作品タイトル不明
銅貨
アルマークは荒い息をつきながら、倒れそうになる身体をどうにか気力で支えていた。
魔力はほとんど空っぽだ。
ろくに練れてもいない魔力を身体の中で無理やりうねらせて、それを全身からでたらめに放出させてしまったのだ。
むしろまだ意識が保てているのが不思議なほどだ。
手に武器が転がり込んでこなければ、やられていた。
アルマークは右手の棒を見る。
さっきは思い切り振り回してしまったが、傷ひとつ付いていない。
案外、頑丈な棒だ。
どうも、こいつらはこの棒を狙っていたようだった。
さて、これからどうしたものか。
改めてアルマークが、床に倒れている瓜二つの二人の魔術師に目をやったときだった。
不思議なことが起きた。
二人の身体から、しゅうしゅうという音がし始めた。
異臭とともに煙が立ち上る。
かと思う間に、男たちは纏っていたローブも含めて全て、その煙とともに消え失せてしまった。
あとに残ったのは、床に転がる二枚の銅貨だけ。
見れば、その銅貨には黒い塗料で何か複雑な紋様が描かれている。
そうか、変化の術か。
アルマークは理解した。
この瓜二つの魔術師は、本当の人間ではなく、銅貨の変化したものだったのだ。
変化の術といっても、魔法をかけたその場ではなく、任意のタイミングで物の姿を変化させる魔法のようだ。
まだアルマークが聞いたこともない高等な魔法だ。
さっき、もう一人の男の気配が感じられなかったのも道理だ。
アルマークが部屋に入った後で、廊下に置かれていたこの銅貨が魔術師に変化したに違いない。
それにしても、誰が何の目的で、こんな手の込んだことを。
その瞬間、アルマークは跳んだ。
全身に残ったありったけの力をかき集めて、窓に身を躍らせる。
ガラスの割れる音とともに、背中がざっくりと切り裂かれる感覚。
廊下に新手の姿を認めてすぐに跳んだのだが、間に合わなかった。
何か風の刃のようなもので切られた。
それでも空中で体勢を整えて、どうにか着地する。
着地と同時に、真っ赤な血が地面に飛び散った。
「おう、何ともすばしっこい小僧よ」
頭上から声がした。
ふわり、ふわりと舞うようにゆっくりと降りてくるのは、黒いローブの男。
しわだらけの顔。
奇妙な形状の杖。
先ほどの二人と全く同じ顔、同じ出で立ちだ。
まだ、銅貨があったのか。
「その右腕ごと切り飛ばして持ち帰ろうと思ったのによ」
ゆっくりと自分の前に降り立ったその男を見て、アルマークは思う。
いや。
顔に走る皺の数が明らかに少ない。
さっきの二人より、少し若いか。
男は左手に持っていた二枚の銅貨をつまらなそうに投げ捨てる。
「所詮、銅貨は銅貨なりの力よな」
アルマークは悟る。
この男は、さっきの二人よりも強い。
「立っているのも辛かろう」
男はアルマークに言った。
「ろくに練りもしない魔力をあれだけ出したら、普通はその場で心臓が止まるわ」
アルマークは、目で男との距離を測る。
一歩で踏み込める距離に、少し遠い。
「近づかんよ、これ以上は」
男は、アルマークの心を読んだかのように言った。
「右手のそれで殴られたらかなわんからな」
「この棒が狙いか」
アルマークは言った。
声を出すだけで、視界が白く染まりそうになる。
背中の出血も止まらない。
傷は思ったよりも深いようだ。
身体の限界が近い。
「お前らは何者だ。この棒が、何だっていうんだ」
「知らんのなら知らん方がいい」
男はにべもなく言った。
「わしと話して誰かが来るまで時間を稼ぎたいんだろうが」
男はぐい、と杖を突き出す。
「乗らんよ、その手には」
その瞬間を待っていた。
男が杖を突き出したその瞬間、アルマークは一気に踏み込んだ。
アルマークの一歩で届く距離に、突き出された男の杖があった。
アルマークの持った棒が男の杖を弾き飛ばすのと、男の魔法が発動するのは同時だった。
高く舞い上がった杖が地面に落ちて鈍い音を立てた時には、アルマークは再び身体の自由を奪われていた。
「危ない危ない」
男は言った。
「元気なお主なら、わしの魔法よりも速かったな」
顔を歪めて、残念だったのう、と笑う。
「だが、こちらもいいことを考えたのよ」
男はアルマークに背を向け、杖を拾い上げる。
「どうせ、わしらにはそれに触ることはかなわん」
そう言ってアルマークの手の中の棒を指差す。
「銅貨を二枚ともお主がダメにしてしまった以上、今は魔法を解くこともできん」
アルマークの右手がゆっくりと挙がる。
それを見て男が笑った。
「その責任はとってもらわんとな」
アルマークは自分の意思とは無関係に身体が動くのを感じていた。
足が前に出る。
一歩、二歩。
「わしらが触れんのなら、触れる者に運んでもらえばいいのよ」
男は声を出さずに笑う。
「わしと一緒に来てもらおう。なに、帰りの心配はせずともよいわ」