軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

戦士

良い馬だ。

ただ一騎駆け寄ってくる戦士を見て、ギルフィンは舌打ちした。

恐れを知らず、そして速い。

それもあの馬上の男との信頼があってこそだろう。

部下も、魔法も、こいつを止めることはできない。

一流の傭兵団には、必ず一人か二人紛れ込んでいるのだ。

こういう、規格外れの男が。

「グナ・エレ」

ギルフィンは後ろに控える巨漢に声をかけた。

「少し早いが、出番だ」

「承知」

褐色の肌の巨漢が、戦斧を手に、ずい、と前に出た。

「狼の首を獲るときまでお前は隠しておきたかったのだが、やむを得ん」

ギルフィンは腕を振った。

「行け」

返事の代わりに、グナ・エレの馬が駆けだした。

身にまとう雰囲気がまるで違う。

その肉体の秘める圧倒的な力、とでも言おうか。

冬の太陽の光を浴びて輝く褐色の肌が、その異様な迫力をいや増していた。

グナ・エレは矢のように真一文字にレイズに向かっていく。

“マビリオの単騎駆け”も“影の牙”も、いかなる武名もこの男を恐れさせることはできない。それがたとえ“剣の王”だろうが、“蛇の王”だろうが。

だが、レイズも速度を緩めることはない。

あくまで狙いはギルフィンに据えたまま、突っ込んでくる。

甘く見たな、グナ・エレを。

ギルフィンは思った。

その男を、ほかの戦士と一緒にするなよ。

死ね。“影の牙”。

ギルフィンがグナ・エレに出会ったのは、魔道部隊の名が北に広まり始め、彼が雇い入れた“百陣”のマハドの堅実な指揮により、傭兵団が順調に拡大している頃だった。

「一人、強力な戦士が欲しいですな」

駐屯していた街の拠点としている酒場で。

酒を飲んでも決して乱れるということのないマハドが、冷静に言った。

「団長もお気づきでしょう。強い傭兵団には、必ず一人や二人」

「ふん」

ギルフィンは面白くなさそうに鼻を鳴らした。

だが、ギルフィンとて認めないわけにはいかなかった。

マハドが部隊を指揮し、ギルフィンが魔術を駆使する。

ギルフィンの傭兵団と戦う相手は大抵がそれで屈してしまうのだが、中には、いるのだ。

周到に準備したこちらの戦術や魔術を、単純な個人の武勇だけで覆してしまうような、超人的な傭兵が。

それは戦乱の続くこの北の地で自然発生的に生まれた徒花なのかもしれなかった。

少なくともギルフィンは青春時代を過ごした南の地で、そんな男を一人として見たことはなかった。

「部隊の指揮は貴様ができるだろう、マハド」

ギルフィンは言った。

「戦況は俺が決定づける。だから」

そう言って、マハドを見る。

「強くさえあればいい。俺の命令に従う、忠実な戦士であれば」

「そうですな」

マハドが思案顔で頷いた時だった。

「おい、てめえ」

酒場の隅で怒声が上がった。

「ここは俺たちギルフィン魔道傭兵団が使ってるんだ」

振り返ると、部下の傭兵が三人で、テーブルに座った一人の男を取り囲んでいるところだった。

「てめえも傭兵なら分かるだろう。うちの団長たちは大事な話をしてるところだ。さっさと出ていきな」

「事情の分からん人間が入ってきたようですな」

マハドがそう言って肩をすくめる。

「よくあることです」

「いや」

ギルフィンは首を振った。

「よく見ろ」

「え?」

マハドは振り返って、目を見開く。

ギルフィンの部下たちに挑発されて立ち上がったその男が、天を衝くような体躯の持ち主だったからだ。

褐色の肌を持つその男は、低い声で言った。

「ここは、酒場だろう」

発音に少し不自然さがあった。

「俺は、客だ」

「なんだと?」

傭兵たちが肩を怒らせる。

「話の通じねえ野郎だな」

「この大陸の人間ではないな」

ギルフィンはマハドに言った。

「ミュリエル諸島の人間かもしれませんな」

マハドが答える。

「あの島々では、我々とは別の言葉が使われていると聞きます」

「ふむ」

そうこうしているうちに、傭兵たちが三人がかりで男を酒場の外に連れ出そうとし始めた。

だが、男の身体はびくとも動かない。

「てめえ、この野郎」

焦れた傭兵の一人が剣を抜いた。

その瞬間、男が腕を伸ばした。

肉食獣のような機敏な動きだった。

男は傭兵の首を掴むと片手で軽々と持ち上げた。

「か、かはっ」

傭兵が喘ぐ。

「おお」

ギルフィンは目を見張った。

「あの男、面白いな」

「さて」

マハドは首をひねる。

「力だけは強そうですが」

それに応えるように、ギルフィンは立ち上がり、男に向けて杖を振った。

その瞬間、男の身体に光の網が絡みついた。

「む」

顔をしかめて、男は傭兵を床に落とした。

仲間が駆け寄ると、その傭兵はすでに首の骨を折られて絶命していた。

「ギルフィン魔道傭兵団の団長のギルフィンだ」

そう言いながら、ギルフィンは男に歩み寄った。

「ずいぶんいい身体をしているな」

男は答えず、光の網の中で身をよじった。

「無駄だ」

ギルフィンは薄く笑って首を振る。

「その網は私の魔力で編まれている。いくら貴様の力が強かろうが」

そこまで言いかけて、ギルフィンは眉をひそめた。

網が、きしんでいた。

男の腕の筋肉が、先ほど傭兵を持ち上げていた時の二倍ほどまで膨らんでいた。

「無駄だと言っているだろう」

そう言った後で、ギルフィンは自分の目を疑った。

光の網が、引きちぎられていく。

「ぐうう」

獣のような唸り声をあげて、男は己の肉体の自由を取り戻した。

そこまでの怪力は、ギルフィンも見たことがなかった。手練れの傭兵に網をかわされたことこそあれ、自分の力で魔法の網を引きちぎる男など。

見付けた。

ギルフィンは思った。

規格外の男を。

「見事だ」

ギルフィンは言った。

「名は、なんという」

「グナ・エレ」

男はやはり聞き慣れない名を名乗った。

「グナ・エレか」

ギルフィンは頷く。

「俺の部下になれ」

ものも言わず、グナ・エレはギルフィンに殴りかかった。

だが、次の瞬間、雷に打たれたように身体を硬直させた。

「あまり頭が良くないのも、いいな」

仕込んでいた魔法でその動きを封じたギルフィンは、グナ・エレに歩み寄ると、手にした杖でその額を軽く突く。

グナ・エレの身体は、糸の切れた操り人形のように倒れた。

「マハド。この男を使う」

「分かりました」

マハドは、ギルフィンの満足そうな笑みに頷いた。

目が覚めると、グナ・エレは別人のように、ギルフィンに対して従順になっていた。

ギルフィンは知っていた。

ミュリエル諸島の戦士たちは、北の人間以上に個人の武勇を貴ぶということを。

だから、この男を心服させるためには魔法ではなく、自分の武器で直接打ちのめす必要があった。

それで、最後にわざわざ杖で額を突いてみせたのだ。

経緯はどうあれ、自分を倒したギルフィンに対して、グナ・エレは忠誠を誓った。

ギルフィン以外には、マハドの命令さえ聞こうとはしなかったが、それもまたよかった。

ギルフィンはグナ・エレを常にそばに置いた。

戦場でも、グナ・エレの力は圧倒的だった。

兵を率いることなど望むべくもなかったが、褐色の肌の超戦士は単身で敵陣に飛び込み、名のあるエース級の傭兵でも苦も無く討ち取ってみせた。

ギルフィンを護る懐刀にして、最強の飛び道具。

それが、グナ・エレだった。

グナ・エレが斧を振りかざし、レイズ目がけて一直線に駆ける。

レイズも全く速度を緩めなかった。

だが、ギルフィンの目から見ても、二人の体格差は圧倒的だった。

まるで、子供と大人。

歴戦の傭兵の身体も、その褐色の芸術のような肉体の前にはみすぼらしく見えた。

「マハド、貴様が直接部隊の指揮を取れ」

ギルフィンは言った。

「ジェルスの本隊を押さえ込め。あいつはグナ・エレに任せる」

「はっ」

頷いたマハドが前方の自軍に駆け込んでいく。

“黒狼”ジェルスの率いる黒い騎兵の群れも自軍に迫っていた。

だが、マハドがそれをある程度押さえ込めば、あとは魔法でけりをつける。

ギルフィンは己の魔力に集中しようとした。

その時。

ばん、と大きな音がした。

ギルフィンはそちらを見る。

だが、自分の見たものの意味を理解するのに少し時間がかかった。

最初に飛び込んできたのは、先ほどまでと変わらずこちらに駆け寄ってくる黒い騎兵の姿。

そして、その背後で馬から横倒しに倒れようとしている、首のない褐色の巨漢の姿。

「ばかな」

この日初めて、ギルフィンは狼狽した。

全身の血が逆流するような感覚。

「ありえん」

たった一合で。

斧と剣を打ち合わせることすらできずに。

討たれたというのか。

あの、グナ・エレが。

猛然と突進してくるレイズの表情はまるで変わらない。強敵を相手にしたという緊張の余韻すら、まるで感じさせない。

もはや、その馬の息遣いまでもがはっきりと聞こえた。

戦場の恐怖がギルフィンの身体を襲う。

初めて感じる、原初の恐怖。

「化け物め」

ギルフィンは叫んだ。