作品タイトル不明
笑い
コルエンが大きく間合いを取った。
腰を落として重心を下げ、剣をだらりと垂らす。
その構えに、アルマークは内心眉をひそめる。
隙だらけだ。
コルエンの構えには、たとえば武術大会でのトルクのような堅実さがまるでない。
どこからでも打ち込める。
この勝負、一瞬でけりをつけられるぞ。
理性はそう告げていた。
だが、アルマークの勘は逆に危険を告げていた。
何かある。
うかつに踏み込むな。
コルエンの目が、動こうとしないアルマークを見る。
来ないのか。
その目はそう言っていた。
なら、こちらから行くぜ。
ゆらり、とコルエンが動く。
すらりと伸びたしなやかな四肢が躍動する。
獲物に飛びかかる獣のようにコルエンは動いた。
一瞬で間合いが詰まる。
その凄まじい速度の突きを、アルマークはぎりぎりでかわした。
コルエンは流れるような動きで追撃をかけてくる。
剣が、それだけで身が切られるような風切り音を発する。
アルマークの剣がその突きをかろうじて受ける。
一、二、三、四、五。
立て続けの攻撃を受け止め、あるいは受け流し、アルマークが反撃に転じる。
その瞬間、それを察したようにコルエンが斜め後ろに大きく飛びずさった。
アルマークの突きが大きく空を切る。
速い。
アルマークは目を見張る。
尋常ではない身体能力。
フィッケの比じゃない。
今まで試合した誰と比べても、段違いだ。
間合いをとったコルエンは、そのままゆっくりとアルマークの周囲を回る。
その構えは、またしても隙だらけだ。
どこから攻撃しようか。
のんきにそんなことを考えているかのように見える。
今度は、アルマークが踏み込んだ。
一気に間合いを詰め、コルエンのがら空きの胴に鋭い突きを放つ。
それをコルエンが身を捻ってかわした。
そのまま、踊るような足取りでアルマークから離れる。
獣だ。
アルマークは納得した。
さっき臨戦態勢に入ったコルエンが、まるで肉食獣のように見えたのは、間違いではなかった。
しなやかな四肢から生み出される抜群の瞬発力。
予測できない動物的な動き。
隙だらけに見えて、実は隙のない構え。
コルエンは天性の才能、野性の強さを持っている。
技術を磨きあげ、全て計算ずくで盤上遊戯のように戦うウォリスとは全く正反対の戦い方。
だが、強い。
今更ながらに、モーゲンはこの少年によく勝てたものだと思う。
やっぱりモーゲンの勇気は本物だ。
アルマークは改めて自分の親友を誇らしく思った。
そして、こんな平和な国にこんな強い相手がいる。
それがアルマークを高揚させた。
面白いな。
アルマークは自分の頬が緩むのを感じる。
「笑ってるのか、アルマーク」
コルエンが言った。
「お前も楽しいのか」
「ああ」
アルマークは答えた。
「楽しい」
短い返答。
口許を引き締め、大きく踏み込む。
鋭い突き。コルエンがそれをひらりとかわす。
アルマークが追いすがった。
コルエンは大きく飛び退きながら、崩れた無理な態勢から突きを放つ。
そんな苦し紛れのような突きが、目を見張るほどの威力を伴っていて、またアルマークを驚かせる。
追撃を阻まれて、アルマークは立ち止まった。
と、飛び退いたコルエンが、まさかそんな位置から、というほど遠くから突き込んできた。
届かない、と判断した理性を、野性が瞬時に訂正する。
届く。
その跳躍力とリーチで、コルエンの突きは信じられないほどの伸びを見せた。
一瞬の判断の遅れのせいで、アルマークの胴が火花を散らす。
「惜しい」
思わずポロイスが声をあげる。
「ちっ」
舌打ちしたコルエンの目が光っていた。
「次は外さねえ」
コルエンが再びアルマークの周りを回り始める。
なるほど。
アルマークは思った。
だんだん分かってきた。
不意にコルエンが腕を伸ばした。
雑な突きだ。
ウォリスなら絶対にこんな攻撃はしない。
アルマークは剣でコルエンの攻撃を打ち払うと、そのままさらに踏み込む。
コルエンの懐へ。
しかしコルエンの動きは素早かった。
長い左腕を伸ばして、アルマークの剣を持つ右手を振り払い、そのまま斜め前方へと脱出する。
逃げられたアルマークが振り向くと、コルエンは心底楽しそうな笑いを浮かべた。
「だんだん本気になってきたか?」
その言葉には答えず、アルマークは無言で踏み込む。
分かった。
アルマークは思った。
これは、狩りだ。
コルエンは獣で、僕は狩人。
それなら、話は早い。
アルマークの突きをコルエンがかわす。
その長身を生かして、アルマークの届かない場所から、思いがけない独特のタイミングで攻撃を繰り出すコルエン。
アルマークはかろうじてかわす。
コルエンがさらに攻撃を放つ。
しかし、その攻撃をアルマークはもうかわさなかった。
凄まじい速度の突きを、一つ一つ、全て剣で弾き落としていく。
その速度には、もう慣れた。
突きを弾きながら、アルマークが一歩前に出る。さらにもう一歩。
「くっ」
飛び退くコルエンの着地点に、まるで分かっていたかのようにアルマークが先回りする。
獣の逃げ道を塞げ。
反射的に繰り出したコルエンの突きをアルマークが難なく弾く。
追い詰められた獣が牙を剥くのは想定内だ。
それでもコルエンは、アルマークの予想を超えて、さらに二発の連擊を繰り出した後、大きく跳躍してアルマークから逃れた。
逃げられた。
と思っただろ?
アルマークもコルエンの跳躍に合わせて一歩踏み出していた。
君が逃げた場所。
今、僕の剣がちょうど届く距離の。
そこが、この狩りの最後の追い込み場所だ。
アルマークは渾身の突きを繰り出した。
コルエンにはそれがまるで一筋の光のように見えたかもしれない。
それほどに、さっきまでのアルマークの突きとは全く異質の突きだった。
学生同士の試合で見せるにはあまりに殺気に満ちすぎていた。
戦場の突き。
反応する暇もなく、胴のど真ん中を撃ち抜かれたコルエンが吹き飛ばされる。
とった。
無意識にそう思った。
それから、うろたえた。
僕は何を言ってるんだ?
とっただって?
その時、アルマークは初めて自分の表情が歪んでいるのを感じた。
いつの間にか、自分でも知らないうちに笑っていたのだと気付き、愕然とする。
思わず顔を伏せた。
高揚感はもう跡形もなく消え失せていた。
この顔は、ウェンディには見せてはいけない。
なぜか、そう思った。