軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ノリシュ

アルマークは教室を出ると、ネルソンのいそうな場所を探すことにした。

もう日も暮れてすっかり暗くなっている。

さすがに森までは行っていないだろう。

そう当たりをつけた。

空き教室。

食堂。

武術場の裏。

しかし、どこを探してもネルソンの姿は見当たらなかった。

代わりに、校舎の中庭の噴水のほとりで座り込んでいるウェンディとノリシュを見付けてしまった。

二人で何やら話し込んでいるが、どうもノリシュは涙ぐんでいるように見えた。

あそこに近付くわけにはいかないな。

そう考えてそっと立ち去ろうとすると、ウェンディが目ざとくアルマークを見付ける。

「アルマーク!」

そう言って手招きをする。

いやいや、僕が行ったらまずいだろう。

アルマークは顔をしかめて無言で首を横に振る。

しかしウェンディはなおも手招きをする。

「ネルソンを探してるんだ」

仕方なくアルマークは言った。

「いいから、こっちに来て」

ウェンディは立ち上がってそう答えると、飛び跳ねるようにして手招きをした。

うつむいているノリシュの表情は見えない。

参ったな、と思いながらアルマークは渋々近付いた。

彫刻の鰐が口から水を吹き出しているユーモラスな噴水のほとりは、水場なだけにこの時期だと少し肌寒い。

ノリシュは縁石に腰掛けて、じっと足元の石を見つめていた。

「補習、終わったんだね」

ウェンディに言われ、アルマークは頷く。

「うん。それで教室に来たら、ネルソンが一人で出ていったって言うから探しに来たんだけど、なかなか見付からなくて」

「そうだと思った」

ウェンディは頷く。

「きっとノリシュなら分かるわ」

そう言ってノリシュを見る。

「ね、ノリシュ」

「校舎の2階の廊下の北の突き当たり」

ノリシュは顔を上げずに呟くように言った。

「そこの陰に古いソファがあるの。ネルソンのお気に入りはそこ」

「さすがだな」

アルマークは感心する。

「ありがとう。行ってみるよ」

「待って、アルマーク」

歩き出そうとしたアルマークのローブの裾をウェンディが掴んだ。

「ネルソンのところに行く前にちょっとだけ相談に乗って」

「僕に相談に乗れるようなことがあるかな」

アルマークは振り返って首を捻る。

「力になれればいいけど」

「なれるよ」

ウェンディは言いきった。

「あのね、ノリシュは、ネルソンが騎士になりきってるのに自分が王妃の侍女になりきれないのが辛いんだって」

「ああ」

アルマークは頷く。

「それで口論になったって、レイドーから簡単に聞いたよ」

「うん。だからアルマークに聞きたいの」

「侍女になんて」

ノリシュがウェンディの言葉の後を引き継いだ。

「なろうと思ったこともないの。ずっと騎士になりたかったネルソンと違って。だから、私の台詞には心がこもらない。ネルソンは言葉一つ一つにあんなに情熱を込めているのに、それに応える私の言葉には何もこもっていないの」

ノリシュは悔しそうに唇を噛んだ。

「あいつに言わせれば、ただ台本をなぞってるだけ。悔しいけど、その通り。言い方は腹が立つけど、あいつの言ってることはそんなに間違ってない」

「私は二人の演技を見ていても、そんなに違和感を感じなかったから」

ウェンディは申し訳なさそうな顔でアルマークを見た。

「二人の温度差に気付けなくて。ノリシュはうまく演じていたと思うけど」

「うん。僕もそう思う」

アルマークは頷いた。

「ノリシュはとてもうまく演じていたよ」

「でも」

ノリシュは顔を上げてアルマークを睨んだ。

「自分でも分かるもの。ネルソンの隣に立つと、どうしても釣り合わない」

「そうだね」

アルマークは目を細めた。

「僕は演劇の素人だし、補習で二人の演技はそんなに見ていないから偉そうなことは言えないけど」

そう前置きして、ノリシュの涙を含んだ鋭い目を見つめ返す。

「そもそもネルソンは演技をしていないからね」

「演技してない?」

ウェンディが怪訝な顔をする。

「どういうこと?」

「うん、なんていうか」

アルマークは頭を掻いた。

「きっとあれがネルソンの理想とする姿なんだ」

アルマークは言葉を確かめるように答えた。

「台詞一つ一つを、ネルソンは情熱を持って演じているわけじゃなくて。いや、本人は演じているつもりなのかな。でも、その時、その時の場面で、ネルソンは演じているんじゃなくて、本当に心からそう思って喋っている。あれは台詞であって台詞じゃないんだ。ネルソンは台本に書かれているからそう言ってるんじゃなくて、本当に自分でそう思っているからそう言ってる」

アルマークには、ネルソンの気持ちがなんとなく分かった。

かつて、よく似た精神性を持つ剣士と旅をしたことがあったから。

その時は分からなかった彼の気持ちが、今では何となく分かる気がしている。

旅で。

学院で。

色々な出会いと別れを繰り返す中で、少しずつ分かることが増えてきた。

「なに、それ」

暫くの沈黙の後で、ノリシュがぽつりと言った。

「それじゃあ、あいつは本当に古代に生きてるってこと?」

「うん、劇が始まったらね。ネルソンの心は古代の騎士になるんだ」

アルマークは言った。

「僕は、キュリメがどうしてネルソンを主役に据えたのか分かる気がする。ネルソンには、この物語を一人で引っ張ることができる真っ直ぐさがある。ネルソンならたとえ魔法の演出がなくても、古代の景色をお客さんたちに見せることができる」

「それなら、私は」

ノリシュは首を振った。

「どうしたらいいのよ。そんな直情バカの隣で、私は古代の侍女になんてなれないよ」

「それは」

アルマークは申し訳なさそうに首を振った。

「そこまでは僕には分からないな。ごめん」

「ううん」

ウェンディが言った。

「そこから先は、きっと私が分かる」

「えっ」

意外な言葉に驚いて、アルマークはウェンディを見る。

ウェンディは柔らかい微笑みを浮かべていた。

「教えてくれてありがとう。あとは私が話すわ」

ウェンディはそう言ってノリシュの隣に再び腰を下ろす。

「アルマークは、ネルソンのところに行ってあげて」

「……分かった」

アルマークは頷いた。

二人に背を向けて二、三歩歩きかけて、やはりどうしても気がかりで振り向く。

「もし長くなりそうなら、場所を変えた方がいい。ここは少し冷えるよ」

「ありがとう」

ウェンディが微笑み、つられたようにようやくノリシュも微かに笑った。