軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

闇と風

アルマークの身体は自分の意思に反した歩みを続け、寮から少しずつ離れていく。

どこまで歩かされるのか。

今日は武術大会だ。道々に衛士たちが立っている。

気付かれずに学院の外に出るのは不可能だ。

と、道から外れた茂みで男が足を止めた。

「今日は警備が多すぎる。さすがにわしは目立つのでな。この先に迎えが来てくれることになっておる。この茂みに隠れていろ」

だが、男の命令に反して、アルマークの動きがぴたりと止まる。

「おっ」

男は嬉しそうにアルマークを見た。

「まだ抵抗する魔力が残っておったか。元気で結構」

杖を一振りすると、アルマークの動きが再開する。

「とはいえ恐るべき魔力の量よ。銅貨がやられたのも頷ける」

アルマークはほぼ意識を喪失しかけた状態で、身体を動かされていた。

先ほど動きを止めたのが最後の抵抗といってもよかった。

茂みに座り込まされそうになった時、薄れた視界に、誰かの人影が見えた。

「出迎え……にしては早いか」

男はゆっくりと杖を掲げる。

始末する気だ。

アルマークは思った。

巡回に回ってきた警備の衛士だろうか。

逃げてくれ。

そう叫びたいが、声も出せない。

だが、見えてきたのは、衛士ではない。

濃紺のローブ。

学院の制服じゃないか。

アルマークは絶望した。

頼む。気付かずにそのまま通りすぎてくれ。

だが、アルマークの思いに反し、その濃紺のローブはまっすぐこちらに近付いてくる。

「ぬ」

さすがにその足取りに男が不審のうめきを洩らす。

「こちらに向かって来る」

男は、仕方ない、と呟く。

「始末せざるを得んか」

言葉とは裏腹に、その口調は実に楽しげだ。

ダメだ。

来るな。

アルマークは必死に口を動かそうとするが、言葉は出ない。

濃紺のローブが間近に迫る。

歩き方が、どこか苦しそうでぎこちない。

と、不意にその学生から凄まじい魔力が放たれた。

朦朧としているアルマークにもはっきりと分かるほどの膨大な魔力。

それも、この魔力は。

「これは、なんと」

男がアルマークの気持ちを代弁した。

「なんと邪悪な魔力よ」

その学生から放たれたのは、闇の眷族もかくやと思わせる、禍々しい魔力だった。

そのまま、その学生が二人のいる茂みの前まで来て、立ち止まる。

その顔を見た男が、驚きの声をあげた。

「あなた様は」

アルマークにも、その顔が見えた。

苦しげに顔を歪めてはいるが、その整った顔は紛れもなく。

ウォリス。

ウォリスは、闇の魔力を放ったまま、男を見た。

男が、それにたじろいで一歩後ずさる。

「あなた様は、だと」

ウォリスは言った。

普段の口調からは想像できない、低く威圧的な声。

「誰と間違えた。不愉快だな」

そう言いながら、無造作に男に右手を伸ばす。

男が何かを感じて、杖を突き出そうとする。

だがそれよりも速く、ウォリスの闇の魔力を具現化したような黒い不定形の塊が男の杖にまとわりついた。

「そいつはまだ殺していいような人間ではない」

ウォリスは言った。

「少なくとも、貴様のような者が」

黒い塊の中で、ばきばきと杖の砕ける音がする。

ひっ、と男が声をあげた。

その瞬間、アルマークの身体の束縛が解け、アルマークはその場にうずくまる。

「よく聞け。貴様らのおもちゃにはならん」

憤怒の込められた口調で、ウォリスは言った。

だが、その身体が震えている。

「くそ。近い」

吐き捨てて、ウォリスは闇を動かした。とっさに身をかわそうとした男の身体に闇がまとわりつく。

「喰え」

ウォリスの短い命令のあと、男の絶叫が響いた。

と、不意に闇がかき消されるように消えた。

ウォリスがゆっくりと膝をつく。

顔が歪んでいる。

「くそ。近すぎる。身体がもう少し動けば」

「ウォリス」

アルマークは呼び掛けた。

「大丈夫か」

「奪われるな。それも」

ウォリスはアルマークの持つ棒を指差す。

「それから、貴様の命もだ」

普段とはまるで違う口調で、そう命令するように言うと、ウォリスは倒れた。

「ウォリス」

アルマークの呼び掛けにも応じない。意識を失ったのか。

「かああっ」

叫び声がした。

右腕を食いちぎられた男が、それでも立っていた。

左手を右腕の傷口にかざしている。その傷口がみるみる塞がっていく。

「しくじったわ。だがそれだけは何としても」

男がアルマークに向き直る。

アルマークは立ち上がった。

やれるか。

ウォリスはああ言ったが、今の身体では、この棒か、命か。どちらかは失ってしまいそうだ。

覚悟を決めろ。

父親譲りの果断な決断力。

選択の向こうにしか、希望はない。

アルマークが右手に最後の力を込めようとした、その時だった。

風が吹いた。

風とともに、アルマークの目の前に、灰色のローブの背中が立ちはだかる。

その背中を見ただけで、アルマークは安心感から崩れ落ちそうになった。

「イルミス先生」

イルミスは背中からも感じ取れるほどの怒りを放っていた。

「私の生徒に、手を出したな」

イルミスは言った。

新たな敵の出現に、男が残った左手を動かす。

「先生、気をつけて。そいつは」

「その穢れた魔法を、私の生徒に使ったな」

イルミスはアルマークの言葉に構わず、男に歩み寄る。

男は自分の発動した魔法が効果を顕さないのに気付き、愕然とした表情を見せる。

「使わせるものか。その程度の魔法で何を得ようとした」

イルミスは杖を男に向ける。その先端が淡く光る。

「だが、真の魔法を見せてやる義理もない。お前にはこれで十分だ」

男がまだ何か魔法を使おうと手を動かした、その刹那。

イルミスが踏み込む。

胸への一撃。

イルミスの杖が、男の胸を貫き、背中まで達していた。

「今日は武術大会だからな」

それは、アルマークから見ても、目を見張るほどの突きだった。

男が声にならない絶叫をあげ、その身体が、煙とともに消えていく。

あとに残ったのは、一枚の銀貨。

「ふん」

イルミスは杖を一振りして穢れを払ったあと、アルマークに駆け寄った。

「アルマーク、しっかりしろ。今傷口を塞ぐ」

「先生」

アルマークは弱々しい笑顔を見せた。

「嘘をつきましたね。武術は苦手だって」

「個人戦3連覇はさすがに言い過ぎた」

あわただしくアルマークの傷口に手をかざしながら、イルミスはにこりともせずに答えた。

「優勝したのは最後の年だけだ」