軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

モーゲンがアルマーク目掛けて石を投げる。

運動の得意ではないモーゲンが顔を赤くして汗をかきながら、一生懸命に投げてくれる。

思い切り投げているのだが、アルマークにとって、それはどうという速さでもない。

戦場に臨む目で見れば、止まって見える程度の速さに過ぎない。

石の大きさはまちまちだ。

中にはかけらのような小さな石もある。

これを全部、捕らえる網を。

細かく、精緻な網目を。

最初は、石そのものを捕らえるイメージで網を作ってみた。

何度かやってみたが、あまりうまくいかない。

その理由は、何度目かの捕捉失敗で顔に飛んできた石を手で受け止めた時に分かった。

そうか。

僕は、この石を手で受け止められるんだ。

アルマークはモーゲンの投げた次の石を光の網で捕らえながら、思った。

苦もなくかわすことだってできる。

つまるところ、僕はこの石に脅威を感じていない。

一生懸命投げてくれるモーゲンには申し訳ないけれど、僕はこの石に当たることはないだろう。

風を切る音を頼りに、目を閉じたままで受け止めることすらできそうだ。

だから、やっぱり石のままではだめだ。

モーゲンの教えてくれたように、何か自分に合ったイメージを作らないと。

それでは、何のイメージを。

ごちゃごちゃと考えていたからだろう。

次の石を網で捕らえそこねた。

また顔に向かって飛んできた石を、わずかに首を傾げてかわしたアルマークは、その動作が引き金となって思い付いた。

矢だ。

アルマークの目に、一瞬暗い炎が灯る。

北の戦場。

アルマークは思い出す。

黒狼騎兵団の幹部モルガルドの指揮する別働隊は、主戦場を大きく迂回して敵部隊の側面を衝こうとしていた。

その一員として、徒歩で走り続けたアルマークたちがまさに主戦場に殺到する直前のことだった。

目の前に突如、無数の弓兵が姿を現した。

弓の巧拙はあくまで個人の武勇の範疇で、集団での運用という概念の薄かった時代に、弓の腕など関係なく大勢の弓兵によって雨のような大量の矢を敵陣に浴びせるという戦法を編み出したのは、かの有名な“弓将軍”ルフラディオ卿だが、傭兵たちの中でそれを取り入れただけでなくその戦法に特化してしまった傭兵団がいた。

それが、まさに今、アルマークたちの目の前に部隊を展開した、緋色のスカーフが目印の傭兵団。

「レジオ射撃兵団。こんなところに」

モルガルドの忌々しそうな声が、今でも耳に残っている。

次の瞬間、無数の矢が一斉に放たれた。

一瞬、日が翳ったのかと錯覚するほどの、天を覆わんばかりの矢の雨が、アルマークたちに降り注いだ。

アルマークは目を凝らして、自分の命を奪うであろう一本を弾き落とし、身体をひねってもう一本をかわした。

最後の一本を、首をひねってかわす。

「突っ込め、突っ込め」

普段は冷静なモルガルドが叫んでいた。

弓兵を相手にするには、一刻も早くその距離を潰すことだ。

だが、すでに何人もの傭兵が矢を浴びてうずくまっていた。

ついさっきまで、走りながら言葉をかわしていた、ぶっきらぼうだが気のいいジュエンが胸と足に矢を受けてうめいていた。

しかし彼に声をかける余裕はなかった。

次の斉射が来る前に。

生と死が交錯する一瞬。

剣が届けば生、届かなければ死だ。

動けない傭兵たちは後に残した。

モルガルドを先頭にアルマークたちは走った。

あれは、南への旅の途中だった。

アルマークは思い出す。

一時的に同道したその魔術師は、無口で無愛想だが、子供のアルマークを邪険に扱うことはしなかった。

内側に、防寒用に獣の毛皮をびっしりと編み込んだそのローブは、確かに彼が魔術師であることの証だったが、彼は魔法をめったに使わなかった。

自分の手の内をうかつに他人に晒すことを恐れているように見えた。

そして、アルマークも、それは当然の用心だと思っていた。

誰もが、自分の本当の力や目的を隠している。

相手が自分のことを子供だと侮ってくれるなら、アルマークだってそれに越したことはなかった。自分からわざわざ、僕はこのくらいまでできて、ここまでが限界だ、なんて説明はしない。

この土地では、自分の手札を馬鹿正直に晒した人間から順に命を剥ぎ取られるのだ。

もう一人、同行していた旅の剣士を、アルマークは最初から信用していなかった。

腕は抜群に良かった。

だが、目の奥が濁っているように見えた。

できれば近づきたくない相手。

けれど、険しい山越えを子供一人の力で成し遂げることは不可能だった。

三人で協力して、数日を費やし、どうにか山を越えたその夜。

もう次の街はすぐそこだった。

もはや仲間を必要としなくなった剣士が本性を露わにして牙を剥いた。

目的は、魔術師が隠すように持っていた小箱だった。

その中に収められていた指輪は、アルマークの目にもひどく高価なものに見えた。

剣士の剣が喉元に迫ったとき、魔術師がその魔法の力を発現させた。

足元から噴き上がる炎に、剣士が呪詛の言葉を吐きながら転げ回るのを尻目に、魔術師とアルマークは逃げた。

剣士が弓を構えたのを見て、アルマークはとっさに魔術師の名を呼ぼうとした。

だがそこで、今日まで生死をともにしてきたその魔術師の名を知らなかったことに気付く。

「矢だ」

アルマークは叫んだ。

だが、その一瞬の逡巡が魔術師の命を奪い去った。

アルマークが必死に振った長剣は届かなかった。

剣士の放った矢は魔術師の背中に深く突き刺さった。

手練れの剣士とまともにやりあっても、アルマークの勝ち目は限りなく薄かった。

足を止めることなくそのまま走り去るアルマークの耳に微かに届いた、魔術師の最後の言葉。

あのとき呟かれたのは、彼の恋人の名か。それとも妻か娘の名だったのか。

あの、無数の矢が。

あの時の剣士の放った矢が。

もしも僕に防げたら。

自分に飛んできた矢を防ぐだけなら、不可視の盾を展開すればいい。

けれど、それでは他の人を守れない。

もっと大きな網で、あの無数の矢をいっぺんに防げたら。

もっと精緻な網目の、もっと太い網であの鋭い一射を防げたら。

アルマークのイメージが固まっていく。

モーゲンが投げる石を、あの日の鏃に見立てる。

防げ。

光の網を振るう。

捕えろ。

光の網を振るう。

失った命は、二度と戻らない。

けれど、歩みは止めない。

アルマークは光の網を振るう。

それが、きっとこれからの仲間の命を救うことにつながると信じて。