軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

19話〜兄ちゃんは何回目なんだ?〜

「ここが、試験会場です」

そう言って松本君が指さすのは、さっきまで俺達が見上げていた特区の壁だった。その壁に沿うように建てられた建物群の一部を目指し、そこで長々と出来ている行列に並んだ。

この列を作っている人みんな、受験者らしい。

「凄い人数だな」

「適性試験は35歳までなら無条件で受けられますからね。みんな、ダメ元で1度は受けに来るんです」

「まるで自衛隊だな」

あっちは32歳までだけどさ。

「因みに僕は、これで5回目です」

「ベテランだねぇ」

「いえいえ。凄い人は、毎月受けに来る人もいるらしいですよ?」

そんな局員になりたいの?俺なら、頼まれても嫌だけど。

そう思って周囲を見るも、誰もがやる気に満ちている。「やってやる」「今度こそ」と、難関校の受験生みたいに意気込んでいる人もいた。

「おら、お前ら!気合い入れろ!」

「「「うっす!!」」」

突然、大声が響く。

見ると、ツナギ姿のおっちゃん達が、工具を両手に壁へと向かっていた。

あれは…工事業者か。特区案件を任された人達みたい。

「働くぞ、お前ら!」

「「おっす!!」」

「女性の皆様の為に!」

「「「女性の為に!!」」」

…凄い気合いだ。目が血走ってる。

異様な光景に、俺は自然と引いてしまう。だが、周りの受験生は目を輝かせる。

「良いよなぁ、あいつら。俺も、女性の為に仕事したいぜ」

「この試験落ちたら、小林組を受けようかな?」

どうやら、大手ゼネコンも人気らしい。 JIES(うち) も特区案件を受注したら、応募が増えるだろうか?

…いや、こんな「女性の為に!」なんて言っている奴と一緒に、仕事出来る気がしないな。

「これより本日の試験を開始する!」

時間が経ち、管理局員が受験生を誘導し始める。みんなは一気に緊張した面持ちとなり、一言も喋らなくなった。何時もはノホホンとしている松本君でさえ、キリリとした顔で前の人に続く。

俺も彼の背に付いて行きながら、前を見る。巨大だった特区の壁は、最早てっぺんが見えなくなっている。

その壁に呑み込まれる様に、俺達は施設の中へと入っていった。

「前からここまでは、左へ進め。残りはこっちだ」

中に入ると、無機質な通路が続いており、2手に別れて案内される。

俺達の組は大体20人くらいか?後ろを見ると、結構な歳のおじさんもいる。35歳までって聞いたけど、何か特例があるんだろうか?

「ここで待機しろ」

そうして通されたのは、だだっ広い部屋。家具等は一切なく、中央にパイプ椅子が並べられているだけだった。

「こちらの命令以外で動くな。動けば、失格とする」

局員は一方的に告げると、部屋から出て行く。それでもみんな取り乱す様子はなく、ただ粛々と椅子に座る。

慣れているな。初心者は俺だけか。

俺も松本君に習って、彼の隣に座る。すると、俺の隣にドカッと勢い良く誰かが座った。

後ろに居たおっさんだ。

「なんだよ、兄ちゃん」

つい彼に視線を向けていると、おっさんが俺を睨みつけて来た。

「いえ。なんでも…」

「あぁ?緊張してんのか?まだまだ青いな」

おっさんはガハハと笑って、俺の肩をバシバシ叩く。

体を使う職業なのか、かなり力が強い。ガテン系?

「俺はもう35回以上受けてるベテランでよ。もうあと少しの所まで来てるって、局員様からはそう思われている訳よ。ガハハハッ!」

おっさんは一方的に喋り続け、勝手に笑う。

こんなにお喋りだから、35回も落ちてるんじゃないか?

「兄ちゃんは何回目なんだ?」

「僕は、今回が初めてです」

「おいおい、その歳でルーキーかよ」

おっさんがしこたま笑ってくる。

うるさいなぁ。別にこっちは、局員になるつもりはないんだよ。

俺がおっさんを煩わしく思っていると、彼は隣の人に話しかける。その人も、それなりに歳を食ってる細身の優男だ。

「あんたは何回目なんだ?」

「…さてな。少なくとも、100は下らんだろうよ」

うわっ。上には上がいた。

更なるベテラン出現に驚いていると、ガテン系おっさんが「ふんっ」と鼻で笑う。

「そんなに受けて受かねぇなら、あんた才能ねぇんだよ」

…目クソ鼻クソを笑うって言葉、知ってる?

随分とハズレ席を引いてしまったと落ち込んでいると、急に部屋の照明が落ちた。驚いたが、隣のおっさんが「始まったな」と呟いたので、察する事が出来た。

ありがとう。目クソおじさん。

彼に感謝していると、部屋の壁にふっと、影が生まれる。

いや、影じゃない。これは女性だ。女性の上半身が投影されているんだ。黒髪でまぁまぁ綺麗な人だけど…肩幅が広いな。スポーツ選手か?

オトハ様とも鈴木さんとも違うタイプの女性に、俺はついつい見入っていた。

いや、俺だけじゃない。周囲からも「うっ」と小さく声を漏らし、唾を飲み込む音がここまで聞こえた。

そして、

『あぁん?喋れって、何を喋りゃ良いんだよ?』

女性のちょっとハスキーな声が部屋の中に響く。すると、パイプ椅子がガタつく音がそこら中で聞こえた。中にはもう、椅子から崩れ落ちる人も出始めている様だった。

「ぐっ…うっ…女神…女神様だぁ」

俺の隣でも、目クソおじさんが前かがみになって耐えている。

止めてよ?俺の隣で、変な事するなよ?

俺が祈っている間にも、女性の声は続く。

『ったく、めんどくせぇな。これ、あれだろ?男に聞かせるって奴だろ?なんで警官のあたしが、そんな慰問官の真似事をしなくちゃいけねぇんだよ?』

不満タラタラな女性。

そんなちょっとガサツな彼女の態度でも、他の人達には刺激が強過ぎる様子。また1人、椅子から転げ落ちる音がする。

そして、

「うん?何の匂いだ?」

花の様な、何処かで嗅いだ覚えのある匂いが漂ってきた。

真っ暗だから分からないが、部屋の後ろから来ている気がする。何か装置でもあるのか?

「こっ、これは…お化粧の匂い!」

松本君が過剰反応し、必死な形相で心臓を押さえる。

「大丈夫か?まっちゃん」

「なっ、何とか」

俺の左隣は、頑張って耐えている様子。

では右隣はと言うと…。

既に床とキスをしていた。

「大丈夫ですか?目クソさん」

「だ…レが…目く、そ…」

まだ声は出せるみたい。流石はベテラン。

しかし、そのベテランおっさんの背中に、足が乗る。

細身のおじ様だ。

「足置きに丁度良いな」

…さっきは平気そうに見えたけど、随分と怒りを溜めていたご様子で。

『あぁん?自己紹介しろだと?なんで見ず知らずの男共相手に、個人情報開示しねぇといけねぇんだよ?アイアンクローかけっぞ?』

女性がキレ散らかす。

それでも、ハスキーな声でよく喋り、加えて周囲からの匂い攻撃が合わさって、大半の人が沈んでしまう。

松本君も、パイプ椅子からケツが半分はみ出してる。

「危ないぞ、まっちゃん」

「はぁ、はぁ、す、みませ…」

彼を支えるも、随分と苦しそうだ。

「おい」

そうして彼を介抱していると、おじ様が話しかけてくる。

「人の試験に手を出すとは何事だ?貴様も失格になるぞ?」

鋭い視線を送ってくるおじ様。優雅に足を組み直し、目クソおじさんを足ふきマットにしている。その姿は、まだまだ余裕そうに見えた。

これが、百戦錬磨の貫禄なのか。こんな彼ですら100回も落ちるのが適性試験。なんて狭き門なのだろう、管理局員とは。

『なに?自己紹介はもう良いから、笑顔で手を振れだと?それで最後なんだろうな?それやったら今夜、焼肉奢って貰うかんな?』

不貞腐れ気味だった女性は一転、こちらに無邪気な笑みを向けて来た。

『おーい。お前らぁー。無事に死んでるかぁ?変な事してたら、逮捕しちゃうぞ?』

「うっ」「あっ」

女性の銃を撃つフリを見て、何とか意識を保っていた人達も沈む。松本君も「ふぅ〜」と満足そうな吐息を吐いて、脱力した。

俺は慌てて彼を抱きとめて、肩を貸す。そのまま、会場の出口へと向かう。

すると、

「おい」

また、おじ様が話しかけてきた。

「何処へ行く?試験はまだ終わっていないぞ?」

「ええ。そうなんですけど…友達を放ってはいられませんので」

「友達だと?他者の為に、自らの人生を棒に振る気か?この部屋から一歩でも出れば、耐えた努力が 水泡(すいほう) に帰すのだぞ?」

そう言って、おじ様は小馬鹿にした表情で笑う。なんとバカな奴と、そう言われている気がした。

ふんっ。構うもんか。

「友を見捨ててまで、管理局員に成りたくないんでね。おじ様はきっと、良い局員になれると思いますよ」

平気で人を足蹴にするアンタなら、入ってもすぐに馴染むと思うぜ?

そんな皮肉を込めた捨て台詞を置いて、俺は会場を後にする。その背に、「ふっ」とおじ様の皮肉めいた笑いが追いかける。

「あくまで人の為に進むか。その細き道、何処まで続くか見ものだな」

楽しそうに呟かれたその言葉は、不思議と俺の頭の中に残った。

〈◆〉

青年達が出て行った扉から、すぐさま局員が入って来る。

それを見て、私は立ち上がる。私に向って敬礼してくる局員の前へと進み出る。

そして、

「おっ、お疲れ様でした!鞍瀬長かブッ!」

責任者である彼の顔を、思いきり殴りつけた。

床に倒れ、訳が分からないと言う顔を返す彼に、私は壁を指さす。先ほどまで女性が映っていた場所を。

「あの映像はなんだ?何故、巡査である佐川様が慰問官の真似事をされている?」

「そ、それは…動画の作成は我々ではなく、特区の方で…」

「女性の責任にするつもりか?」

私が冷たく聞き返すと、「滅相もございません!」と慌てて首を振る責任者。

「全ては、私の、私の責任で…」

「当然だ。貴様が確認を怠ったが故に、佐川様に要らぬご心労をお掛けしたのだ」

「はっ!申し訳ございません!」

「直ぐに事態を収拾しろ。出来なければ、明日から貴様の席はない物と思え」

「は…はっ!」

逃げるように駆けだした彼の背を見送り、私も部屋から出る。そこで、小さくため息を吐く。

全く、最近の若い奴らは貧弱な者ばかりだ。彼が映像をチェックしなかったのも、どうせ見れば自制が出来ぬと思っての事だろう。局員ともあろう者が、何とも情けない。風の噂では、愚息も失態を犯したと聞く。

本当に、嘆かわしい。

通路に出て、先を進む。既にそこに、先ほどの青年の姿は無くなっていた。

若い局員は確かに質が落ちた。だがアレは、若いが見どころのある男であった。局員への道よりも友を優先し、佐川様の過剰な行動を目にしても平然と立ち、且つ友に肩を貸す余裕を見せた。

強靭な耐性。私以上の逸材。

「実に惜しい…いや、欲しい存在だ」

私の勘が、そう告げている。

彼をここで見過ごさば、我々はいずれ、大きな代償を払わねばならなくなると。