作品タイトル不明
決闘
ネルソンは顔色も変えないアルマークに、失望したように首を振った。
「我が声も届かぬか。ならば仕方ない」
そう言って、精霊の加護を得た剣を構える。
「それでは名乗らせていただこう。我が名はガイベルの騎士……」
「要らぬ」
アルマークはネルソンの名乗りを冷たく遮った。
「この森には墓標も立たぬ。屍に名など不要だ」
そう言って、焦れたように剣をネルソンに突きつける。
「さっさと終わらせよう」
「そうか。名乗りは要らぬか」
ネルソンは頷いた後、にこりと笑った。
その瞬間、舞台が明るくなったように見えた。
霧が晴れたからだけではない。
まるで舞台に明かりがもう一つ灯ったような。
暗い眼差しのアルマークとは全く対照的な、太陽のような笑顔。
普段のネルソンを知る生徒たちは、そこにいつもの少年ネルソンを見たに違いない。
何事にも真っ先に声を上げ、笑顔と大声で周囲を巻き込み、明るくしていく少年の素顔がちらりと覗く。
「だが、名乗る!」
ネルソンの声は講堂に響き渡った。
「斬る相手には礼を尽くす。それが我が生き方だ」
アルマークは鼻白んだ顔をする。
「好きにしろ」
「それでは遠慮なく」
ネルソンは胸をそらし、剣をアルマークにぴたりと向ける。
「ガイベルの騎士、ネルソン。王国の平和とアモル王への揺るぎない忠誠のために」
その言葉にアルマークが苦い顔を見せる。
「これだから騎士という連中は」
吐き捨てるように言う。
「決して己のためとは言わぬ」
「他人の光が目障りなのは」
ネルソンは答えた。
「己の光を見失ったからよ」
「ほざくな」
アルマークは笑った。
「理屈で語るな、騎士よ。語りたくば剣で語れ」
「もとより望むところ」
ネルソンも笑い返した。
「いざ」
ネルソンが床を蹴った。
振りかぶって大上段からの一撃。
練習と違う。
ネルソンの目が燃えていた。
ついに好敵手に巡り合った、古代の騎士の目。
いいだろう。
アルマークは瞬時に切り替えた。
その顔が凶悪な笑顔で歪む。
受けて立つ。
二つの剣がまともにぶつかり合う、がつん、という鈍い音が響き渡った。
「ぎゃああ」
モーゲンが舞台袖で声にならない叫びを上げる。
「あの二人、何やってるの。練習と違うじゃないか。塗装が、剣の塗装が」
「役に入り込んだ証拠だ。面白い」
ウォリスが冷静に笑う。
「僕がフォローする。みんな、不測の事態に備えておけよ」
リーダーの言葉に、演出の生徒たちは安心したように頷く。
「予備の剣、あったかな」
モーゲンが舞台裏に走った。
「なかなかの一撃」
ネルソンの剣を軽々と受け止めたアルマークは、ネルソンを押し返すとそう言って笑った。
「今までこれほどの相手にまみえたことはなかったぞ」
アルマークは左手をだらりと下げたまま、右手だけを水平に構える。
「お前なら、俺を殺すことができるかもしれぬな」
その剣が黒い闇をまとった。
「そうであることを望むぞ、騎士よ」
「剣士アルマークよ」
ネルソンは悲しそうに答える。
「汝ほどの男が自分の生を自分で決められぬとは、見るに忍びない」
ネルソンの剣が、精霊の羽根の七色の光をまとう。
「せめてこの手で幕を引いてくれようぞ」
ネルソンが再度床を蹴った。
叩きつけるようなネルソンの斬撃を、アルマークの剣が受ける。
二度、三度とネルソンの剣が唸りを上げるが、アルマークは左手を下げたままで余裕を持って捌き続ける。
二人の剣がぶつかり合うたびに、光と闇が絡み合い、火花が散る。
剣がまとう光と闇はウォリスの即興のフォローだが、役に入り込んだ二人はそれを気にすることもなかった。
「惜しいな」
激しい打ち合いの中、アルマークが冷静に言う。
「あと十年、いや、せめてあと五年」
そう言って、反撃に転じる。
鋭い一撃をネルソンがかろうじて受けると、間髪入れずに次の一撃が飛んでくる。
それを剣で受けると、その重さにネルソンの身体が後ろにぶれた。
「ぐっ」
ネルソンがうめく。
「あと五年遅く出会っていれば、俺を越えられたかも知れぬものを」
悲しそうに言いながら、アルマークが次々に剣を繰り出した。
何でもないように振るう、その一撃一撃が、全て必殺の速さと重さを具えていた。
ネルソンはたちまち防戦一方になった。
「今のお前では俺には勝てぬ」
アルマークが悲しそうに言い、ネルソンが顔を歪める。
「まだまだ」
そう言って反撃に転じようとするが、アルマークの鋭い剣筋がそれを許さない。
「無駄だ」
アルマークは冷徹に言った。
「俺とお前の差は、気合では埋まらぬよ」
そう言って、ネルソンの剣を大きく弾く。
ネルソンは二歩たたらを踏んで後ずさった。
「残念だ」
アルマークがそう言った時だった。
「頑張れ、ネルソン!」
客席から大きな声が上がった。
ネルソンの父の声。
ネルソンの父は、客席から立ち上がらんばかりにして息子を見つめていた。
「踏ん張らんか!」
そう叫ぶ。
だが、今度は一人だけではなかった。
「頑張れネルソン!」
「負けるな!」
「勝ってくれ!」
一般客からも生徒からも。
次々に声が上がった。
舞台のネルソンに向けて、降り注ぐような大声援が。
「うわ」
舞台袖のバイヤーが驚きの声を上げてウォリスを振り返る。
「すごいよ、これ。こんな盛り上がり、見たことない」
ウォリスは杖を操りながら、口元を緩めた。
「ああ。このままいこう」
「ネルソン負けるんじゃない!」
ひときわ大きなネルソンの父の声。だがもうそれを振り返る者もいない。
その周囲からも離れた席からも、同じような応援の声が上がっていたからだ。
声に後押しされたように、ネルソンの腕に力がこもる。
ネルソンが、三たび床を蹴った。
その一撃をアルマークが受け止める。
「聞こえるか、ガイベルの民の声が」
ネルソンの即興の台詞。
「たくさんの声がこの背中を押してくれる。支えてくれる」
そう言って、アルマークの剣を打ち払う。
「汝は誰のために剣を振るう。己のためか」
「俺には何も聞こえぬ」
アルマークは笑った。
「聞こえるのは剣の音のみよ」
「哀れ」
ネルソンの剣が力を増した。
「信じる者の声を力に変えて、五年の差を今この瞬間に埋める」
一撃。二撃。
ネルソンの剣がアルマークを圧していく。
「それが、騎士だ」