軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

人馬

先陣を切るゲイザックの長柄斧が唸りを上げ、易々と敵陣を切り裂いていく。

「モルガルド、急ごうぜ」

第二陣を率いるモルガルドの背後でガルバが焦りの声を上げた。

「親父に全部持ってかれちまう」

「黙ってついて来い」

モルガルドは振り向きもせずに答えた。

「速度を上げる。無駄口をきいていると舌を噛むぞ」

その言葉と同時に、モルガルドの馬がぐん、と前に出る。

「分かってるじゃねえかよ、モルガルド」

精悍な笑顔を浮かべてガルバもモルガルドの後に続いた。

部隊が速度を上げ、ガルバたちの前方に敵軍の姿が迫る。

その時だった。

「ギルフィンが動くぞ」

ガルバの後方につけていたガドルが声を上げた。

「気を付けろ、でかい魔法を使ってくるぞ」

「散開」

直ちにモルガルドが左手を上げて叫ぶ。

「狙いを散らせ」

騎兵たちがその指示と同時に戦列を崩して左右に広がっていく。

ガルバは斜め前方に駆け始めたモルガルドの後ろに、あくまでぴたりとつけていた。

魔術師の使う魔法は大体たかが知れている。

炎か氷か。せいぜいそのあたりだ。

魔術師の親玉であるギルフィンが使うのだから、多少は大きい炎が上がるかもしれないが、それをやり過ごして一気にその懐に飛び込めば、あとはこちらの好きなようにできる。

北の戦場にその名が知れた“戦況を変える者”ギルフィンの首をこの手で獲ることができるかもしれない。

ガルバの胸は躍った。

「5番」

突然、敵の傭兵の中からそんな声がした。

「いかん」

モルガルドの声。

次の瞬間にはもう、ガルバは視界を失っていた。

何が起きたのか分からなかった。

いきなり目の前が真っ白になった。

馬が狂ったように暴れ、ガルバはそれに必死にしがみつく。

「モルガルド!」

叫ぶが返事はなかった。そこかしこで馬のいななきと仲間たちの叫び声が聞こえた。

逆に、敵の声は全く聞こえない。

不自然なまでの静けさ。

それがガルバの恐怖を加速させた。

どうなってやがる。

振り落とされないように馬にしがみついたまま、ガルバは長柄斧を振り回した。

斧は何にも当たらずに空を切ったが、それでもガルバは斧を振り回す。

戦場のど真ん中でいきなり視界を奪われること。

それがこんなにも恐ろしいことだとは。

「3番」

「3番だ!」

また敵の声がした。

今度は何だ。

腹の底が冷えるような恐怖。

それと同時に激しい衝撃波に打ち据えられ、ガルバは馬から放り出された。

「がはっ」

地面に叩きつけられて、呼吸が止まる。

周囲で慌ただしい足音がした。

起きねえとやられる。

ガルバは痛みをこらえて立ち上がると、長柄斧を振り回した。

「うわあああ」

自然と声が出た。

何も見えない。

こんなところで、俺は死ぬのか。

何も為さないままで。

その瞬間、頬を思い切り張り飛ばされた。

その衝撃で一瞬微かに戻った視界が、見覚えのあるその輪郭を捉えた。

「ガドル」

「だから嫌なんだ、ガキを戦場に連れてくるのは」

吐き捨てるようなガドルの声が、すぐ近くで聞こえた。

「情けねえ声出してんじゃねえ。てめえも戦士だろうが」

その言葉に、ガルバはようやく自分を取り戻す。

「アルマークの方がよっぽどましだったぜ」

ガドルは言った。

「あのガキは“陸の鮫”に胸をぶっ刺されても、うめき声一つ漏らさなかったからな」

戦場の中心に炸裂した極大の光は、黒狼騎兵団の戦士たちの視界を一瞬で奪い去った。

人間だけではない。彼らの乗馬も視界を奪われ、狂ったように駆け回るか途方に暮れたように立ち止まってしまった。

「よし、今だ」

そう言いかけたマハドをギルフィンが制する。

「まだだ」

ギルフィンの身体の中に次なる魔法のための魔力がすでに練りあがっていた。

「3番だ」

「はっ」

マハドが声を張り上げる。

「3番!」

それに部隊長たちが呼応する。

「3番!」

ギルフィンは杖を掲げた。

ギルフィンの部下たちが身をかがめる。

棒立ちになった騎兵たちは、彼の魔法の格好の的だった。

再び戦場を圧するような光の束が、ギルフィンの杖から放たれた。だが今度は先ほどと違い、その光は衝撃波を伴っていた。

騎兵たちは衝撃に薙ぎ払われるように吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

二つの巨大な魔法が猛威を振るった後、戦場の様相は先ほどまでと一変していた。

地面に倒れ、もがく黒狼騎兵団の傭兵たちを前に、冷静に陣形を整えるギルフィン魔道傭兵団の歩兵たち。

戦況は完全に逆転していた。

「よし」

冬だというのに、ギルフィンの全身は一瞬で汗だくになっていた。

戦場全体の動きを左右するほどの魔法を連続で使えるのは、ギルフィンの才能と努力あってこそだ。

「刈り取れ、マハド」

ギルフィンは喘ぐように言った。

「はっ」

頷いたマハドが部下に指示を飛ばす。

歩兵たちが一斉に無力化された騎兵たちに襲い掛かった。

普通の傭兵団が相手ならば、ここからは戦意を失った相手を一方的になぶり殺す、戦いとも呼べない戦いとなるはずだった。

だが、今日の相手は少し違った。

視界を奪われ、地面に引き倒されても、戦意を失わず立ち向かってくる戦士がまだ残っていた。中には明らかにギルフィンの魔法をかいくぐったのであろう動きを見せる者も数人いた。

「まだ戦おうとするか」

ギルフィンは口元を緩める。

「さすがは一流といったところか」

だが、いくら少数が踏ん張ったところで、動ける数はギルフィン魔道傭兵団の歩兵たちが圧倒的だった。

抵抗を続ける黒狼騎兵団の戦士たちに、ギルフィン魔道傭兵団の戦士たちが群がっていく。

「さあ、仕上げろ」

ギルフィンは目の前の殺戮に目を細めた。

これが俺の力。

俺はこの力で、戦場を支配する。

「団長」

マハドの鋭い声に、ギルフィンは振り向いた。

マハドは戦場の先を指差していた。

「あれを」

「む」

ギルフィンは目を見開いた。

そこに、無傷の騎兵の一軍が残っていた。

それは、黒狼騎兵団の本隊。

そして、それを率いる黒髪の戦士は。

「“黒狼”ジェルス」

ギルフィンは狂暴な笑顔を見せた。

「こずるい狼だ。魔法の巻き添えを喰らわんようにあんなに離れて待っていやがったか」

ギルフィンの感覚では、敵の後陣までを全て魔法に巻き込んだはずだった。

だが、ジェルスは第二陣までを先行させて、自分の率いる本隊は途中で動きを止めて温存していた。

ギルフィンが強大な魔法を振るってくるのは、予想通りだったということだ。

「だが、少し離れすぎたな」

ギルフィンは杖を構えた。

「マハド。無力化した先陣はもうどうとでもなる。放っておけ。本隊に備えろ」

その言葉が終わらないうちに、ジェルス率いる本隊がギルフィンたちに向けて突撃を開始した。その速度は先ほどの先陣部隊に勝るとも劣らない。

だが、ギルフィンたちに到達するにはまだ遠い。

魔力を練り直す時間は十分にある。

「敵の本隊が来るぞ。戦列を整えろ」

マハドが声を張り上げ、陣形を組み直す。

「引き付けておけ」

ギルフィンは叫んだ。

「魔道隊は、前線四枚の後ろに」

お前らは時間を稼げ。

その間に、魔力を練る。

「団長、あれを」

珍しく慌てたマハドの声。

ギルフィンは彼の指さす方を見た。

ギルフィンたちの側面に、突如騎馬の一隊が現れていた。

「どこにいた」

ギルフィンは眉をひそめる。

この別動隊は、すでにジェルスの本隊よりも遥かにギルフィンたちに近い場所にいた。

どう巧妙に姿を隠していたものか、いつの間にか驚くほどに接近を許していたことにギルフィンも驚く。

「ちっ」

真一文字に突っ込んでくるその黒鎧の騎兵たちを見て、ギルフィンは舌打ちした。

近い。そして速い。

まだ魔力が練り終わらない。

「マハド。部隊を当てろ。足を止めろ」

ギルフィンがそう指示した時には、歴戦のマハドはすでに手近の一隊をその別動隊に差し向けていた。

少しの時間でいい。

ギルフィンは集中する。

敵を少しの間、足止めしさえすれば、そこに魔法を叩きこめる。

だが、別動隊を率いる先頭の戦士は敵が向かってくるのを見ても速度をまるで落とすことなく、ただ一騎で先頭に立ったまま、マハドの差し向けた部隊に突っ込んだ。

一瞬だった。

鮮血が舞うよりも速く、まるで障害など何もなかったかのようにその戦士は駆け抜けた。

その後ろで、歩兵たちが声も上げずに崩れ落ちていく。

「むっ」

ギルフィンは目を見張った。

「あれは、他とは別物だぞ」

「あの男は」

マハドが声を上げる。

「ここにいたか。“マビリオの単騎駆け”」

その異名は、ギルフィンも耳にしたことがあった。

伝説に近い武名を誇る戦士。確か、その名は。

戦士はギルフィン目がけてまっしぐらに突っ込んでくる。

差し向けた一隊は足止めにもならなかった。

戦士の後ろから別動隊の騎兵たちが続々と続いてくる。

やむを得ん。

ギルフィンは杖をかざした。

先ほどのような強力な魔法を使うには、魔力を練る時間が足りなかった。

だが大きな魔法を使うばかりが能ではない。

戦場で役立つ魔法など、無数にある。

これでも、見ていろ。

ギルフィンの背後に、突如巨大な龍が出現した。

うわあっ、と悲鳴に近い声があちこちで上がる。

龍は、大人もまるごと吞み込めそうな口を開くと、迫ってくる別動隊に向けて炎を吐きかけた。

炎は容赦なく、ギルフィンに迫ってくる戦士たちを飲み込んでいく。

それは、幻術だった。

龍も、炎も、ギルフィンの作り出した実態を持たない幻。

だが、実物と見紛う精緻な龍の恐ろしい迫力に、馬は恐怖のあまり地面に倒れ、戦士たちはまるで自らが本当に炎に焼かれでもしたかのようにもがいた。

「おお」

マハドが声を上げる。

「見事」

だが、ギルフィンはそれに答えなかった。

龍の炎の中から何事もなかったかのように一騎の戦士が飛び出してきたからだ。

人馬一体。

戦士も馬も、まるで恐れの色を見せていなかった。

“影の牙”。

ギルフィンはようやくその男の名を思い出した。

そうか。あれが“影の牙”レイズか。