った。

「思う存分、命の奪い合いを」

厳しい表情で自分を見つめるイルミスにもう一度笑顔を向けると、ライヌルは生徒たちを見た。

「諸君、試験はもう始まっているよ」

そう言うと、九つの石の飛び去った方向をぐるりと手で示す。

「ウェンディお嬢様の命の刻限は変わらない。さあ、急ぎたまえ」

「そんな真似は許さん」

イルミスがライヌルの言葉を遮った。

「ライヌル。お前を倒して腕輪も止める」

それから、イルミスは生徒たちを振り返った。

「この男は私が止める。君たちは自分と仲間の命を守る行動を」

そう呼びかけ、生徒たちの表情を見た。

「恐れることはない。少しの辛抱だ」

「先生」

叫んだのはアルマークだった。

「僕は戦います」

アルマークはライヌルの足元に横たわるウェンディを見た。

「ウェンディを助けるために、石を集めます」

「アルマーク。気持ちは分かるが、戦いに乗れば、みすみすこの男の術中にはまることに」

アルマークにそう言いかけたイルミスは、他の生徒たちが自分を見つめる表情に気付いた。

「君たちもか」

イルミスは目を見開いた。

「アルマークだけでなく、君たちも同じ気持ちなのか」

「ウェンディを助けたいんです」

ノリシュが言った。

「ただ待っているだけは、いやです」

「俺たちはやれることをやります」

そう叫んだのはネルソンだった。

「先生は、俺たちの心配はせずにそいつをぶっ倒してきてください」

その言葉に、バイヤーやピルマンたち、クラン島で苦杯をなめた生徒たちが頷く。

「学院長室で話した通りです、イルミス先生」

彼らを代表してウォリスが言った。

「僕たちは逃げない。先生に保護されるまでただ待つことも選ばない。これは僕たちの戦いでもあるのだから」

ウォリスはイルミスを見た。

「僕らは戦います。自分たちの意思で」

その言葉に、2組の生徒たちが頷く。

「同級生の危機であれば、団結して戦うべきでしょう」

そう言ったのは、アインだった。

「先生。その男の退治はお任せします。僕らは僕らで、仲間を救う最善の方法を考えます」

「アインがそう言うなら、絶対方法は見付かるってことだ」

場違いな明るい声が響いた。アインが顔をしかめる。

声の主はフィッケだった。

「アインが考えて、見付からなかった試しがねえもの」

そう言ってフィッケは、なぜか自分が得意そうに胸を張る。

「そういうことなら、従うしかないぜ。なあ、フレイン」

呼びかけられたフレインが肩をすくめて頷く。

「まあな」

「そうだろ、カラー」

「ええ、そうね。アインにはしっかり頑張ってもらわないと」

カラーもそう言って頷いた。

「少なくとも、私はここでウェンディが冷たくなっていくのをじっと見守るだけなんて、まっぴらごめんだからね」

「俺たち3組も戦いますよ、先生」

ルクスが言った。

「これは俺たちノルク魔法学院の生徒への挑戦なんですよね。3組の連中はびびって震えてたなんて後で言われるのは癪だ」

「いいこと言うぜ、ルクス」

武闘派の3組らしい意見に、コルエンが嬉しそうに言った。

「お前がクラス委員で良かった」

「初めてそんなことを言われた気がするぜ」

ルクスは苦笑する。

「私はずっとそう思っているわよ」

ロズフィリアがそう口を挟むと、ルクスは渋い顔をした。

イルミスは厳しい表情のまま、生徒たちの顔を見まわした。その表情が、一瞬どうしようもない葛藤で歪みそうになる。

だがそれでもイルミスは教師の顔を崩さなかった。

「分かった」

イルミスは頷いた。

「君たちを信じよう。君たちのこの学院での三年間を。それは決して闇の罠などに屈するものではないと」

「はい」

アルマークが返事をする。

「生徒との別れはその辺でいいかね」

白けたような声。

無論、その声の主は闇の魔術師ライヌルだった。

「いつまでもそんなことをやっていると、ウェンディお嬢様のためにもならないぞ。時間は有限、魔術師は果断なれ」

そう言ってから、ライヌルは気を取り直したようにアルマークに顔を向けた。

「アルマーク君」

穏やかな笑顔。

「九つの石が集まったら、この階段を上ってきたまえ」

そう言うと、ライヌルは身を翻した。

「さあ来たまえ、イルミス。雌雄を決しようじゃないか」

それから、ふと思い出したようにイルミスを肩越しに振り返る。

「そういえばさっき君は、私を倒すと言ったね」

「ああ」

イルミスが肯定すると、ライヌルは低く笑った。

「そういうところだ、イルミス。それが甘いんだ」

片眉を上げたイルミスを一瞥し、ライヌルは言った。

「殺す、と言うんだ。そういうときは」

階段を上り始めたライヌルの背中を睨むと、イルミスは最後に生徒を振り返った。

「よく聞きなさい」

イルミスは言った。

「全員が、無事で!」

今まで授業でも聞いたことのない、大きな声。まるでこの異空間全てに響き渡るような。

「はい!」

生徒たちが返事をするのを見届けると、イルミスは頷き、身を翻す。

先生も、どうか無事で。

アルマークは、ライヌルを追って階段を上っていくイルミスの背中に祈る。

二つの灰色のローブは、じきに樹の陰に消えた。

「……ウェンディ!」

まずアルマーク、それに少し遅れてモーゲンとノリシュたち女子数人が、横たわるウェンディに駆け寄る。

「……さあ、石の魔術師と戦う人間を決めるぞ」

そう言ってウォリスが仲間を振り返った。その口元が好戦的に歪む。

「アイン。ルクス。来い、作戦会議だ」