軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

帰り道

演奏は、まだ続いていた。

アルマークが自分の感情に戸惑って、涙を止められないまま演奏に聴き入っていると、左右からほぼ同時に手を握られた。

左からは、しっかりと。

右からは、遠慮がちに。

アルマークの両隣の少女が、どちらもアルマークを気遣って、声には出せないので手を握って励ましてくれたのだ。

アルマークは目を開け、口を動かして二人に、ごめん、と伝える。

右手を握ったリルティは気遣わしげにアルマークの顔を見た後、そっと手を離した。

左手を握ったウェンディは、眉を寄せてアルマークを心配そうに見た後、もう一度しっかりと手を握りしめた。

私がそばにいるよ。

ウェンディにそう言われている気がした。

演奏が終わり、観客の拍手が始まると、アルマークも拍手しながら、恥ずかしそうに両隣の二人に謝る。

「ごめん。ちょっと故郷を思い出したんだ」

「そうだよね」

ウェンディが頷く。

「アルマーク、夏も帰っていないものね」

「それに、すごくきれいな曲だったし。途中の曲調の変化もすごかった」

リルティが言う。

「私もすごく感動したもの」

「なんていう曲なんだろう」

「私も分からない。後で聞いておくね」

リルティがそう言ってから、嬉しそうに付け加えた。

「でも、そんなに感動してもらえるなんて。来てもらってよかった」

最後の曲の演奏が始まった。

とても有名な曲で、アルマークもそのメロディは旅の途中に何度か耳にしたことがあった。

先ほどの北の曲とはまるで正反対の、明るい陽気なメロディ。

最後に演奏して、観客を気分よく送り出すには最高の曲に思えた。

「この曲、名前は」

そっと隣のウェンディに尋ねる。

「ノルク島の夏、よ」

ウェンディはそう囁き返してにこりと微笑んだ。

演奏会が終わると、アルマークたちはまた音楽堂の前に集まる。

「素晴らしかったね」

ウォリスがいつもと変わらない穏やかな笑顔で言う。

「みんな、いるかい」

そう言って人数を確認するところは、やはりクラス委員だ。

「リルティとノリシュは、楽団の方たちに挨拶してから帰るそうだ。ネルソン」

「おう」

急に呼ばれ、レイドーとじゃれていたネルソンが顔を上げる。

「君は彼女たちと一緒に残れ」

「え、なんで俺?」

「もうこんな時間だ。女子二人で夜道を帰ってこさせる訳にはいかないだろう」

ウォリスの言葉に、ネルソンも、

「まあ、そりゃな」

と頷いて、レイドーの肩を抱く。

「じゃあレイドー、お前も残ってくれよ」

「ああ。いいよ」

いつものようにレイドーは快く引き受ける。

「助かるよ、レイドー」

ウォリスもレイドーに微笑んでから、全員の顔を見回す。

「じゃあ他のみんなはもう遅いから、寄り道しないで帰ってくれ。明日も授業があるから、万が一にも寝坊して遅刻したりすることのないように」

みんなが口々に返事して、解散という雰囲気になる。

「いい演奏会だったな」

そう言ってアルマークの肩を叩いてきたのはアインだ。

「ああ。素晴らしかったね」

アルマークは頷く。

「実は泣いてしまったんだ」

「あの北の曲か」

「うん」

「そうか」

アインは目を細めた。

「君は感受性も豊かなんだな」

「別にそんなことはないよ」

アルマークは首を振る。

「ただ、故郷と、父さんのことを思い出しただけさ」

「そうか」

「ちょっと、アイン!」

カラーが、向こうで手を振っている。

「みんな行っちゃうよ。一緒に帰るんでしょ」

「ああ。今行く」

アインは手を挙げて答える。

「さっき一緒に座っていた連中と帰ることになってる。カラーのやつ、ウォリスに優しくされたもんだから」

アインはそう言って、アルマークの肩を叩く。

「北の話はまた今度聞かせてくれ。じゃあ、学校で」

「ああ。おやすみ」

アルマークもアインの背中を軽く叩いた。

学生の集団は、それぞれが小グループになって、三々五々、帰路に就き始めていた。

ネルソンとレイドーは、リルティとノリシュを待つために、音楽堂の前で立ち話を始めている。

「ネルソン」

アルマークは声をかけた。

「僕も残ろうか」

「いいよ」

ネルソンは手を振る。

「二人いりゃ十分だ。ウェンディやモーゲンと帰りな」

「分かった」

アルマークは答える。

「そうするよ。また明日」

「おう。またな」

「おやすみ、アルマーク」

ネルソンとレイドーが笑顔で手を振る。

それに手を振り返して、アルマークはウェンディやモーゲンを探した。

モーゲンは盛大なあくびをしながら、バイヤーやピルマンと先の方を歩いていた。

ウェンディを含めた女子の姿はもう見えない。

出遅れてしまったな。

アルマークは一人で歩き出した。

モーゲンたちに追い付こうかとも考えたが、音楽の余韻に浸るには一人も悪くない、と思い直す。

月を見上げながら、アルマークは北の地で戦う父を思った。

傭兵は、過酷な稼業だ。

父ほどの名うての傭兵といえども、いつ命を落とすか分からない。

父に会いたい。

だけど、北はあまりにも遠い。

夏の休暇をまるまる費やして、白馬車や馬車を可能な限り使って移動したとしても、メノーバー海峡にすらたどり着くことはできない。

次に父に会えるとしたら、それはいつになるのか。

僕が、立派な魔術師になったときかもしれない。

アルマークは思い直した。

そうだ。

まずは、僕が立派な魔術師になることだ。

会いたい、なんて弱音を吐くのは、父さんに胸を張って会うことのできる魔術師になってからだ。

それまで、父さんが元気でいてくれることを信じよう。

父さんは、黒狼騎兵団は、強い。

だから大丈夫だ。

そうやって自分の気持ちを立て直そうとした。

「アルマーク」

不意に、遠慮がちな声がした。

ウェンディだった。

道の脇に立って、心配そうにアルマークの方を見ていた。

「セラハやキュリメと歩いていたんだけど」

ウェンディはそう言ってアルマークに歩み寄る。

「アルマークのことが気になって。疲れてたし、それに演奏会でも様子が、なんだか」

「それで待っててくれたんだね。ありがとう」

アルマークは微笑んだ。

並んで歩き出しながら、アルマークはウェンディに謝る。

「さっきは恥ずかしいところを見せてごめん。僕は意外とよく泣くんだ」

「そんなこと」

ウェンディは首を振る。

「音楽を聴いて泣けるなんて、むしろ素晴らしいことじゃない」

「そうかな」

「うん」

ウェンディは頷く。

「北が、恋しいの?」

そう言って心配そうな目を向けてくる。

「うーん」

アルマークは首を捻る。

「恋しい、というのとは少し違う気がする。自分でもよく分からないんだ」

アルマークは今日聴いた曲を思い出す。

思い出せば今でも胸が苦しくなるが、それは辛いというのとはまた少し違う感覚だった。

「ウェンディやみんなのお陰で、ここでの生活はとても楽しいし」

「うん」

「でも、今日あの曲が聴けてよかったと思う」

アルマークは本心からそう言った。

「そう」

ウェンディは安心したように微笑む。

「アルマークがよかったなら、それでいいの」

「ありがとう」

アルマークは、ウェンディに今日の昼間のことをきちんと話さなければいけなかったことを思い出す。

「ウェンディ、今日の昼の用事なんだけど」

「うん」

ウェンディが頷く。

「レイラのことだったんだ」

「レイラの」

ウェンディが少し驚いたように目を見張る。

「うん」

アルマークは頷いて、話を始めようとしたが、どこから始めればいいのか、はたと悩む。

レイラの話に行き着く前に、いろんな人が絡んでいる。

少なくとも、コルエンの話をしなければならないのではないか。

「ちょっと、話すと長くなるんだ。いいかい」

「うん。もちろん」

ウェンディは頷く。

「聞かせて」

「分かった」

アルマークは話し始めた。

コルエンの突然の訪問。

ポロイスとガレルの決闘の立会い。

二人の名乗りと口上。

やり直し。

「え、ちょ、ちょっと待って」

ウェンディが戸惑ったように口を挟む。

「その話、レイラはいつ出てくるの」

「もう少し先かな」

「もう少し先。分かった」

ウェンディが頷く。

「続けて」

「うん。それから……」

アルマークは話した。

ポロイスたちの決闘。

もつれる勝負。

裁定への不服。

モルフィスの記憶喪失からの、ガレルの逃走。

「ごめん」

ウェンディが申し訳なさそうに口を挟む。

「レイラは、まだ出てこないの」

「もう少しかな」

「もう少し。うん、分かった」

ウェンディは頷いた。