作品タイトル不明
フィッケ
トルクは、剣を構えてフィッケと向かい合う。
フィッケは、締まりのない表情で、剣をぶらぶらさせてトルクと向き合う。
こいつは確か……。
トルクは思い出す。
練習で、ずいぶんとおかしな動きをしているのを見たことがある。
要注意だ。
トルクは、試しに軽く剣を突き出す。
フィッケはそれを大きく飛び退いてかわす。
もう少しつつくか。
トルクは踏み込んで間合いを詰め、さらに突きを出した。
と、いきなりフィッケの姿が消えた。
「!」
フィッケはトルクの剣をかわしざまに斜め前方に大きくジャンプしていた。
「速い」
思わずアルマークが呟く。
トルクの死角となったその位置から、空中で剣を突き出す。
トルクはとっさにそれに反応して剣を打ち払った。
フィッケは深追いせず、着地するとともに素早く距離をとる。
観客席が沸いた。
いきなりアクロバティックな派手な攻防が飛び出したからだ。
「トルクはよく反応したな」
アルマークが感心する。
「あの程度でやられたら、赦さねえよ」
ネルソンがそれに応える。
「トルクの強さはあんなもんじゃねえ」
再び向き合った二人。
フィッケはまたぶらぶらと剣を揺らす。
トルクは今度は自分からは突っ掛けず、待つ構えだ。
フィッケはゆっくりと右回りにトルクの周りを回りはじめる。
トルクは落ち着いて構え、フィッケに隙を見せない。
「トルクの構えはうまくなったからな。回ってるだけじゃ打つところが見付からないと思うよ」
アルマークの言葉に、ネルソンが頷く。
「攻撃を組み立てて、隙を見つけていかねえとな。フィッケにそれが出来るかね」
フィッケは、手を出せないままついにトルクの周りを一周する。
観客席のざわめきが大きくなる。
と、突然フィッケが再び跳躍した。
斜め前に跳びながら、トルクの胴に一撃を叩き込む。
トルクがこれを剣で防ぐと、フィッケは身を低く伏すようにして着地し、そこから伸び上がるように強力な突きを放つ。
これをトルクが再び剣で受け流すが、威力が強く、流しきれずに防具を掠める。
「突きが強いな」
ネルソンが驚きの声を上げる。
「あんなに細い腕で」
「全身の体重を乗せて打ってる」
アルマークが言う。
「身体の使い方がうまいんだ」
フィッケはそのまま連続で突きを放ってくるが、それを防ぐうちに徐々にトルクの体勢が整ってきた。
突きの受け方に明らかに余裕が生まれている。
舐めるなよ、その程度の突きで。
トルクはフィッケの突きを豪快に打ち払うと、そのまま強烈な突きを放った。
フィッケはなんとか身をよじってかわしたものの、それは一撃で武術場の空気が変わるような強烈な突きだった。
観客席から、感心したようなため息が漏れる。
トルクはそのまま、前に出た。
風切り音が観客席まで届きそうな強烈な突きを、連続で放っていく。
今度はフィッケが防戦一方だ。
「まともに正面から打ち合えばトルクの敵じゃないな」
レイドーが安心したように言う。
「そうだね」
アルマークは頷くが、表情は緩めない。
「でも、油断すると……」
必死にトルクの攻撃を防ぎながらも、フィッケの表情にはどこか緩さがある。
生まれつきの表情だと言われればそれまでなのかもしれないが、どこか人を食ったようなその顔には、まだ余裕があるように見える。
と、フィッケがトルクの一瞬の隙をついて再び躍り上がった。
「うおっ」
ネルソンが思わず声を上げる程の突然の跳躍。
身体を跳躍させながらも、剣を持つ右手だけはトルクの前面に残している。
トルクは突然に剣だけを残して目の前の敵がいなくなって、一瞬面食らった顔をした。
フィッケは右手を軸にして空中で側転するように身体をよじると、トルクの斜め後ろに着地する。
「危ない!!」
観客席の2組の女子たちからも悲鳴が上がる。
フィッケがトルクの胴に突きを見舞う。
「ちぃっ」
トルクは身体を地面に投げ出すようにしてそれをギリギリでかわし、一回転して起き上がった。
おー、というどよめきが起き、一拍おいて二人の攻防に拍手が送られる。
「トルク!!」
起き上がったトルクにネルソンが大声で叫ぶ。
「お前しっかりしろよ! そんなやつに負けんじゃねえ!」
トルクは顔を歪めて、ちっ、と舌打ちした。
うるせえ。黙って見てろ。
トルクは今度は自分から前に出た。
こいつは好きにやらせるとめんどくせえってのは分かった。
強烈な圧をかけながら、突きを繰り出す。
跳べるもんなら、跳んでみろ。
その連続攻撃に、フィッケは再び防戦一方になる。
先程のように跳ぶタイミングがつかめずに、じりじりと追い詰められていく。
「うまい。上から角度をつけて突き下ろしてるから跳ぶに跳べないんだ」
アルマークの言葉に、ネルソンが頷く。
「あいつ、パワーだけじゃなくてそういう細かいところが意外にうまいんだよな」
跳んでみろよ。おら。さっきみたいに跳んでみろ。
トルクが圧をかけ続け、フィッケの顔から余裕が消える。
「このままいけば、もう決まるな」
アルマークがそう呟いた時だった。
「フィッケ!!」
よく通る声がした。
1組の応援席からだ。
「アインだ」
ネルソンが声の主の名前を呟く。
「馬鹿正直に付き合うな!」
そう言いながら、アインが両手を上から下に大きく振る。
フィッケがその言葉にすぐに反応した。
アインの言葉に従って、体勢を低く。
まるで、地を這うほどに体勢を低くする。
打つ場所を見失い、トルクの攻撃が一瞬止まる。
その瞬間、フィッケが大きく跳んだ。
そのあまりの高さに観客席から大きなどよめきが上がる。
フィッケはトルクの頭上をそのまま飛び越して、その背後に着地した。
「ちぃっ」
トルクが振り向いた時には、フィッケはもう次の跳躍に入っていた。
斜めに跳び様に、一撃。トルクがとっさに剣で受ける。
がきん、と鈍い音。
トルクが再びフィッケの方に向き直ったとき、その視界に入ったのは、フィッケのふくらはぎだった。
「また飛び越した!!」
モーゲンが叫ぶ。
フィッケはまたトルクの頭上を飛び越えて背後に。
「あれ、魔法じゃなくて自力でやってんのかよ。すげえ運動能力だな」
ネルソンが呆れた声を出す。
「でも、まずいぞ。トルクがついていけなくなってる」
アルマークが言う。
事実、フィッケのまるでサーカス団のような跳躍に、トルクの反応が遅れてきている。
繰り返すフィッケの跳躍と攻撃。トルクの防御が間に合わなくなってきた。
そして、フィッケは満を持して、トルクの左斜め後方に向けて跳躍する。
剣を持つ右手からもっとも遠い位置。トルクの攻撃の最大の死角。
トルクが身体をひねる。
そこから身体をひねっても、もう間に合わない。
フィッケは勝利を確信した。
「フィッケ!!」
アインの叫び声が聞こえる。
フィッケはそこで初めて違和感に気付く。
自分はトルクの左斜め後方、トルクの剣から最も遠い位置に着地しようとしているのに。
そのトルクの剣が、自分のすぐ目の前にある。
どうして。
こいつ、まさか。
フィッケは自分の致命的な見落としに気付く。
こいつ、いつの間にか、剣を。
フィッケの背中を冷たいものが流れる。
右手から左手に、持ち替えてやがる。
トルクの顔が凶悪な笑顔で歪んだ。
身体の回転ごと、左手に持った剣で、空中のフィッケの胴を突き刺すようにして抉る。
どごん、という鈍い音とともに、フィッケの細い身体がそのまま弾き飛ばされる。
へっ。
トルクは会心の笑みを浮かべた。
自分が飛び回るのに夢中になって、相手の手元もろくに見てねえんじゃ世話ねえぜ。
フィッケの身体が地面に叩きつけられる音。
あーあ。
トルクはその音を聞きながら、思った。
そりゃこの程度の奴になら、当たるわな。
ゆっくりと肩を回す。
本当ならあの日、アルマークの野郎をこうしてやるつもりだったのによ。
「それまで!」
ボーエンの良く通る声が武術場に響いた。