軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

断言

「ああ……」

ルゴンを順調に追い詰めていたレイドーが、突然、集中力が切れたかのように動きが覚束なくなって敗れ去るのを目の当たりにして、モーゲンが低いうめき声を漏らした。

「レイドー! なんだよ、今日は強い方のレイドーじゃなかったのかよ!」

ネルソンが叫ぶ。

「いや。強い方のレイドーだったよ、間違いなく」

アルマークは、腰に手を当てて天を仰ぐレイドーから目を逸らさず、そう答えた。

「集中力が切れたのは何か別の……」

言いかけたが、諦めたようにため息をついたレイドーを見て、思い直したように首を振る。

「……きっと、レイドーは優しすぎたんだ」

「なんだよ、それ」

ネルソンが顔をしかめる。

わっ、と歓声が上がった。

3組の応援席ではない。観客席だ。

観客席で応援していた3組の補欠生徒たちが喜んでいる。

「3組の補欠の連中だ。みんな、平民のルゴンが勝ったから喜んでやがる」

「さっきロズフィリアが勝った時は割と静かだったのに」

アルマークは不思議そうに観客席を見る。

「クラスの中で貴族と平民が分かれてしまってるんだね」

「普通はどこでもそうさ」

ネルソンはアルマークを見る。

「そういうのがなくなったのは、うちくらいだ。お前が変えてくれた」

「僕は何もしてないよ。みんなが変えたかったから変わったんだろ」

アルマークは否定したが、ネルソンは首を振る。

「俺の父ちゃんも言ってたぜ。最初に一歩踏み出す奴が偉いんだ」

「いいこと言うね、君の父さんは」

アルマークが褒めると、ネルソンは少し嬉しそうな顔をした。

僕の父さんは少し違うことを言っていたけれど、とアルマークは思う。

そうやってネルソンは真っ直ぐ生きてきたんだろう。

「でも、これで2勝2敗だぜ。最後の試合に全部懸かってきちまった……おっと」

そう言いかけたネルソンが、隣のモーゲンの真っ青な顔を見て口をつぐんだ。

「モーゲン」

ネルソンは慌てて声をかける。

「お前がそんな責任を感じる必要はないんだぜ。いつもどおりやりゃいいんだ。いつもどおり」

そう言って肩を叩くが、モーゲンの反応は薄い。

首をごくわずかに縦に動かしたような、口の中でもごもごと何か呟いたような。

「緊張するなって。負けたって誰も責めたりしねえから!」

そんなことを言っているところに、うなだれたレイドーが戻ってくる。

「……ごめん、みんな。勝てなかった」

普段は飄々としたレイドーのその姿に、みんなが一瞬言葉を失う。

「仕方ねえよ、レイドー。勝負は水ものだ」

そう口を開いたのはネルソンだ。

「お前はよくやったよ。な、アルマーク」

「ああ」

アルマークも頷く。

「途中まではものすごくいい攻めだったよ。あのまま行ければ良かったけれど、そうもいかないのが勝負の難しいところだね」

「……集中が切れてしまったんだ。自分でも分かるくらいにはっきりと」

レイドーは俯いて唇を噛んだ。

「大事な試合の最中だったっていうのに。そのせいで負けてしまった」

そして頭を下げる。

「ごめん」

「いいんだ」

アルマークは首を振った。

「君がいい加減な気持ちで今日の試合に臨んだわけじゃないことくらい、みんな分かってる。君が勝ちたかったってことも。むしろ君の集中が切れた瞬間を見逃さなかった相手のルゴンが素晴らしかったと見るべきだ」

「でも、あの時までは完全に」

それでも言い募るレイドーの肩をアルマークはそっと叩く。

「顔を上げてくれ、レイドー。前を向こう。反省は、モーゲンの試合が終わってからでいい」

モーゲンの名前を聞いて、レイドーがはっと顔を上げる。

「モーゲン」

モーゲンは、真っ青な顔をしていたが、それでも笑顔でレイドーを見ていた。

「かっこよかったよ、レイドー。僕もあんな風に戦えたらいいのに」

「ごめん、モーゲン。僕で終わらせたかった。最後の君に重圧が」

「大丈夫」

モーゲンはレイドーに頷いて見せた。その声は震えていた。

「勝つよ、僕は」

それでもモーゲンは言い切った。

「アルマークが、僕が勝つって言ってくれたからね」

「モーゲン……」

レイドーが絶句する。

「うん。君が勝つ」

アルマークはモーゲンの肩を抱いた。

「モーゲン、最後の確認をしよう。君がこの試合で勝つために」

「あーあ。レイドー負けちまったよ」

観客席でフィッケがつまらなそうに言う。

「これで3組の勝ちじゃん。俺、この試合は2組の応援してたのにな。最後の最後がコルエンとモーゲンって、力の差がありすぎて試合にならねえよ」

「そうだな……」

アインは曖昧に頷く。

「なんだよ、アイン。まさかコルエンが負けるとか言い出すんじゃないだろうな」

フィッケがアインの顔を覗き込む。

アインは不敵な笑みを口許に浮かべて答える。

「その可能性もあるかもな」

「正気かよ」

フィッケが目を丸くする。

「あのコルエンだぜ。3組で一番強いんだぜ」

「もちろんコルエンの強さは知ってるよ」

でも、と言ってアインは2組の選手席を指差す。

アルマークがモーゲンの肩を抱いて何か話している。

応援席に目をやると、トルクが意外にも落ち着いた様子でウェンディと何か話しているのが見える。

「彼らがまだ勝負を諦めたようには見えないものでね」

「それは2組の奴らがおかしいんだ」

フィッケは断言する。

「コルエンに勝てる奴なんて、1組から3組まで全部の男子を見たって今日出てないウォリスくらいのもんじゃないか」

「ふふ、誰か忘れてないか」

アインの言葉にフィッケは思い出したように頷く。

「ああ、そうか。さっきのアルマークって転入生。底の見えない強さだったし、あいつなら勝てるかもな」

「うん。彼も強いな。でも、もう一人いるだろう」

「いや、もういねえよ。それくらいコルエンは強いんだ。いてっ」

見えない何かに額を弾かれて、フィッケは声を上げた。

「何すんだよ」

「誰かもう一人、忘れてるだろう」

「いやさすがにロズフィリアだって、女子だもん。いくらなんでもコルエンには、いてっ」

「違う。そうじゃない」

「だからもういないって、いてっ」

「もういい。君には聞かん」

「アイン、何怒ってるんだよ」

フィッケは額をさすりながら尋ねるが、アインはもう彼の方を見ようとしなかった。

3組側から、コルエンがゆっくりと試合場の中央に歩み寄ってくる。

遠目に見ても、ひどく背が高いのが分かる。

気負いもなく、落ち着いた様子だ。

「コルエンが来た。僕もそろそろ行かないと」

モーゲンの言葉に、アルマークが首を振る。

「相手は相手さ。早く来たいなら来させておけばいい」

そう言って、コルエンを見る。

「君は君のタイミングで行けばいい」

「そうだね」

モーゲンはちらりと笑顔を見せて頷いたが、すぐに、やっぱり、と言う。

「僕は人を待たせるの、あんまり好きじゃないんだ。もう行くよ」

「そうか。君がいいなら」

アルマークが頷く。

「モーゲン、頼むぜ」

ネルソンが言葉に力を込める。

「モーゲン、頑張って」

レイドーも言う。

モーゲンはその言葉一つ一つに律儀に頷いた。

「レイラ」

アルマークがレイラに声をかけると、レイラも小さな声で言う。

「モーゲン。悔いのないように」

「うん。ありがとう、レイラ」

モーゲンは頷いて、最後にアルマークを見た。

「行ってくるよ」

「ああ。モーゲン、頼んだよ」

アルマークが言う。

モーゲンは頷いて、試合場に三四歩、歩き出したが、そこでまた振り返った。

「アルマーク。力が欲しいんだ」

その声が震えている。声だけではない。手も足も、小刻みに震えている。

「僕に力を。君の言葉が欲しいんだ」

「分かった」

アルマークはモーゲンに歩み寄って、両手でその両肩を抱いた。

「モーゲン。僕の君への信頼は、あの日から一度も揺らいだことはないよ」

アルマークはモーゲンの目を真っ直ぐに見て、言い切った。

「僕が断言する。君が勝つよ」

「……ありがとう」

モーゲンの震えは止まらなかった。それでもアルマークに笑顔を見せた。

「行ってくる」

もう一度そう言って身を翻すと、それからもうモーゲンは振り返らなかった。