作品タイトル不明
食事
しばらくは中央のテーブルに人だかりができ、料理を取り合う賑やかな声が響いた。
ガレインとデグが両手に料理を抱え、テーブルで頬杖をついているトルクの元へと運んでいる。
レイラとリルティは並んで料理を譲り合っている。
「そっちを食べるならこっちを先に食べたほうがいいよ」
モーゲンは自分も料理を取りながら、みんなにひっきりなしに声をかけている。
「ネルソンとノリシュの分も誰か取っておいてやれよ」
ウォリスが呆れたように言った。
「ノリシュの分はこっちで確保したわ」
セラハが答えると、両手に皿を持ったレイドーも頷く。
「ネルソンの分は僕の方で取ったよ」
「そうか。助かる」
ウォリスは頷くと、自らも料理を手に取り始める。
アルマークはみんなが離れた頃にテーブルに近づき、瑪瑙牛の肉団子と串もの二本を手に取って席に戻った。
「あっという間だ。もうあんまり残ってないね」
料理を頬張っているウェンディに声を掛けると、ウェンディは頷く。
「うん。みんな早いから、私も取れてよかった」
ウェンディの食べる邪魔をしてはいけないとアルマークが自分でも肉団子をかじっていると、ピルマンとレイドーが笑いながら自分たちの劇を振り返っているのが聞こえてきた。
「僕あの時、台詞の順番間違えちゃったんだよね」
「うん。ピルマンがいきなり飛ばすから、合わせるのに必死だったよ」
「いや、レイドーうまいなってこっちも感心した」
どうも、アルマークの気付かないところで小さなミスがあったらしい。
「ピルマン、本番で間違えたって」
アルマークは思わずウェンディに話しかける。
「僕、全然気付かなかったよ」
「私も」
ウェンディは頷く。
「レイドーの繋ぎ方がうまかったのね、きっと」
二人の会話に気付いたレイドーが、微笑む。
「僕たちだけじゃないよ。他のみんなも、多かれ少なかれ台詞や動きに間違いがあったよ」
「レイドーは気付いたのかい」
「うん」
レイドーは頷く。
「だって、練習のときと違ったからね」
「僕には分からなかったな」
アルマークは首を振る。
「いくつか即興の台詞が入っているのは分かったけど」
「僕は劇の中盤ほとんど出番がなかったからね。そのおかげで練習をじっくり見れたから」
レイドーはそう言うが、それにしても他の生徒の膨大な台詞の一つ一つの順番まで事細かに覚えていなければ間違いには気付かないだろう。
「良く覚えていたね。他の人の台詞まで」
「いや、そんなに細かくは覚えていないよ」
レイドーは首を振る。
「でも、なんだか感じが違うなっていうのは分かるじゃないか」
それがレイドーのすごいところだ、とアルマークは思う。
レイドーはよく見ている、と思っていたが、それは目だけのことではないのかもしれない。
王としての立ち居振る舞いもそうだ。
泉の洞穴でもそうだった。
自分の兄や弟に似ている。そんな感覚的な理由で、物事を理解してしまう。
劇でも、本番での感じが練習と違う、これは少し間違えたな、とそんな風に察してしまったのだろう。
「でも、一番驚いた即興はやっぱり君とネルソンとの立ち回りかな」
レイドーがそう言って笑う。
「あれは傑作だったね」
「うん」
ピルマンも笑顔で頷く。
「モーゲンが舞台袖で悲鳴上げたんだぜ」
「えっ、そうなのかい」
「だって練習では口を酸っぱくして言ってたじゃないか」
ピルマンは思い出したようにまた声を出して笑う。
「塗装が剥げちゃうから、剣はぶつけ合わないでよって」
「そうだったね」
アルマークは、モーゲンにすまないことをしたな、と反省する。
「ネルソンの目が本気だったんだ」
アルマークは言い訳するように答えた。
「僕も本気で受けて立たないと失礼だと思って」
「気持ちは分かるけど」
ピルマンは料理を一口食べて、また笑う。
「劇の本番でそれをやっちゃうところが君たちらしいよね。ウォリスのフォローには気付いてた?」
「え?」
アルマークはまたその場面を思い出す。
「ああ、もしかして僕の剣を包んだあの闇が」
「そうそう」
ピルマンは頷く。
「ネルソンの剣と君の剣を光と闇で覆って、塗装の剥げを隠したんだよ。さすがだよね」
「そうか。あれ、ウォリスがやってくれていたのか」
アルマークは感心して頷いた。
「それなら本当に色々と迷惑をかけたんだね」
「いや。でもそのおかげで、と言っていいのかどうか分からないけど」
レイドーが穏やかに口を挟む。
「とても迫力のある、いい場面になったと思うよ。お客さんたちもみんな盛り上がっていた」
「確かにね」
ピルマンも頷く。
「本気での打ち合い、迫力あったもんな。ネルソンが怪我しちゃったのも納得だ」
「怪我?」
アルマークが眉を上げた。
レイドーが僅かに顔をしかめ、ピルマンは、しまった、という顔で首に手をやる。
「ネルソンが怪我をしたのかい」
アルマークは自分が分からないときのいつもの癖でウェンディを振り向くが、ウェンディは無言で首を振る。
ウェンディはその時、アルマークと二人きりで舞台上にいたのだ。知るはずがない。
「君とネルソンの対決が終わった後でね」
レイドーが静かに言った。
「袖に戻ってきたネルソンが立てなくなったんだ。腕も腫れ上がっていた」
「そんな、まさか」
アルマークは目を見張る。
確かに心は本気のつもりで動いたが、力は十分に抜いたつもりでいた。ネルソンの身体にもアルマークの木剣は当たらなかったはずだ。
「君の剣を受けた拍子に、自分の剣が当たったのかも知れないね。すごい威力だったから」
レイドーはそう言うと、安心させるように続ける。
「ウォリスとレイラが治癒術ですぐに治してくれた。だから、ネルソンの身体は心配ないよ。その後も普通に劇を続けていただろ?」
「うん、それは。でも、そうか」
アルマークは目を伏せた。
自分では力をコントロールできていたつもりでいた。けれど、やはり自分の中の昂りが勝っていたのかもしれない。闇の力に触れたすぐ後で、闇の演技をすることに酔った面もあるのかもしれない。
「アルマーク」
ウェンディが気遣わしげに声を掛ける。
「別にわざとじゃないんだし、もう治っているのならそんなに気に病むことじゃないよ」
「うん」
アルマークはうつむいたまま、返事をする。
「それは分かってる。でも」
僕の心は、あの時、どうだっただろうか。
呪われた剣士アルマークの心を離れて、以前コルエンと森で戦ったときのような、暗い歓びを感じてはいなかっただろうか。
「ネルソンはすごく嬉しそうだった」
レイドーの言葉に、アルマークは顔を上げた。
「アルマークと本気でやり合いたかったんだって言ってたよ。笑顔で、満足そうだった」
レイドーは、戸惑った表情のアルマークに微笑む。
「君はネルソンの望みを叶えたんだ。君が本気で相手してくれなかったら、ネルソンは怪我をしなかったとしても不満だったと思うよ」
「僕もそう思う」
ピルマンが頷いた。
「アルマークだって知ってるだろ。ネルソンはそういう奴だよ」
アルマークは、セラハとの戦いが終わった後の暗転した舞台でのネルソンとの会話を思い出した。
汗まみれの顔で、屈託なく笑っていたネルソン。
「アルマーク」
ウェンディが遠慮がちに言う。
「私も、レイドーとピルマンの言うとおりだと思う。ネルソンは劇の間中ずっと楽しそうだったし、劇が終わった後でもそれは変わらなかった。それに」
ウェンディはアルマークの目を見た。
「あんな素晴らしい立ち回りを、お父さんに見てもらえたんだもの。嬉しくないわけがないと思う」
「……うん」
アルマークは頷いた。
僕だって、もしも今日の劇を父さんに見てもらえたなら。
「そうだね」
そう言って笑顔を見せると、三人はほっとしたように微笑む。
「みんな、ありがとう。そのとおりだね。あそこで本気で戦わないという考えは、僕には浮かばなかった」
でも、と付け加える。
「ネルソンが来たら謝るよ」
「それは君の好きなようにしたらいいよ」
レイドーが頷く。
「だけどあんまり謝るとネルソンも嫌がると思うよ」
「うん。分かってる」
アルマークは頷く。
謝るときの、ネルソンのしかめっ面が今から目に浮かぶようだ。
「僕の気が済まないだけだから」
不意に、ウェンディが立ち上がった。
「アルマーク、食べ物を取りに行こう」
「えっ」
気付くと、ウェンディの皿はいつの間にか空になっていた。
そういえば話の間も口をずっともぐもぐと動かしていた気がする。
「しっかり食べて、ネルソンに謝る元気を付けて」
「謝る元気って」
アルマークは言いかけたが、ウェンディの真剣な顔を見て、言葉を飲み込んだ。
「うん、そうだね」
アルマークは頷いた。
向こうのテーブルで元気にぱくついているモーゲンを見る。
セリア先生の言葉は正しい。
食は生きる基本だ。
きちんと食べれば、モーゲンのように正しい判断ができる。
僕が今すべきは、ネルソンに怪我をさせたことをくよくよして、みんなに気を使わせることじゃない。
しっかり食べて、今日の劇を楽しく振り返って、ネルソンを待とう。
アルマークは立ち上がると、ウェンディと並んで中央のテーブルへと歩いた。