作品タイトル不明
15話〜す、鈴木さん?〜
WEB会議。
それは、現代社会人であれば当たり前に行う会議形態なのだが、この世界…特に特区と外で繋げるとなると、話が変わってくる。
大騒動となるレベルの話であった。
「その案件、電話じゃどうにかならんのか?黒川」
白髪混じりの頭を搔く支社長に、俺は「難しいですねぇ…」と首を振る。
「実際にこの目で見ないと、何とも言えないので」
「そうか。まぁ確かに、工場のデータとなると、検問でも引っかかる可能性があるからなぁ」
「えっ?そうなんですか?」
グループ会社だろ?特許でも関わってるのか?
俺は驚いたが、どうもそれが普通らしい。特区には色々と技術も集まっているから、下手に外へ出せないんだとか。
技術が集まってるなら、 NOX(のっくす) 問題くらい内部で解決して欲しいものだが…それは、ここで愚痴っても仕方がないか。
「既に鈴木さんの方から、社長には話が行っていると思います。ですので、支社長さえ許可を頂ければ…」
「俺は逆らわんよ。社長がGOサインを出せばな。だが、直ぐに許可が降りるとは限らんぞ?相手はグループの一社員。しかも若い女性の方だ。きっと、奴らが出張ってくるだろうからな」
「奴らって…」
恐る恐る聞くと、支社長は渋い顔で頷いた。
「管理局だ」
WEB会議の申請は、思ったよりも早く受理された。
その点は、支社長の見立てが外れた。でももう1つの、是非とも外れて欲しい予測は的中してしまった。
数日後の朝一。俺の目の前には、数人の男性が立ち並んでいた。
「我々は特区高等警察、第8機動隊である。そしてこちらが、上等管理保安監の 鞍瀬(くらせ) 様だ」
そう言って会社のエントランスに整列するのは、完全武装の警官数人と、白い制服を着た偉そうな青年が1人。その青年…鞍瀬保安監が俺を冷めた目で見下ろす。
「もしも分不相応な発言を行えば、二度と日の目を見れないと思え」
それって、独房生活になるって事だよな?WEB会議で逮捕されるって、おかしくない?
今更か。
俺と支社長を先頭に、物々しい男達を連れて社内を歩く。事前に警察が入る事を通達されていた社員達も、管理局の男を見て顔を青くする。
「やべっ。うちの会社、なんかやった?」
「局員って事は…特区にイタズラ電話とか?」
「バカお前、そんなんで特高が動くかよ」
ガヤガヤする社員達の中に、松本君の姿を見つけた。彼は俺を見るとすぐ、何処かへ走って行ってしまった。
どうした?
「こちらが、今日の会議場です」
そう言って支社長が会議室に案内すると、特高の隊員達は部屋中に散らばり、片っ端から部屋中を調べた。
壁をコンコン叩いたり、コンセントやテレビを分解し始めたりした。観葉植物を引っこ抜いた時は、支社長が「ひぃっ」と小さく悲鳴を上げる程だった。
すぐに埋め直していたけど…何を探しているんだ?盗聴器とか?
そうして粗方探索を終えた彼らは、今度はドアや窓に緩衝材や厳ついテープをベタベタ貼り付け始めた。
今度は何だ?防音対策?
それを見て、支社長がまた「うぅ…」と小さく唸る。
大丈夫ですよ、支社長。終わったら、みんなで大掃除しましょ?
「終わったか?」
1人だけ椅子に座っていた鞍瀬保安監が、特高の皆さんに声を掛ける。準備完了の返答を聞くと「なら、早く始めろ」とこちらに命令してきた。
いちいち癇に障る奴だな。こりゃ、局員になれって言うオトハ様の提案を突っぱねて正解だったわ。
後ろで警察と保安監に睨まれながら、俺はパソコンを操作する。会議室に入ると、まだ鈴木さんは入室していなかった。
ふぅ。良かった。会議までの時間が迫っていたから、待たせたらどうしようと思ってたんだ。
俺は椅子に座りながら、小さく息を吐く。画面を見ると、何時もより緊張した俺が映っていた。
おっと。ネクタイ曲がってんな。久しぶりに着けたから、なんか歪になってる。
気になって、PCのカメラを鏡代わりに使う。
すると突然、その画面の左側に黒髪の美少女が現れた。
うぉっ。
「あっ…と。す、鈴木さん?」
『くろ、かわさん?』
大きく黒目がちな目を更に見開いた彼女は、驚いた表情で俺の名前を呼ぶ。
その可愛らしい声は間違いなく鈴木さん…なのだが、どうしてそんなに驚いているの?俺、何処か変なのか?
「おっほん」
2人で固まっていると、席の右側でワザとらしい咳払いが聞こえる。
鞍瀬保安監だ。
「(小声)挨拶」
囁きと顎を使って、俺に促してくる保安監。
偉そうで癪だが、彼の言う通りでもある。
俺は画面向こうの鈴木さんに向けて、小さく頭を下げる。
「JIESの黒川です。鈴木さん、いつもお世話になってます」
『あっ、こちらこそ。JIEの鈴木です。あの、私も黒川さんにはいつもお世話になっていて…』
慌てて頭を下げる彼女は、声で想像した通りの律儀な人だった。
でも、声で思っていたより何倍も美少女だったから、俺は今でも心臓が高鳴っていた。
大きな瞳にショートボブで纏めた黒髪が、少女の様に可愛らしく見える。反対に、赤いルージュの口紅が大人っぽさも醸し出している。
歳は20になったばかりくらい?新人さんの様に見えてしまうが、電話のやり取りはもっと上のような気もするし…。
「くっ…」
彼女の姿に見とれていたら、向こうの方で苦しそうな声が聞こえた。見ると、特高隊員の1人が胸を抑え、姿勢を崩していた。
おぉ。警察のエリートが悶えている。まぁ、オトハ様にも負けない魅力に加えて、この可愛らしい声だ。彼の気持ちは良く分かる。
「(小声)おい」
また、囁いてくる保安監。
「(小声)礼は深く。女性には”様”を付けろ」
…うるさいな。あんたは鬼のマナー講習か。
厳しい顔で睨んでくる保安監に、俺は不満の目を打ち返す。
『あ、あの…黒川さん?』
しまった。保安監じゃなくて、鈴木さんを不安にさせてしまった。
「ああ、済みません。保安監の人に注意されてしまって。鈴木さんに何かあった訳じゃな…てっ!」
痛っ!
脛(すね) 蹴ってきやがったぞ、保安監の奴。
『あの?大丈夫ですか?』
「大丈夫、大丈夫…です。申し訳ありません。保安監の方に、口調も気を付けるように言われてしまいまして」
ほら。口調も丁寧にしただろ?もうこっちを睨むなよ。
「では、早速お仕事の話を致しましょう。トレンドを見せて頂けますか?」
『はいっ!あの、ちょっと私の方でも加工してみたんですけど…』
邪魔は入ったが、漸く仕事の話が出来る。
そして、俺は彼女とやり取りを進めるのだが…やはりWEB会議は良い。電話では分かりにくい部分も、こうして画面で見せてくれた方が一発で分かる。
だから、仕事も一気に進んだ。
「鈴木様。もう少し昔のデータはございますか?先月…出来たら先々月の物を見せて頂けると助かります」
『分かりました。ええっと、先々月のはぁ…これかな?あっ、違った。これかな?あっ、これだ』
可愛らしいな、鈴木さん。本人は一生懸命なんだろうけど、動きが小動物みたいでホッコリする。
俺はついつい、仕事中だと言うのに癒されていた。
だが、それは俺の話であって…。
「ぐぅっ…」
「ずみまぜん、隊長…」
俺の周囲は大変なことになっている。
完全武装の警官達が徐々に倒れていき、唯一生き残っている隊長さんも、足をプルプルさせていた。保安監だけは平然としているが…机の下で握られた手が、真っ白になるまで握りしめられていた。
大丈夫か?トイレ休憩入れる?
『黒川さん。どうでしょう?』
「えっ?ええっと、そうですねぇ…」
いけねぇ。鈴木さんに集中しないと。
「あっ、ほら。先々月から燃焼設備の温度が上がってます。これが原因で、サーマルNOXが発生している可能性がありますよ」
『サーマル?ですか』
「はい」
サーマルNOXとは、温度が高過ぎて発生するNOXの事だ。温度さえあれば、窒素と酸素だけで発生してしまうので、工場だけでなく自動車のエンジンとかでも発生してしまう。燃焼設備を持っている業種は、特に注意しないといけない有害成分だ。
「ですから、ここの温度を下げることが出来ましたら、NOXも下がるかと思います。恐らく、冷却用の空気等が詰まっているのではないでしょうか?一度、工場側に確認するよう助言して頂けませんか?」
『ああ、凄い!流石、黒川さんです!』
小さく手を叩きながら、鈴木さんが喜んでくれる。
凄く可愛い。
「ぐっ…」
だが、その可愛さに当てられた隊長さんは倒れ、保安監も「ちょっと…」と言って、フラフラと退室してしまった。
残ったのは俺と、後ろで見ている支社長…あっ、彼もいつのまにか、椅子に座ったまま失神していた。
良い笑顔だな。
「いやぁ~。鈴木さんに喜んで貰えて、俺も嬉しいですよ」
『あれ?口調が』
「ええ。邪魔者が居なくなりましたからね」
そう言って肩を回していると、鈴木さんが『ふふっ』と手で口を隠して笑う。
うっ。想像の斜め上を行く可愛さだ。これは俺も、倒れていった人達を笑えない。
『あの、黒川さん』
「うん?どうしました?」
また別の質問か?と思って姿勢を正したが、彼女は笑みを携えたままだった。
そのまま、こちらに小さく頭を下げる。
『いつも、本当にありがとうございます。私、毎回助けて貰っちゃって』
「そんな…」
俺は胸がいっぱいになり、言葉を詰まらせる。ニヤケそうになる頬を押さえつけて、胸に手を当てる。
「俺で良ければ、いつでもお手伝いしますよ」
ああ、また恰好付けてしまった。
『心強いです。ああでも、忙しい時はちゃんと言ってくださいね?』
「勿論」
言える気がしねぇ…。
笑顔で別れの挨拶をする彼女を見て、俺はもう彼女の申し出を断れない気がしていた。
「では…我々はこれで…」
バツの悪そうな表情を伏せながら、特高の隊員達が帰っていく。
来た時は肩で風を切って歩いていたのに、随分な変わりようだ。誰1人意識を保てなかったので、相当ショックだったみたい。
その為か、今度からWEB会議をする際は、警察と管理局に申請するだけで良くなった。信用を勝ち取ったと言えば聞こえは良いが、実際は彼らが来ても意味がなかったからじゃないかと思っている。
保安監なんて、あれから帰ってこなかったからな。オトハ様の会場に居た奴の方が、まだ根性があったと思うぞ?
「先輩!」
小さくなっていく警官達の背を見送っていると、松本君が慌てた様子で駆け寄って来た。
「良かった。間に合ったみたいですね」
「間に合ったって…何に?」
訳が分からず、俺は眉を顰める。
すると彼は「やだなぁ」と小さく笑って、手に持っていた大量のお菓子を俺に差し出してくる。
「何かやっちゃったんでしょ?これ、差し入れです」
「いや、逮捕される訳じゃねぇから!」
もうちょっと、俺を信用してくれ!