軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ギルフィン

「団長」

黒い鎧の傭兵が、馬上のローブの男に駆け寄った。

「黒狼騎兵団が動きました」

「そうか」

ローブの男は頷く。

「こちらの挑発に堪えきれなくなった、というところか。マハド」

「そのようですな」

隣に控える、マハドと呼ばれた黒鎧の戦士が腕を伸ばして、周囲を固める部下に指示を出す。

「陣形を深く取れ。引き込んで叩き潰す」

頷いた部下たちがそれぞれの部隊へと散っていく中、ローブの男は背後を振り返った。

「狼の首を取るのは、お前の役目だぞ。グナ・エレ」

彼の背後に控えた褐色の肌の巨漢が頷く。

「承知」

グナ・エレの返答に、口を歪めて笑ったこのローブの男こそ、ギルフィン魔道傭兵団を率いる“戦況を変える者”ギルフィンその人だった。

ギルフィンは、北のとある王国の将軍の息子として生まれた。

北の一般的な人間と比べれば、遥かに裕福な暮らしをしていたが、それでも物心つくころには、母国はほかの多くの国同様、戦火の中にあった。

魔法の才能を見出されたギルフィンに父は、南の進んだ魔法を持ち帰ってこい、と告げた。

南の魔法で、この国の軍を強大にせよ、と。

ギルフィンは、旅慣れた屈強の家来たちに守られて、9歳で南の地、ノルク魔法学院へと渡った。

南での豊かな暮らしはギルフィンの目にも新鮮に映ったが、それでも北へ魔法を持ち帰るという気持ちは揺らがなかった。

学院の授業で魔法を習うと、彼がまず考えることはそれが戦場で役に立つかどうかだった。

どんな魔法であっても一緒だった。彼の頭の中には常に北の戦場があり、覚えたての魔法を戦場で行使するアイディアが次々と沸いた。

逆に、この魔法は不要だと考えれば躊躇なく切り捨てた。

そのせいで学院での成績は良くなかったが、ギルフィンは意に介さなかった。

成績優秀であれば、南や中原の各国から招聘の声がかかる可能性も高まった。だが、彼の求めるものは成績とは関係なかった。

南の人間とは最後まで馴染めなかった。会えば軽口を言い合う程度の表面上の友人は何人かいたが、彼らと心から打ち解けることはなかった。

それで構わなかった。

俺は北に帰る。こいつらとの関係など、この場限りだ。

いつも心の中ではそう思っていた。孤独、という言葉は彼にとって負の意味を持たなかった。

ギルフィンが欲しいのは、南の魔法だけだった。心に北の風が吹いてもいない、生ぬるい連中などに端から興味はなかった。

中等部卒業時には、それでも高等部に入るだけの成績は確保していたが、ギルフィンはもはや学院に未練はなかった。自分のはやる心を抑えきれなかった。

魔法を戦場で行使するために、彼は迷うことなく北に帰った。

だが、北の過酷さはそこで生まれ育った彼でさえも驚かせるものだった。

彼が不在だったわずか数年の間に、母国は滅んでいたのだ。

父も母も、家族も、国と運命を共にしていた。

彼は天涯孤独の身となり、そして彼の魔法は行き場を失った。

半年近くの虚しい放浪を経て、彼は突如とある小さな傭兵団に姿を現した。

団長の男は、ギルフィンの細い体つきを見て、嘲笑った。

何だ、お前。魔術師か。

魔術師など、剣を持つことのできない臆病者がなるものだという認識は、北の男たちの間で、その頃も今も変わってはいない。

団長は手で彼を追い払う仕草をしてみせた。

いらねえよ、うちにそんな臆病者は。

だが、その言葉を言い終わるか終わらぬかのうちに、団長の身体は切り刻まれた八つの肉塊と化していた。

今日から俺が団長だ。

呆然とする傭兵たちに、表情一つ変えず、ギルフィンは言った。

安心しろ。俺は北のあらゆる傭兵よりも強い。

“死の灰の術師”グルダーの壮絶な戦死後、鳴り物入りで北の戦場に姿を見せた魔術師は何人もいた。中には学院の卒業生もいたが、誰も彼も長続きはしなかった。

戦場の厳しさ、北の環境の過酷さ。

そういうものに彼らは耐えられなかった。

しかし、ギルフィンは違った。

彼は北の過酷さを知っていた。

戦場での生き方を知っていた。

傭兵団を乗っ取った最初の戦場で彼は自ら先頭に立って突撃し、配下の傭兵たちの持つ魔術師に対する既成概念を打ち壊すと、その両手から繰り出される強大な魔法で敵陣をズタズタに切り裂いた。

たちまち、彼のもとには傭兵たちが集まった。

国が滅びたのなら、自分が国を作ればいい。

帰る場所を失い、絶望とともにあてどもなく放浪しながら、ギルフィンはそう考えていたのだった。

それにはまず、傭兵団を作ることが手っ取り早かった。

自らの傭兵団を手に入れたギルフィンは、右腕として堅実な実戦指揮官である“百陣”のマハドを雇い入れると、意識して大きな戦に参加し続けた。

部隊の指揮はマハドに任せ、ギルフィン自身は部隊の後方に控えていた。そして、ここぞというときに前に出ると、強大な魔法を行使した。

効果は覿面だった。

彼の魔法の一撃で戦況が変わることもしばしばあった。

ギルフィン魔道傭兵団と名を変えた彼の傭兵団と“戦況を変える者”ギルフィンの名が北で轟くようになるまでそう時間はかからなかった。

ギルフィンの興味が、魔法によって名を挙げて自らの国を作ることから、魔法そのものに移ったのはいつのことだろうか。

戦場で強大な魔法を行使し、敵を打ち破るうちに、ギルフィンは気付いていた。

自らの魔法によって他者を蹂躙することの快感。それが、何物にも代えがたいほどに自分の中で膨らんでいることに。

それとともに思い出したことがあった。

学院で授業を受けながら、この魔法をどう使ってやろうかと考えていた時の無邪気な歓び。

あれこそが自分であった、と。

もっと強大な魔法を使いたい。

ギルフィンは渇望した。

戦場の王者として君臨するにふさわしい魔法を。

それができれば、自分の国など後からいくらでもついてくるだろう。

今となっては、ノルク魔法学院で高等部まで進まなかったことが悔やまれた。

だがいずれにせよ、あの生ぬるい風の吹く土地の連中は、戦場で最も効率よく敵を死に至らしめる魔法の研究などすることを許しはしなかっただろう。

彼の興味は、必然、闇の力へと引き付けられることになった。

結局、この世界で行使しうるあらゆる力の中で最も強大なのが闇の力であったからだ。

しかし、彼は多くの闇に魅入られた者たちと違い、闇の魔術師になることは選ばなかった。

闇の魔術師になるということは、闇に隷属するということと同義だからだ。

俺は、闇の奴隷にはならぬ。

いや、むしろ闇を隷属させてみせる。

それは、今は既に存在しないとはいえ、誇り高き階級に属する者であった矜持。

魔術師ギルフィンは魔法に依って立つが、魔法だけに依る者にあらず。

その根底にあるのは、誰にも屈さぬ気高さだ。

“蛇の王”は、闇だ。

そんな噂がギルフィンの耳に入ってきた。

それに対抗するために、かつて北の地に存在した伝説的な傭兵団「鋼の蠍」の生き残り、すなわち“蠍の王”のかつての部下たちが動いていると。

それはギルフィンにとって好都合だった。

「鋼の蠍」の生き残りは北の全土に散らばっている。今では己の傭兵団を率いる者も少なくはない。

とすれば、少なくとも数の上では“蛇の王”率いる蛇骨傭兵団は圧倒的に不利なはずだ。

“蛇の王”に近付き、闇の力の秘密を探る。

ギルフィンはそう決めた。

だが、参戦を打診したギルフィンへの“蛇の王”の返答はずいぶんと高慢なものだった。

「我が陣営に属したければ、火龍か狼の首を持参せよ」

蛇め。

ギルフィンは口元を歪めた。

あさましき闇の手先ごときが、偉そうに。

今のうちに、俺を下に見ているがいい。

狼の首程度でよければ、いくらでも持っていってやる。

だが、闇の力はいずれ必ず俺が支配してみせる。

南で魔法を学び、北の風の中でそれを鍛えてきた、このギルフィンが。