軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔力

ライヌルがゆっくりと手を下ろす。

イルミスはアルマークとウェンディを振り返って怪我の有無を一瞥すると、ライヌルに向き直った。

「久しいな、ライヌル」

「君は昔からいつもそうだ、イルミス」

ライヌルは興ざめしたような顔で答える。

「一番いいところで邪魔をしに出てくる」

イルミスは肩をすくめて、ローブの袖からじゃらりと音をさせて何枚もの銅貨をつまみ出した。

「こんなつまらない工作をした人間の言うことか」

「宝探しは楽しかっただろう?」

ライヌルは悪びれもせずに微笑む。

「時間差で闇の力を放つようにしておいたんだ。普段はなかなか行かない学院の隅から隅まで行けたはずだ」

イルミスはそれに答えず銅貨を地面に投げ捨てる。

散らばった銅貨一枚一枚に、奇妙な紋様が描かれていた。

アルマークが武術大会で見たものよりはずいぶん簡素な紋様だった。

「こんな工作をした割には、結局自分から闇を発散させてしまったわけだな」

「君の生徒はなかなか活きが良くてね」

ライヌルは笑う。

「つい、力が入ってしまった。それに関しては、二人にしてやられたというほかない」

イルミスは冷たい表情でライヌルから目を離さない。

「どうやって学院に入った」

「秘密だよ」

ライヌルは笑顔で首を振る。

「と、言いたいところだが、旧知のよしみだ。教えてあげよう」

そう言ってすっかり魔力の消えたその両腕を大げさに広げる。

「かつてこの学院を去るときに、私はこの学院中、島中にたくさんの移動紋を仕込んでおいた」

移動紋。

アルマークは、レイラがルルの泉近くに隠していた、石に描いた青い紋様を思い出す。

「この島の外からでも一瞬で学院に帰ってこられるようにね。この間、武術大会で来た時にそれらの一部を生き返らせておいたんだ」

顔をしかめるイルミスに、ライヌルは挑戦的に笑う。

「君が探してみても構わないが、断言する。探しきれるものではないよ。私はいつでもこの学院に来ることができる」

「戻ってくるつもりだったのか」

イルミスは言った。

「学院を去る、あの時に」

「はっきりと決めてはいなかったが」

ライヌルは答える。

「仕込んでおけばいずれ何かの役に立つ気はしていた。正解だったな。ああ、そういえば」

ライヌルはいたずらっぽい目でイルミスを見た。

「高等部の三年目は武術大会で優勝したそうだね。おめでとう」

「君がいなかったからな」

イルミスはにこりともせずにそう答えると、もう一度アルマークたちを振り返った。

「私の生徒に手を出したな」

そう言ってライヌルに向き直る。

「人聞きの悪い」

ライヌルは肩をすくめる。

「ちょっと古代語の授業をしてやっただけさ」

「彼らの魂を傷つけるような真似は許さない」

イルミスの身体から、ふわりと魔力が立ち上る。

「そこまで闇に堕ちていたとは思わなかった」

「堕ちたのではないよ」

ライヌルは穏やかに否定する。

「飛び込んだのさ、イルミス」

「ならばなおさらだ」

イルミスはあくまで突き放した口調で尋ねる。

「君の後ろには誰がいる」

「誰?」

意外なことを聞かれた、というようにライヌルは眉をひそめる。

それから、思い直したように笑顔を浮かべ、答えた。

「誰もいないよ、私の後ろになんて。強いて言うなら」

そう言って、イルミスの背後の二人を見る。

「暗き淵の君、かな」

「戯れ言……とも言えんようだな」

イルミスはライヌルを少し悲しそうな目で見た。

「君はずいぶんと遠くへ行ってしまったな。私が想像していたよりも、ずっと遠くへ」

ライヌルは下を向いて笑う。

「君は変わらないな、イルミス」

そう言ってから、ふと思い出したように顔を上げた。

「セリアは元気かい」

「ああ」

イルミスは短く答える。

「元気だ」

「それは何より」

その一瞬だけ、ライヌルが邪気のない微笑みを浮かべた。

「で、どうするね。イルミス」

ライヌルは両手を挙げた。

「私を捕まえるかね。それとも、殺す?」

「捕まえるも何も、君はもういない」

イルミスの答えに、アルマークが思わず声を上げる。

「えっ、いない?」

「先生、どういうことですか」

ウェンディもイルミスの背中にそう尋ねる。

「私が来る直前、ライヌルの身体から魔力が抜けただろう」

イルミスは言った。

「ライヌルの本体はあの瞬間にどこかへ離脱した。ここにいるのはライヌルの形をした別のものだ」

「話しているのはあくまで私本人だがね」

ライヌルが補足する。

「そんな」

ウェンディが悔しそうな声を上げる。

「逃げるなんて。卑怯者」

「命拾いしたと思いなさい、お嬢さん」

ライヌルは笑う。

「イルミス、君が来たら自動的に離脱できる魔法を自分にかけておいた。君と戦うには私といえども少し覚悟がいるからね」

そう言いながらも、ライヌルの身体の中で突如、魔力が高まり始めた。

「でも、この身体だって捨てたものではないよ。試してみるかい」

「この人、まだやる気だわ」

ウェンディがイルミスの前に出ようとする。

「イルミス。お嬢さんは続きをやりたいようだ。下がっていたまえ」

そう言ってライヌルが腕を振る。

その魔力はさらに高まっていく。

「この魔力の大きさ」

ウェンディが目を見張る。

イルミスが来る直前に対峙していた時と遜色のない魔力の大きさだった。

アルマークもその隣に並ぶ。

「先生、ほんとにこいつ、別物なんですか」

「二人とも」

イルミスは穏やかに二人を手で制した。

「下がっていなさい」

その目の前で、ライヌルの魔力がさらに爆発的に高まった。

闇の臭気が溢れ出す。

「先生、こいつの魔力、さっきよりももっと大きいです」

アルマークがマルスの杖を握り直す。

「自分たちの身は自分で守ります。足手まといにはなりません」

そう叫んだアルマークを、イルミスが振り返った。

普段は見せることのない、優しい慈しむような眼差し。

「大丈夫だ」

イルミスがそう言った瞬間、ライヌルの両手から闇が弾けるように広がった。

ラドマールの闇などとは比べ物にならない、天を覆わんばかりの濃くて深い闇。

それが奔流のように三人を襲った。

イルミスが右手を上げる。

闇が三人を押し流すかのように包み込む寸前で、ぎちりと音を立てて止まる。

イルミスの右腕が、一瞬重いものを受け止めたように歪む。

イルミスの魔力が、その痩せた身体の中で揺れていた。

しかし魔力の大きさは、闇の向こうのライヌルから感じるものに比べてあまりにも小さかった。

この闇は大きすぎる。

アルマークは思った。

僕たち二人を後ろに抱えていては、いくら先生でも、この闇を止めるだけで精一杯なのでは。

マルスの杖を構えてイルミスの背中に声をかける。

「先生、僕とウェンディも手伝います」

アルマークの言葉にウェンディも頷く。

「手伝わせてください。魔力の大きさなら、今の私だって」

「ちょうどいい機会だ」

イルミスは右手で闇を支えたまま、二人を振り返った。

「二人ともさっきから魔力の大きさばかり気にしているようだが、石刻みの術はまだ練習しているかね」

その言葉に、二人は顔を見合わせる。

杖の先端に魔力を集め、石を突いて割る、石刻みの術。

ごく基本的なその魔法を、イルミスは今でも授業の二回に一回は取り上げる。

しかし、もう石を割るのに苦戦する生徒はいない。

皆、易々と石を割ってしまい、思ったことがすぐ口に出るネルソンなどは「もう石割るの飽きたな」などと言っていたほどだ。

アルマークたち二人もほかに練習すべき魔法がありすぎて、授業以外では石刻みの術を使うことはなかった。

「君たちに授業で繰り返し練習させるのには、こういう意味があるのだよ」

そう言ってイルミスは左手を上げる。

そしてその人差し指をまっすぐ闇の中心に向けた。

一瞬。

その指先に魔力が凝縮されるのがアルマークにも分かった。

次の瞬間、イルミスの指先から光が放たれた。

三人を覆い尽くさんとしていた闇の奔流。

そのど真ん中に風穴があいた。

凝縮された魔力の光は闇を一瞬で引き裂き、その後ろにいたライヌルの胸を一直線に貫いた。

ライヌルの身体が弾かれたように後方へ吹き飛ぶ。

「分かったかな」

イルミスは、アルマークとウェンディを振り向いた。

「魔力の多寡は絶対的なものさしではない」

闇の晴れた空の、沈みかけた夕日がイルミスを照らすのをアルマークは眩しく見つめた。

「魔術師一人ひとりの使い方次第で魔法の可能性は無限に広がる。二人とも、練習を怠るな」

「……はい!」

二人は頷いた。