作品タイトル不明
森
「すごい、女子の声援だ」
アルマークが目を丸くする。
「フィタ……だけじゃないな」
その呟きに、レイドーが答える。
「モーゲンは下級生に人気があるからね。あまり上級生ぶらないで面倒見もいいし」
「へえ」
「まあいわゆる、もてる、というのとは違うけれどね」
レイドーはそう言ってにこりと笑う。
確かに観客席の女子たちはモーゲンの見慣れない狩人服姿を指差してきゃっきゃと笑い合っているが、どちらかといえば面白がっているようで、さっきの声援も、黄色い声援、という感じではなさそうだ。
「なるほど」
アルマークは頷く。
「まるで日頃の行いが全部出るみたいだね、この劇は」
それを聞いてレイドーはおかしそうに笑った。
「それなら君は一番立派な演技ができるはずだよ」
「余計なことを言ってしまったな」
アルマークは肩をすくめる。
舞台では狩人モーゲンがネルソンたちと会話を始めていた。
「へえ、道も知らずにこの森へ? とんだ命知らずもいたもんだ」
モーゲンが大げさにそう言って、目を丸くする。
ネルソンは気にする様子もなく、真面目な顔で頷く。
「モーゲン殿、といったか。それでは、この森の道を、そなたならば案内できるということかな」
「まあ、それは森の中のことなら大抵のことは分かるけどね」
モーゲンがそう言って得意そうに胸をそらすと、ノリシュが嬉しそうに手を叩く。
「すごい。騎士様、案内してもらいましょうよ」
その言葉にモーゲンはさらに胸をそる。
「言ってみなされ、騎士さん。この森の、どこへ行きたいのかね。案内してやるよ」
「うむ。ありがたい」
ネルソンが頷く。
「それでは遠慮なく。モーゲン殿、森の魔女セラハのもとへ案内していただきたい」
その言葉に、モーゲンが目を丸くして動きを止める。
「い、今なんて」
ネルソンとノリシュは顔を見合わせる。
「だから、森の魔女セラハのもとへ」
「しー、しーっ」
モーゲンは大慌てで口に指を当てる。
「声が大きい。この森でその名前を出しちゃいかん」
「だが」
ネルソンが答える。
「我々は王命により、魔女セラハを討ち果たさねばならんのだ」
「わー、わー、わー」
ネルソンの言葉をモーゲンが大声で打ち消す。
その滑稽な姿にまた客席で笑いが起きる。
モーゲンは真剣な顔で首を振る。
「いかん、そんなことを言ったら絶対にいかん」
「どうしてですか」
ノリシュが尋ねると、モーゲンは声をひそめた。
「この森は全てあの魔女の領域だ。ほとんどのことは魔女に見られているし聞かれていると思ったほうがいい」
「なんと」
ネルソンがすらりと剣を抜き放つ。
「見ているとな。それであればむしろ好都合。今ここで雌雄を決さん。いざ魔女よ、出てまいれ」
「わー!」
モーゲンが飛びかかるようにしてネルソンを止める。
アルマークが舞台袖で客席の笑い声を聞いていると、舞台裏から誰かが出てくるのに気付いた。
ウォリスとバイヤーだった。
「出番だね」
「ああ」
アルマークの言葉にウォリスが頷く。
「君の最初の出番もじきに来るだろう」
そう言って、薄く笑う。
「心の準備をしておけよ。呪われた剣士の」
「うん」
アルマークが頷くと、バイヤーも笑いながら言う。
「僕は好きだな。アルマークの最初の登場場面」
「そうかい」
アルマークが首を傾げると、バイヤーは頷く。
「あの迫力は君にしか出せないよ。本番でもしっかり頼むよ」
「うん」
アルマークはもう一度、自分の台詞を頭の中で反芻する。
セラハと直前に台詞を変えた場面だ。
大丈夫。覚えている。
「精霊王?」
素っ頓狂なノリシュの声が響く。
舞台上ではモーゲンがネルソンたちに精霊の話を始めていた。
「そう。精霊王ウォリス様だ」
そう言ってモーゲンは重々しく頷く。
「あんた方が本当にあの魔女を討ち果たそうなんてとんでもねえことを考えているなら、精霊の加護を得なきゃならねえ」
「この剣では、魔女を倒すのに不足だというのかね」
ネルソンが剣を高くかざすと、モーゲンは大きく首を振る。
「立派な剣だが、精霊の加護なしじゃ魔女の前では藁ほどの役にも立たねえよ」
「ふうむ」
ネルソンが剣を収めて腕を組む。
「では、その精霊王とやらのところまで、案内してはくれまいか」
「そこまでならまあ、いいけども」
モーゲンは渋々頷いた。
「だけど魔女のところまではごめんだよ」
そう念を押す。
「うむ」
ネルソンが頷くと、モーゲンは思案顔で言う。
「でも精霊王様は気まぐれだからな。そこまで行っても姿を見せてくれるかどうかも怪しいけどな」
「ずいぶんあやふやな話だな」
ネルソンが顔をしかめるが、ノリシュがその腕を取った。
「でも、ほかに手がかりもないことですし。モーゲンさんに案内してもらいましょうよ」
「ふむ。まあノリシュ殿がそう言うなら」
「こっちだよ」
モーゲンがそう言って、先頭に立って歩き始める。
「さて、と」
ウォリスは自分の着ているぶかぶかのローブに手を添えた。
ローブがふわりと膨らみ、光を放ち始める。
ウォリスは、自分の場面には一切の演出は不要、と言っていた。
自分の場面の演出は全て自分がやる、と。
「それではバイヤー、行こうか」
「はい、精霊王様」
バイヤーがそう言ってにやりと笑う。
その顔はもういたずら好きの小精霊そのものだ。
いったん舞台袖にはけたネルソンたち三人が、また舞台に姿を現す。
「ずいぶん歩いたな」
ネルソンがそう言ってノリシュを振り返る。
「ノリシュ殿、大丈夫か」
「ええ。まだこのくらい、なんともありません」
ノリシュがそう言って元気に腕を振ってみせる。
「元気な女の人だな」
感心したようにモーゲンが首を振る。
「騎士さん、嫁にするならああいう人がいいですよ」
「な、何を急に」
ネルソンがうろたえる。
舞台袖で、レイドーが声を殺して笑う。
「モーゲン、台本にないことを」
「今のうろたえ方は、いつものネルソンだったね」
アルマークの言葉にレイドーが頷く。
「モーゲンの、時を越える魔法だね。古代から現代へ一気に引き戻す」
「ネルソンも行ったり来たり大変だ」
アルマークもそう言って笑う。
「さあ、ここだ」
モーゲンが指差した。
舞台中央には、とりわけ太く高い樹が一本。
周囲の他の樹とはまるで違う雰囲気を放っている。
「年経た樹には神や精霊が宿るとは聞いたことがあるが」
ネルソンは樹を見上げる。
「これは、なんとも立派な樹だ」
「この樹はこの森の本当の主さ」
モーゲンも樹を見上げながら言う。
「あの魔女がこの森に来る前からのね」
「ふむ」
ネルソンは樹の前にひざまずいた。
「精霊王よ。我が名はネルソン、ガイベル王国の騎士。森の魔女セラハを討ち果たすため、力をお借りいたしたく参上仕った」
そう大声で名乗りを上げる。
「ああ、またそんなことを大声で」
モーゲンが慌てた声を出す。
不意に強い風が吹いた。
「きゃっ」
ノリシュが小さい悲鳴を上げる。
樹が、全体から大きく光を放った。
「剛毅な名乗りぞ」
講堂全体に、厳かな声が響いた。
「久しぶりに骨のありそうな人間ではないか」
その声は、輝く樹の上の方から。
樹がさらに大きく輝き、観客もその眩しさに目を閉じたり手を顔の前にかざしたりする。
光が収まると、舞台上から巨木は姿を消していた。
代わりに、その場所には淡く光るローブをまとった金髪の少年が立っていた。
きゃあ、と今度こそ黄色い歓声が客席の女子たちから上がった。
「精霊王ウォリスだ」
ウォリスは厳かにそう告げた。