軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

モーゲン

コルエンが試合場の中央で、ぐるりと会場を見回している。

そこに、ゆっくりとした足取りで今日最後の選手が歩み寄る。

この試合場に足を踏み入れた30番目の選手。

モーゲン。

試合場の中央に達し、コルエンと向かい合う。

モーゲンは足元に目を落とし、決してコルエンの目を見ない。

しばしの沈黙。

「お前らのクラス、強いな」

突然、コルエンが言った。

その屈託のない声に、思わずモーゲンが顔を上げると、笑顔のコルエンと目が合う。

「ポロイスもエストンも結構強いんだぜ。あんな簡単に負けるような奴らじゃないのに」

その目が楽しそうにきらきらと光っている。

「面白いよ、お前ら。特に、最初に出てきた、アルマークだっけ。できればあいつとやってみたかったな」

モーゲンが返す言葉が見付からず、黙っていると、コルエンは笑顔のままで言う。

「俺たちの試合でこの大会は終わりだ。いい試合にしような」

差し出された手を、おずおずと握る。

試合前の握手。

その光景に、観客が大きな拍手を送る。

「ああ、手なんかのんきに握って」

ネルソンが心配そうに言う。

「これから戦うってのに」

「コルエンは、今までの相手とちょっと感じが違うね」

アルマークの言葉に、ネルソンが頷く。

「ああ。前にも言ったろ? あいつはよく一緒に遊んだことがある。いい奴なんだ。なんていうか、無邪気で」

「だけど、強いね」

「分かるか」

「うん」

アルマークは頷く。

そのたたずまいで分かる。

屈託のない無邪気さは、強烈な自信と自負の裏返しだろう。

1組で一番強いであろうアインの試合はこの目で見ていないから、はっきりと判断はつかないが、おそらく今日の出場選手の中でも、コルエンは一、二を争う強さだ。

「モーゲン!!」

観客席から、ひときわ大きな少年の声がした。

「頑張れ! 負けるな!」

「バイヤーだ」

ネルソンが、2組の男子唯一の補欠となった少年の名を口にする。

「今日初めてあいつの声を聞く気がするぞ」

「バイヤーは、ウォリスが出られなくなるまでは、モーゲンと、補欠は僕たち二人だねって話し合ってたらしいからね」

レイドーが言う。

「こういう状況になって、バイヤーも応援しなきゃって思ったんだろうね」

「ずっと女の中で肩身の狭い思いしてたろうからな」

ネルソンは肩をすくめる。

「あいつはあいつで、今日一日大変だったろうぜ」

「そうだね。きっとモーゲンに届くよ」

アルマークは笑顔で応援席を見た。

バイヤーの甲高い声が耳に届くと、モーゲンは少し頬を緩めた。

ありがとう、バイヤー。

本当なら、僕もすぐにそっちに飛んでいって、最後の試合に出る誰かのことを一生懸命応援したいけれど。

モーゲンの身体の震えは一向に収まらない。

行けないんだ。

その最後の誰かが、今は僕だから。

モーゲンはそっとコルエンを見上げた。

きっとさっきの握手でばれただろう。

手が冷たい汗でびっしょりだったことも。

その手が小刻みに震えていたことも。

仕方ない。

モーゲンは思う。

怖いものは、怖い。

かっこ悪いのは僕だって嫌だけど、強がろうとすればするほど、腹の底からどうしようもない震えが来る。

歯を食いしばっていなければ、きっと奥歯はずっとかちかちと鳴りっぱなしだろう。

仕方ない。

それが、僕だ。

今日の試合、みんなの戦う様を間近に見てきた。

そして、痛感した。

ネルソンのように自分で自分を奮い立たせて、その勢いのまま勇敢に戦うことも。

レイラのように遥か高い目標のために、他のこと全部を切り捨てることも。

レイドーのように冷静な割り切り方で、いつもどおりの自分を保つことも。

ましてやアルマークのように不思議な穏やかさと激しさを同居させたままで、楽しむように試合に臨むことなんて。

僕にはとてもできない。

審判のボーエンが二人の横に立ち、コルエンの名がまず読み上げられる。

コルエンはゆっくりと剣を持つ右手を挙げて、それに応える。

ポロイスのような派手なパフォーマンスも、エストンのような取り澄ました仕草もない。

だからこそ、モーゲンにも分かる。

コルエンは強い。

自分の名が読み上げられると、モーゲンは慌てて頭を下げた。

それが滑稽に映ったようで、観客席から拍手と一緒に笑い声が起きる。

よく、そうやって笑われてきた。

モーゲンには苦手なことがたくさんある。

いつもそういうことに挑戦するたびに、自分ではそんなつもりがなくても笑われてしまう。

それが嫌で、笑われるたびにどこかに隠れてしまいたい気持ちになりながらも、それを笑顔で取り繕ってきた。

僕が何か苦手なことをすると笑う。

人はそういうものなんだと思っていた。

だけど、アルマークは違った。

会ったときから今日まで、アルマークは一度もモーゲンをバカにしたことはない。

他のクラスメイトに較べ、明らかに見劣りする自分の魔法を見ても、アルマークは素直な賛辞を惜しまなかった。

武術大会の練習でも、自分の動きがひどいことは痛いほど分かっていたけれど、アルマークは決して見捨てたりせず、勝つ方法を考えてくれた。

だから、モーゲンはもう笑われることを恐れない。

たった一人、間違いなく自分を笑わないでいてくれる人がいると、確信できるから。

笑いたい人には、笑わせておく。

僕には、アルマークがいる。

ボーエンが、剣を合わせるよう二人に促す。

モーゲンが先に剣を上げた。

それを見たコルエンが、小さく頷いて剣先を合わせる。

「はじめ!!」

ボーエンの声。

この日最後の試合が、始まった。

モーゲンは、大きく飛びずさって間合いを取ると、大きな声で叫んだ。

「さあ、来ぉい!!」

その声が緊張で裏返った。

コルエンが片眉を上げる。観客席からまた忍び笑いが漏れた。

「それでいい」

アルマークが呟いた。

「モーゲン、それでいいんだ」

モーゲンには、お守りのように大事にしている言葉がある。

あのウェンディの冬の屋敷で、北の傭兵たちの襲撃があった夜。

到着の日に早くも襲撃してきた傭兵たちにうろたえたモーゲンに、アルマークが最初に言った言葉。

「大丈夫。僕と君がいるんだ。なんとかなるよ」

その日、アルマークは一人で大人の傭兵を何人も斬った。

傭兵たちの頭目も、傷を負いながら一人で斬り伏せた。

あの場で自分ができたのなんて、本当に微々たることだ。

でも。

アルマークは、モーゲンを下には扱わなかった。

僕と君。

アルマークは、いつもモーゲンを対等に扱ってくれた。

モーゲンなんか。モーゲンごとき。

そんな言葉に自分でも慣れきっていたモーゲンのことを、そんな言葉を使う彼らの誰よりも強いであろうアルマークだけが。

「僕」のすぐ横にいつでも「君」を置いてくれた。

「剣が怖いんだね」

練習で、アルマークはモーゲンに言った。

モーゲンが頷くと、アルマークは人差し指を立てて、モーゲンに示した。

「一回だけ。相手の攻撃一回だけなら我慢できるかい」

「一回……?」

「モーゲン、君は目がいい。相手の攻撃が来るのが、君には相手の目や身体の動きで分かる。それで、怖くなってしまうんだ」

だから、とアルマークは言って、モーゲンの目を見た。

「怖さに耐えるのは、一回だけでいい」

モーゲンの目がいいことに、アルマークは練習のごく初期から気付いていた。

相手の攻撃が来るのを察知して、すぐに及び腰になってしまうのもそれが原因だ。

今日の試合で、レイラとロズフィリアの攻防の均衡が崩れたときに、最初にそれに気付いて声を上げたのもモーゲンだった。

体捌きや剣捌き、打ち込みの速度。そういったことはすぐには身に付かないし、モーゲンにはその方面での才能はあまり無い。

だから、コルエンとモーゲンが試合をすれば、100回に99回はコルエンが勝つだろう。それも、試合にならないほど圧倒的に。

だが、戦場での勝負であれば、敗れれば二回目はない。

それと同じだ。この大会は、一回勝負。

一回だけの勝負なら。

二人があいまみえる最初の一回なら。

「モーゲンが勝つよ」

アルマークはもう一度呟いた。

コルエンが、笑顔を消して真剣な表情になる。

モーゲンの仕草がどんなに滑稽に映ろうとも、コルエンは決して相手を舐めたりはしない。

コルエンというのは、そういう少年だ。

その大きな身体が、モーゲンの前でさらに大きくなる。

恐怖心からもたらされる目の錯覚。

そう分かってはいても、自信に満ちたコルエンの姿が、モーゲンの視界いっぱいを覆うほどに大きくなっていく。

怖い。

コルエンの突きは、きっと練習のときのアルマークよりも、昨日戦ったトルクよりも、もっと速いだろう。

怖い。

腰が引けそうになる。

モーゲンを支えているのは、アルマークのたった一つの言葉。

「怖さに耐えるのは、一回だけでいい」

アルマークがそう言うのなら、僕は信じる。

モーゲンは目を見開いた。

コルエンの一挙手一投足を見逃さないように。

「最初に一歩踏み出す奴が偉いんだ」

ネルソンの父の言葉だそうだ。

アルマークの父、レイズは少し違うことを言っていた。

傭兵としての経験から来る言葉なのだろう。

どちらのほうが正しい、ということではない。

しかし、アルマークは試合前、父の言葉をモーゲンにそのまま伝えた。

レイズの声がアルマークの胸に甦る。

いいか、アルマーク。

「前に出るときを間違えるな」

そして。

「出ると決めたら、ためらうな」

ためらうな、モーゲン。

アルマークは心の中で呟く。

最初の一撃。

モーゲンがアルマークに授けられた作戦は、単純明快だ。

技術も体力もないモーゲンが勝つための、唯一の方法。

相手の最初の一撃に被せる。

コルエンがモーゲンとの間合いを詰めた。

速い。

予想よりも、ずっと速い。

モーゲンはそれでも恐怖に抗った。

見ろ。

コルエンの動きを。

何一つ見逃すな。

動け。

動け、僕の身体。

ためらうな。ためらうな。ためらうな。

食いしばった歯から、血の味がした。

コルエンの突きが放たれる。

おそらく、今日の全試合の中でも一、二を争う凄まじい速度の突き。

「どんなに速くても」

アルマークの言葉だ。

「来ると分かっていれば、よけられる」

アルマーク、君が言うならそうなんだろう。

モーゲンは思った。

君が、勝てると言ってくれたなら、僕は勝つ。

君が、強いと言ってくれたなら、僕はいくらでも強くなれる。

だから、君が僕を勇敢だと言ってくれるのなら。

コルエンの突きが空を切り裂いた。

それは、僕が勇敢だからじゃない。

モーゲンの全身全霊を込めた突きが、コルエンの胴に突き刺さる。

僕の勇気は、君だ。

アルマーク。

君が僕の勇気なんだ。

「それまで!!」

ボーエンの声が響いた。