作品タイトル不明
ラドマール
ラドマールの母国、ヴォルカド王国は中原の小国だ。
中原の覇者である大国フォレッタ王国に付き従う多くの小国の中で、ヴォルカド王国の地位は決して高いとは言えない。
それはフォレッタとうまく外交関係を築けなかった歴代の王たちのせいでもあるし、もともとヴォルカドの国土自体が山がちの、人口にも産物にも恵まれない土地であるせいでもあった。
時折開かれる中原の諸国会議でも、ヴォルカド王の存在感は極めて希薄だった。
かつてはヴォルカドと国力の拮抗していたロゴシャ王国が積極的にフォレッタとの同化政策を進め、今ではフォレッタの兄弟国とまで称されているのとは対照的な姿だった。
だが、ラドマールはこの国が好きだった。
自分の故郷、ヴォルカドには、大きな国土はないが美しい山があった。
誇り高く美しい、自分を愛してくれる母がいた。
力で周囲を威圧するフォレッタは、図体がでかいだけの無作法な国だ。
それにすり寄り、媚びへつらうロゴシャは、醜い娼婦のような国だ。
ヴォルカドには、貧しいといえども誇りがある。
ヴォルカドはフォレッタに媚びたりはしない。
ヴォルカドは世界で最も誇り高い国だ。
それは、もちろん幼いラドマール自身の言葉ではない。
自らがヴォルカド王家の血筋であることに極めて強い誇りを抱く、彼の母の口癖だった。
だが、その言葉がラドマール自身の心にすとんと落ちたのは確かだ。
そうとも。僕たちには誇りがある。
ヴォルカドを舐める者には目にもの見せてやる。
ラドマールはそういう思いと共に育った。
王族とはいえ、限られた土地を全員が相続できるわけではない。
王位継承権の低い者たちは、自らの才覚で生きることを余儀なくされる。
他国の宮廷に仕える者もいれば、慣れぬ商いに手を出す者もいた。
それでも皆、いつか自分のもとに、王位を継いでほしいというヴォルカドの宮廷からの使いが来る日を夢見ているのだ。
ラドマールがフォレッタで行われたノルク魔法学院の入学試験を受けたのも、そうした将来のための布石の一環であった。
王の姉の息子、それも長子でもなんでもないラドマールが王位を継げる可能性はほとんどなかった。
だから、彼も外に自分の居場所を求める必要があった。
それでも、ガライは遠すぎると思った。
北は蛮族の土地。南は堕落者の土地。
それも母の口癖だった。
試験を斡旋してくれた父の顔を立て、無論、試験は彼なりに真剣に受けたが、合格の通知を受けたときは青天の霹靂であった。
ラドマールは母に、南になど行きたくはない、と訴えた。
僕はせめて中原にいたい、と。
北も南も認めない母なら、きっと同意してくれると思っていた。
だが、母の答えは予想外のものだった。
行きなさい、ラドマール。
母は言った。
行って、ヴォルカドの誇りを示しなさい。
母に、故郷に、捨てられたのだとラドマールは思った。
帰るには、示さなければならないのだ。
ヴォルカドの誇りを。
曲がりなりにも王族として何不自由なく育ち、入るつもりのなかった魔法学院での生活や学業の準備を何もしてこなかったラドマールにとって、学院での生活は苦痛の連続だった。
全く未経験の事柄を、その場でろくな説明もなしにやることを平然と求められる。
授業だけではない。生活のあらゆる場面において、そうだった。
そしてそれを難なくこなす同級生たち。
自分だけができない。
自分がひどく愚かに思えた。
ヴォルカドの誇り。
母のその言葉がラドマールを縛った。
他国の貴族や平民に媚びへつらって教えを乞うなど、助けを求めるなど、そんな娼婦のような真似ができるわけがなかった。
結果、当然のようにラドマールは孤立した。
瞑想もろくにできず、魔法は上達せず、武術では女子にさえあしらわれた。
けれど、それでも卑屈にならず王族としての態度を崩さないこと。
それが、ヴォルカドの誇りだとラドマールは思った。
僕を蔑みたくば蔑め。
だが、僕はただここにいるだけで尊いのだ。お前たちとは違うのだ。
その占い師に出会ったのは、休日の憂さ晴らしに宛もなくノルクの街を歩いていたときのことだった。
フードをすっぽりとかぶったその、男か女かも分からない占い師を、その場所で見るのは初めてだったが、ラドマールは毎日街へ出掛けているわけではなかったし、港町であるノルクにはもともと様々な人間が出入りしていた。
占い師はラドマールを呼び止めて、あなたには素晴らしい才能がある、と褒めた。
そんなお世辞に簡単に乗っかるラドマールではなかったが、占い師が続けた言葉が彼の心を捉えた。
あなたの心は黄金色の誇りに輝いている。あなたは大王の風格をお持ちだ。
ラドマールが話を聞く姿勢を見せたことを感じ取った占い師は、ラドマールに小さな指輪を手渡した。
あなたの才能を引き出す指輪です。出会った記念に差し上げましょう。
その声からして、この占い師は自分が最初に思ったよりもずっと若いのかもしれない、とラドマールは思った。
ラドマールがその指輪をはめると、自分にたちまち力がみなぎる気がした。
普段はできもしない魔法が、その指輪をはめただけで造作もなくできた。
しかし、占い師の目の前で魔法を二回使ってみただけで、その指輪は黒ずんで効果を失った。
あなたの才能にはその指輪は小さすぎた。
占い師はそう言った。
次に会うときには、もっと素晴らしいものを用意しておきましょう。
次にその占い師に出会ったのは偶然ではなかった。
次の休日、ラドマールが自ら求めて出向いたのだ。
相変わらずフードをすっぽりとかぶったその占い師は、小さな黒い箱をラドマールに手渡した。
開けようとしたが、開かなかった。
まだ力は封印されています。
占い師は言った。
その箱を開け、あなたの真の力を引き出すには、あなたの敵とめぐり会わなければなりません。
僕の敵だと。
反駁するラドマールに、占い師は仰々しく頷く。
あなたの一学年上に、今年から学院に入ったばかりの転入生が一人だけいます。その生徒こそ、あなたの真の敵。蛮族にして堕落者。彼と出会ったとき、その箱を開けなさい。あなたの真の力が目覚めるでしょう。誇り高いあなたに相応しい力が。
その箱を受け取ってもラドマールがすぐに転入生を探さなかったのは、箱の力に興味がなかったからではない。
相談どころかまともに話のできる教師も友人もいないラドマールには、その転入生をどうやって探せばいいのかが全く分からなかったのだ。
だから、自分の本当の力はこんなものではないのだ、というラドマールの内心と周囲の人々の評価がさらに乖離していく中で、彼はじりじりとその時を待った。
何もせず、ただじっと待った。
その敵にめぐり会う時を。
そして今夜、ついにその時が来た。
実習の間、3年生たちはラドマールにいろいろと話しかけてくれて、面倒を見てくれて、その優しさは彼がこの学院に入って以来、初めて感じる人の温もりといってもよかった。
だがそれを素直に受け入れるには、苦痛ばかりの学院生活によってラドマールの心はあまりに閉ざされ過ぎていた。
3年生の中でも特に優しく接してくれた南の貴族の少女。
ラドマールは最初からどことなく、その優しさに、かつての母の優しさを重ねていた。
故郷で、ラドマールが転んで手を怪我したときに、母が手ずから包帯を巻いてくれたことがあった。
今夜、思いがけず指をやけどし、その治療のために彼女がラドマールの手をとったとき、彼は思わず涙をこぼしそうになった。
この感情が何なのかは分からないが、彼女に認められたいと思った。
母に似た優しさを持つこの少女に、自分を認めてほしい、と。
だが、彼女の視線の先にはいつも一人の少年がいることに、ラドマールも気付いていた。
何でもそつなくこなし、何の苦労も知らなそうな、劣等感などとは無縁そうな、ラドマールの最も嫌いな類の男。
あんな男のどこがいいのか。
そしてその男こそが、上の学年で唯一の転入生だった。
蛮族にして堕落者。
占い師の言っていた、彼の敵。
それを知ったとき、ラドマールは驚くと同時に戸惑った。
だが彼女に認められたいという欲求と、その男が彼女に認められているのだという嫉妬が彼を動かした。
見ろ、ウェンディ。僕の力を。
思いきってしまえば、迷いはすぐに霧散した。
ラドマールはようやく自分の真の力を見せられる歓喜に震えながら、箱に手をかけた。
思い知れ。
僕とそいつと、どちらが優れているのか。