作品タイトル不明
18話~転嫁率って何だ?~
オトハ様の慰問会やWEB会議など、今週はイベント事でいっぱいだった。鈴木さんの可愛らしい姿を見ることが出来たりと、良い事も沢山あったけど、疲労の溜まる1週間であったのは違いない。
そんな疲れを吹き飛ばす為にと、日曜日である今日、俺は松本君ととある場所に赴いていた。
その場所とは…。
「おぉ~!ここが繁華街かぁ~!」
松本君の車を降りて見回すと、様々な建物が俺達を出迎える。
美味しそうな匂いを放つ飲食店。奇抜なデザインの服を並べるアパレルショップ。見慣れぬ調度品が溢れる雑貨屋。
こうして遠目で見ているだけで、心躍るお店ばかりだ。
「まるで、テーマパークに来たみたいだな。テンション上がるわ~」
「テーマパークより、もっと凄いですよ」
松本君が得意げに胸を張り、先ずは昼飯にしようと街の一角を指さす。そこには、湯気が立ち上る通りが続いていた。
なんか、横浜の中華街を思い出す。
「へい、らっしゃい!特区御用達の牛鍋だよ!」
「10年間、特区に卸し続けてるサーモンパスタだ!絶品だよ!」
「今、女性の皆様に人気のチーズフォカッチャはいかがかなぁ~!?」
何を食べようかと踏み入れると、通りのあちこちから威勢の良い声が飛び交った。
とても活気があるんだけれども…。
「なんかみんな、特区だとか女性の〜って文言ばかりだな」
それに加えて、看板や見出しの多くも〈特区流通のチーズ使用!〉や〈 涼音(すずね) 様も食された逸品!!〉なんて言葉で満ちている。
不思議に思うと、松本君が「そりゃそうですよ」と大きく頷く。
「特区の皆様に選んで貰えたってだけで、味は保証された様なものですからね。だから、これが一番ウケが良いんです」
つまり、特区との繋がりがそのまま、商品のブランド力に直結していると。
特区が近いから起こる現象なんだろうけど、思ったよりも強いんだな、特区の影響力って。
俺は通りの遥か先に聳え立つ、コンクリート調の巨大な壁を見上げる。俺達の住むこちらの世界と、特区と言う未知の世界を隔てる堅牢な城壁が、途切れる事なく彼方まで続いていた。
この向こう側に鈴木さんが居るのか。そう思うと、何だか少しだけ親近感が湧いて来る。
「先輩、先輩。そこのお店、かなりの有名店ですよ」
松本君に連れられて、俺は一軒のパン屋へと入る。中は何の変哲もないパン屋だったが、壁には女性から貰ったと言うサインが飾られ、値札の上には〈〇〇様御用達!〉と言う謳い文句が添えられているパンが並んでいた。
しかも…。
「カレーパンが1個1000円!食パン1斤で3000円だと!?」
殆どが、目玉の飛び出そうな値段を掲げている。
昔流行った高級食パンって奴か?
俺が驚く横で、松本君は「普通ですよ」とカレーパンを買い物カゴの中へと入れる。
「ここら辺はみんな、これくらいになっちゃいます。何せ、特区に卸していますから」
「ブランドか。名前の力ってのは、恐ろしいもんだな」
俺は周囲を見渡す。ヨレヨレのシャツや汚れた繋ぎを着た男達が、 挙(こぞ) って高級パンを掴み取っていく。そいつらの顔に、値段を気にしている素振りはない。あるのは、女性と同じ物を食べられると言う喜びだけがある様に見えた。
そう見えた気がしたんだが、
「違いますよ。先輩」
違うらしい。
「確かに、人気なのは女性が食べているからって理由もありますけど、純粋に特区へ無料で卸しているからってのも大きいんです」
「無料で!?」
俺は驚きで目を見開いたが、松本君は当然だと頷く。
この店だけでなく、特区へ卸している物資の殆どは、金銭のやり取りをせずに徴収されるらしい。それ故に、特区へ大量に物資を送っている店は、必然的に値段を上げないと商売にならないのだとか。
つまり、搾取されているって事じゃないのか?
「そんなんで、よく潰れないな。この店は」
「潰れる訳ありませんよ。特区に卸しているって事は、つまり…」
松本君が何か言おうとしたが、店の奥で鐘の音が響き、その音に潰されてしまった。音の方を見ると、大きなプレートを机にドンッと置いた店主が、手にしたハンドベルを狂った様に鳴らし続けていた。
「焼きたてのメロンパンだよ!1個5000円!転嫁率は94%だ!」
ごっ、5000円の、メロンパンだとぉ!?
「「おおっ!」」
「90越えだと!?」「買わせろ!」「俺は10個買うぞ!」
驚く俺を置いて、周囲の客が店主の元へと殺到する。そして、トレーに置かれていたメロンパンを次々と鷲掴み、代わりに札束を叩き付けて行く。
1分もせずに、バカ高いメロンパンは無くなってしまった。何の変哲もない、ただのメロンパンなのに。
バーゲンセールの様な売れ行きに、俺はゆっくりと後輩を振り返る。
「まっちゃん。転嫁率って何だ?」
恐らく、その聞き慣れない単語がカギだと思って聞いてみると、松本君は「鋭いですねぇ」とシタリ顔をする。
「特区に卸す事で出る赤字ですけど、それを商品の値段に転嫁している割合の事を転嫁率って呼びます。このカレーパンにも入っていますけど、94%は相当高い数値ですね。それだけ、特区に卸されているって証拠でしょう」
「相当高いって…なんで…?」
なんでみんな、 態々(わざわざ) そんな無駄に高い物に群がるんだ?94%が割り増しって、殆ど寄付みたいなもんじゃないか。
俺の常識からはあまりに逸脱していて、言葉を失ってしまう。すると、丁度通りかかった2人組の声が聞こえてきた。彼らの目には涙が浮かび、その手には 件(くだん) のメロンパンが。
「やった。買えたぞ」
「ああ。俺たちの金が、女性の皆様をお支えするんだ」
「女性の役に立てる。こんな嬉しい事は他に無いぜ…」
2人はメロンパンを大事そうに抱え、世界を隔てる壁の方を暫く見つめていた。
その2人を指さし、松本君がドヤ顔で頷く。
「ええっとですね、先輩。つまりはこう言う事です」
要は、女性にお金を貢いでいるのと同じ事らしい。自分達が稼いだお金で、女性の生活を支えている。そんな使命感に似た感情で、彼らは割高な商品を嬉々として購入しているのだとか。
「分からんな。そんなに貢ぎたいのなら、直接好みの女性へ送金すれば良いだろうに」
「それは違法ですよ。捕まっちゃいます」
捕まるのか?
いやでも、賄賂みたいになるからダメなのか。それも十分、女性と繋がる手段になってしまってしまう。金銭のイザコザで、事件に発展するなんて元の世界でもあったことだし。
嫌な事件だったね。
「同じ理由で、お店が転嫁率を変える事も出来ません。あくまで特区に卸した分だけの金額なんで、引き上げて店の利益にしようとしたら、管理局が黙っていませんよ」
ふむ。だからみんな、転嫁率の高い品物に飛びついているのか。自分達が唯一、女性に奉仕出来る方法だと思って。
支社長が言っていた「女性の案件はご褒美だ」ってのは、この世界の常識だったんだな…。
「あっ、先輩。ちょっと道を開けてください」
急に松本君が、俺の袖を引っ張る。
何かと思って彼に従うと、店の中に誰かが入って来た。白い制服に、見下すような視線。
管理局員だ。
「なんだよ。冷てぇのばっかじゃん」
「おい!出来たては何処にあるんだよ?」
「へい!こちらでございます!」
太太(ふてぶて) しい態度の局員の小僧共に、しかし、店の店主は 恭(うやうや) しく 跪(ひざまず) き、プレートに乗せた出来たてのパンを差し出す。
それを、むんずと掴んでその場で食べ始める局員達。
「ん〜…微妙。あんま辛いの好みじゃねぇんだわ」
「おっ、こいつはイケるぞ。食ってみろよ」
「お前がチーズ好きなだけじゃん」
局員達は好き勝手言って、一口だけ齧ってトレーに戻したりしている。
そうして散々食べ散らかした奴らは「次は何処行くべ?」と、金も払わずに店を出て行った。
食い逃げか?
そう思ったけど、店主に怒った様子はなく、寧ろトレーの上の残されたパンを見て「まだまだか」と食べて貰えなかった事を悔しがっている様子だった。
何でだろうと思いながらも、俺達は買い物を終わらせて外に出る。すると、まだ局員のガキンチョ共が通りを闊歩していた。
「おら、お前ら!道を開けろ!」
「ウロウロすんなよ。蹴り飛ばすぞ?」
傍若無人。時代が時代なら、斬り捨てゴメンとかやってそうな奴らだ。
こりゃ相当嫌われているだろうと思ったが、周囲が彼らに向ける目は熱かった。
「良いよなぁ、局員。格好良いぜ」
「ああ。女性に直接奉仕出来るなんて、羨ましい限りだ」
「俺も局員になって、女性の皆様をお守りしたいよ」
…女性に奉仕出来るから、局員になりたいと?
仕事内容とか労働環境とかそんな事よりも、そっちが重要みたいだな、この世界の男にとって。
「まっちゃんも局員になりたいって思った事はあるのか?」
「勿論ありますよ。小学生の時に書いた〈将来の夢〉って作文では、クラスの大半が局員になることでしたから」
野球選手や公務員を差し置いて、局員が1位なのか。
「でもダメでした。僕には才能が無いって、中学生の時に分かったので」
「才能?学力が低かったのか?」
「違いますよ、先輩。中学生の時にやるでしょ?管理局員適性試験。あれで〈適性無し〉だったんです」
なんでも、この世界の少年はみんな、中学生になると専用の試験を受けさせられるのだとか。
松本君が受けた時は、数人が同じ部屋に入れられて、そこで女性の音声を聞かされるのだとか。そこで耐える事が出来れば〈適性有〉と判断されて、局員養成コースへと進む事も出来るらしい。
「そう言えば、岩本係長も言ってたな。局員は女性耐性が必要って」
それを判断するのが、適性試験って訳だ。
「でも今のまっちゃんなら、受かったかも知れないな。もう社長の声を聞いても、耐えられるようになったんだろ?」
「確かに、そうですね…ちょっと試してみますか?」
「うん?試すって、耐性を?」
恐る恐る聞くと、松本君は大きく頷く。
「試しに受けてみましょうよ。局員適性試験」
…えっ?それって、俺も?
笑顔で提案してくる松本君に、俺は固まった。