軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

(閑話)陸の鮫 中編

翌日から、アルマークは戦では常に父レイズの後ろについた。

かつては黒狼騎兵団の別働隊を常に率いて黒狼の“影の牙”の名を轟かせたレイズも、今ではその任務をほかの幹部に任せて、自身は本隊の前衛を率いることが多かった。

徒歩が基本の別働隊と違い、本隊の前衛は騎馬が基本だ。

馬に乗って戦場に出るのは初めてだったが、アルマークはうまく順応した。

約束通り、アルマークはその日から決してレイズより前には出なかった。

むしろ、レイズの背後で剣を振るえることを楽しんでいるように見えた。

「当分、お前のケツを追わせときゃ安心だな」

ジェルスがそう言って笑った。

魔術師になれ。

父にそう言われるのが、アルマークには苦痛だった。

魔術師。

戦場で、戦士たちの陰に隠れて何やら不可解な術を使う連中の呼び名だ。

武技などないに等しく、距離を詰めれば斬るのは造作もない、と話していたのはモルガルドだ。

父はアルマークに、そんなものになるために遥か南の学院に行けと言う。

それが理解できず、アルマークは必死に剣の練習をした。

戦場に出て、傭兵として戦えるところを示したかったからだ。

幸運にも力を認められて戦場に出てからも、父は時折アルマークを呼んで計算や文字の読み書きを教えながら、お前は魔術師になるんだ、と言った。

魔術師にさせられないためには、力を示すしかない。

傭兵としてやっていけるという、力を。

だからアルマークは、必死に剣の腕を磨いた。

戦場では、指揮官の指示に忠実に従って、部隊の一員としてやっていけるところを見せようとした。

冷静なモルガルドが、たいしたものだ、とアルマークを褒めたのもこの頃のことだ。

しかし、その後。

クワッドラドの大河を渡るときのことだった。

アルマークたちは龍に出遭った。

水面で鱗を七色に輝かせ、踊るように跳ねる、巨大な龍。

その美しさに圧倒されたアルマークとは対照的に、同い年のガルバは無邪気に、あの龍を俺が狩りたい、と言った。

父は、ガルバの言葉を聞いて笑った。

それが、アルマークの心を打ちのめした。

ガルバは、父と同じ考え方ができる。

だけど、僕にはできない。

そう思った。

魔術師。

その言葉が、一歩自分の背中に迫った気がした。

ただ行儀よく指揮官の命令に従っていたのでは、だめだ。

アルマークは思った。

もっと、力を示さなければ。

それには、真っ先に敵陣に飛び込んで、名のある戦士を討つことだ。

北でも名の知られた戦士の首級を挙げれば、父も認めざるを得ないだろう。

それ以来、アルマークの戦いぶりは、ガドルをはじめとする幹部たちが眉をひそめるものになっていった。

「落ち着いてきたな」

ある日の夜。

団長のジェルスが、レイズに言った。

冬はまだ先だというのに、妙に寒い夜だった。

身体を温めるための穀物酒で唇を湿らせたジェルスは、瓶の口をレイズにも向ける。

「やっぱり親父の言うことは聞くんだな」

無造作に突き出した杯になみなみ注がせた穀物酒を一息に飲んだレイズは、だめだ、と言って首を振った。

「まだ、前に出たそうにそわそわしてやがる」

「傭兵ってのは、そういうもんだろ」

ジェルスは苦笑する。

「いつだって、手柄を上げたくて目を血走らせてるんだ」

「そりゃそうだが」

レイズの表情を見て、ジェルスは笑った。

「お前が、あいつを傭兵にしたくねえからだ。だから、あいつを認めねえ理由を探してるんだ」

レイズは首を振る。

「そういうことじゃねえよ」

だが、その言葉には力がなかった。

ある日の戦場でのことだった。

いつものように先頭に立って敵軍とぶつかったレイズは、剣を振るいながら後ろに控えるアルマークに声をかけた。

「赤い肩当てのやつがいたら教えろ。そいつが」

「“朱天”のナーパカリだね」

アルマークが答えた。

「おう」

レイズは振り返りもせずに答える。

「そう、そいつだ」

敵軍と激しく渡り合っていると、レイズの背後でアルマークが声を上げた。

「父さん、赤い肩当てだ」

レイズはその言葉に、前方に目を走らせる。

ずいぶんと向こうに、確かにちらりと赤い肩当てが見えた。

自分だって敵と戦っているだろうに、よく見てやがる。

レイズは口元を緩めた。

赤色の肩当ての見えた方向に馬を向ける。

エースは、その部隊の精神的支柱だ。それを討てば、大概の部隊は一気に瓦解する。

だが、ナーパカリもレイズの狙いに気付いていた。

ただ一騎、大きく迂回するように味方の中を駆け抜けたナーパカリが、突如、レイズの側面から飛び出してきた。

レイズの脇腹をえぐるようにナーパカリが剣を突き出す。

ナーパカリが前方にいるものだとばかり思っていたレイズは完全に不意をつかれて反応が遅れた。

「ちっ」

一撃は仕方ねえ。鎧に当てて、次で斬る。

そう覚悟したレイズの目の前に、長剣が伸ばされた。

アルマークだった。

ナーパカリの強烈な一撃を受け止めたアルマークが、衝撃に堪えきれずに馬から転げ落ちる。

その間にレイズは体勢を整えていた。

「そこにいろ!」

アルマークに叫びざま、レイズはナーパカリの馬に自身の馬をぶつけた。

それと同時に振り下ろされた斬撃を受け止めたナーパカリの顔色が変わる。

同じ方向から、もう一撃。

ナーパカリの身体が揺れた。

さらに振りかぶって一撃。その一撃は、受けた剣ごとナーパカリの身体を叩き割った。

「戦士ナーパカリ。お前を討ったのは戦士レイズだ」

言い残して、レイズは馬首を返した。

「父さん」

誇らしげな顔の息子がレイズを見上げていた。

「助かったぜ、アルマーク」

レイズは言った。

「さっさと馬に乗れ。戦は終わってねえぞ」

アルマークは頷いて、自分の馬に飛び乗る。

「来い」

レイズは息子に手を伸ばした。

「俺の隣に並べ」

「うん」

アルマークは目を輝かせて馬を進めた。

「俺でもとっさに見えなかったナーパカリの動きが、あいつには見えていた」

その夜。

レイズは頬を緩めて、モルガルドに言った。

「あいつは、ナーパカリが俺の脇腹に突っ込んでくるのが分かってたんだ」

「才能だな」

モルガルドは静かに言った。

「お前の息子が才能に溢れてることは、俺も知ってる」

そう言って、その細い目をレイズに向ける。

「それじゃあ、あいつをこのまま傭兵にするのか」

その言葉に、レイズは顔を強張らせた。

「いや」

レイズは首を振る。

「それは、できねえ」

だが、その表情は苦しげに歪んだ。

「未練だな」

モルガルドは言った。

「俺にだって、気持ちは分かる。愛した女の忘れ形見だ。手放したいわけがない。ましてやあの才能だ。傭兵としてだって、十分やっていけるとお前が思うのも無理はない」

だが、とモルガルドはいつもの冷静な口調をかすかに強めた。

「レイズ。中途半端が一番よくないんだぜ。傭兵にするならする。しないならしない。本人のためにも、そこを早くはっきりとさせることだ」

「ああ」

レイズは息を吐いた。

「分かってる。俺にだって分かってるよ、そんなことは」

モルガルドはレイズの顔をしばらく眺めた後、ぼそりと言った。

「戦場は待っちゃくれないぜ。お前だって知っているだろう。いつまでもずるずると別れを惜しんでいたら、取り返しのつかないことになるぞ」

レイズは腕を組んで黙り込む。そこにふらりとジェルスがやって来た。

「偵察の話を聞いたか」

ジェルスは上機嫌だった。

「次の相手はどうも、ガレットみてえだな」

その言葉に、モルガルドが反応した。

「ガレット重装傭兵団か。厄介な相手だ」

「相手にとって不足はねえって言えよ。ここのところ雑魚ばかりで飽き飽きしてたところだ」

ジェルスが笑う。

「な、レイズ」

「ああ」

レイズは頷いた。

「締めてかからねえとやられるな」

それからふと、モルガルドを見る。

「そうだな。お前の言うとおりだ」

モルガルドが片眉を上げると、レイズは静かに言った。

「戦場は、待っちゃくれねえ」