作品タイトル不明
イリビノタルホグサ
イリビノタルホグサの群生地は、最初のモガツキバナの群生地から比較的近かった。
再び、森が開けた。
「着いたよ。あれだ」
モーゲンが指差す先で、金色の穂を実らせた草が風に揺れていた。
「あれがイリビノタルホグサか。でも、これは……」
アルマークは顔をしかめた。
イリビノタルホグサが月明かりを浴びて風になびいているのは、見上げるほど高い岩場の上だった。
「あそこまで取りに行くのか」
岩には足や手を掛けられそうなところがいくつもあるので、登り降りするのはそう難しいことではなさそうだ。
しかし、全員で岩の上に立てるほどの余裕もないように見えた。
「僕が行ってこよう」
アルマークは言った。
「モーゲンは下で草を受け取ってくれ。ウェンディには鬼火の術をお願いしたいな」
「うん」
「任せて」
二人が頷く。
「僕も行きたい」
声をあげたのは、ザップだった。
「僕も上に登りたい」
目が月明かりできらきらと輝いていた。普段は大人しいが、本当はもっと活発な少年なのかもしれない。
「よし。なら行ってみようか」
アルマークの言葉に、ザップは嬉しそうに頷く。
来年のこともある。何事も経験しておく方がしないよりはいいだろう。
「フィタ、ラドマール。君たちはどうする?」
アルマークが振り向くと、フィタは興味のありそうな顔で岩場を見上げた。
「興味があるなら、一緒に行こう」
アルマークはフィタに微笑む。
「何でも挑戦してみた方がいい」
「でも、上手く登れないかも」
フィタがおずおずとそう言うと、モーゲンが優しく口を挟む。
「大丈夫大丈夫。アルマークはいざとなったら、この岩場くらいなら君を抱きかかえて登り降りできるから」
「うん、アルマークがいれば大丈夫。心配ないから行っておいでよ」
ウェンディにも背中を押され、フィタは、じゃあ、と前に出る。
「ラドマールはどうする?」
ウェンディが尋ねると、ラドマールは首を振って素っ気なく答える。
「岩登りに興味はない。下で待つ」
「そう」
ウェンディは微笑む。
「下の人には下の人の仕事があるからね」
「わ、分かっている」
ラドマールが鼻白んだ顔をする。
「じゃあ三人で登ってくるよ」
アルマークの言葉に、ウェンディが頷いてナイフを取り出す。
「気を付けてね。それと、イリビノタルホグサはなるべく地面に近いところから切ってね」
そう言って、ナイフを手で包み込むようにしてアルマークに渡す。
「分かった。ありがとう」
アルマークは頷き、ザップとフィタを伴って岩場に向き直った。
「僕は一番後から登るよ。ザップ、君から登ってみるかい」
「うん」
ザップは頷き、岩に手を掛けた。
「照らすね」
ウェンディがそう言って素早い動作で鬼火をザップの上空に飛ばす。
「最初はあそこを目指そうか」
アルマークは岩の中段のくぼみを指差す。
「分かった」
頷いたザップは意外に俊敏な動きで、するすると岩を登っていく。
「いいぞ。踏み外さないように気を付けて」
アルマークが下から声をかけるが、ザップは危なげなく岩の中段にたどり着いた。
「やるなあ」
モーゲンが感心したように声を漏らす。
「ザップは大丈夫そうだね」
アルマークはそう言ってウェンディと頷き合う。
「ザップ。そこからもっと上に行けそうかい」
アルマークが声をかけると、ザップは笑顔で頷く。
「じゃあ気を付けて登って行っていいよ。フィタ。君は僕と登ろう」
アルマークはフィタに声をかけ、岩の出っ張りを指差しながら指示をする。
「そこに手を掛けて。そう。上手だ」
しばらく後、アルマークたち3人は無事に岩の上に立っていた。
「頑張ったね、フィタ」
アルマークが褒めると、フィタは頬を紅潮させて頷く。
「登れると思わなかった」
「ザップは来年の実習でも、もうこの岩場は大丈夫だね」
「うん」
ザップは誇らしげに頷く。
「思ったよりも簡単だった」
「そうか」
アルマークは微笑んで、黄金の穂をつけた草に向き直る。
「よし。刈ろうか」
アルマークは下に向かって手を振る。
「モーゲン。刈って下に落とすよ」
モーゲンが下で手を振り返す。
すでにモーゲンはアルマークたちが岩を登っている間に、森から草を縛るツタを調達してきていた。
モーゲンに使われたラドマールが憮然とした顔でツタを持っている。
ウェンディの操る鬼火に照らされて、アルマークは、さく、さく、と軽快な音を立ててイリビノタルホグサを刈ると、ひとまとめにして下に投げ落とす。
ザップとフィタにもナイフを順番に持たせて草を刈らせ、三束ほど投げ落としたところで、モーゲンの
「もうこれくらいでいいよ」
という声が聞こえてくる。
「よし。降りよう」
アルマークはナイフをしまうと、二人に声をかけた。
頷いた二人だが、いざ降りる段になって下を覗きこみ、怯んだ顔を見せた。
「登るときは夢中だったけど」
ザップが言う。
「こんなに高いのか」
「大丈夫。僕が見ているから」
アルマークはまたザップを最初に降りさせることにした。
「ザップ、下は見ないようにして。自分の手足の届く範囲を見ればいい。上から教えるよ」
アルマークは上から覗きこみながら、ザップがおぼつかない動きで何とか降りていくのを見守る。
下ではモーゲンが杖を持って万一に備えているのが見える。
ザップが地上に無事に降り立つと、アルマークは上から拍手を送り、フィタを見た。
「どうだい、フィタは降りられそうかな」
しかしフィタの顔にはもう登りきった時の興奮した表情はなく、力なく首を振る。
「無理。怖い」
「分かった」
アルマークは頷いて、背負っていた長剣を前に回すと、背中をフィタに向けて跪く。
「じゃあ僕にしっかり掴まっていて。下は見ないで」
「うん」
おぶさってきたフィタをしっかりと背負い直すと、アルマークは岩を降り始めた。
「アルマーク、大丈夫かい」
「気を付けてね」
下からモーゲンとウェンディの声がする。
「大丈夫。すぐに降りるよ」
アルマークは言葉通り危なげなく、するすると地上に降り立つと、フィタを背中から下ろした。
ほっとした顔の二人の前に立ち、アルマークは尋ねる。
「実際に登ってみてどうだったかな」
「登るより、降りる方が怖かった」
ザップが言い、フィタが頷く。
「登れるだけじゃダメだね。降りることも考えないと」
「うん、そうだね。二人の言うとおりだ」
アルマークは笑顔で頷いた。
「それは君たちが実際に登ってみたからこそ分かったことだ。来年はぜひそれを下級生に教えてあげてよ」