軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第99話 北方のブランドを作ろう 7歳 春

村の産品には全て同じマークを入れたい。

村の人にはあまり理解されないけれど、僕は密かに企んでいる。

俄の自称ブランドマネージャーとしては、交易品に付加価値をつけたいんだよね。

この印がついた交易品なら混ぜ物がない、腐っていない、重量以上の銀の価値がある、と信頼性を知らしめたいのだ。

父ちゃんがクナトルレイクで無双して、この酒を飲み、薬を塗れば強くなれる、というストーリーがついてくれば言う事なしだね。

それで、どんな印をつけるのが良いのか。これも結構な悩みどころ。

子供クナトルレイクの大会の際、他の村の人々を観察してみてわかったのだけれど、特に村や一族を表す紋章とかがないんだよね。

よく考えてみれば、紋章の機能とは一族の系譜を戦場や宮廷で周囲に示すものだから、封建時代とセットの代物なんだよね。

フィヨルドにぽつぽつと分散して住んでいる北方の民に紋章が発達する理由もないわけで。

でもね、僕は欲しいんだ。たってシンボルが合ったほうがが格好いいじゃない?

「あー。それで盾のチームエンブレムが受けたのかあ…」

僕がクナトルレイクの盾に描いた稚拙なチームエンブレムでも、彼らにとってはアイデンティティに響く斬新なデザインに映ったのかもしれない。

北欧神話の神々の加護が宿ることを期待できるデザインが受けない理由はないよなあ。

「それで。新しく作る交易品用の樽や盾には、同じ種類の紋様を描きたいと思うのです。あの紋様が描かれているなら、うちの村の製品だ。だから品質は間違いない。という評判を得たいのです」

僕が相談する相手は村長婦人。村の特産品マークを僕の独断で決めるわけにはいかないからね。

「紋様など、描いたところで直ぐに真似をされるのではありませんか?」

偽ブランド問題を指摘する村長婦人。さすがの鋭さ。

商品の偽装は、有史以来存在する問題だものね。

古代ローマでも、ワインやオリーブオイルの産地偽装があったと聞くし。

「偽物が出てくるぐらい評判を得ればしめたものですよ。偽物を掴まされた人は、本物を求めます。本物の価値が上がるんです」

「そういうものかしら?」

「例えば、樽入りの冷燻鱈について言えば、うちの村よりも大規模な施設を作って、薪代を安くして、ムラがないよう配置を頻繁に入替えて、品質の検査を厳しくしない限り、偽物が本物よりも高い評判を得るのは難しいでしょう」

「…確かに、それは難しそうね」

外装は真似できても中身は真似できない。中身の作り方は、もっと真似できない。

オペレーションエクセレンスでブランド守る、というやつだね。

うちの村の場合は大規模設備投資と技術開発でも守ってる。

「それに、偽物が出てくるぐらいの評判を得られたら、しめたものですよ。本物を求める人や交易商人は、間に挟まる取引相手をできるだけ少なくしようとするでしょう。仲介人が少なければ少ないほど、偽物に騙される危険が下がりますからね。

本当に良い評判を得られるようになれば、村まで直接に仕入れに来る商人が出てくるかも知れません」

目指すところは直接交易!しかも相手が村まで来てくれる形が一番良い。

多くの商人に来てもらって、競売形式で価格を上げて利益を増やしたい。

「…だいたい、言いたいことはわかりました。わかっていない点もあるかもしれませんが」

商人でもないのに、だいたい分かるだけでも大したものだと思う。

「それで?相談とはなんでしたか?その紋様を何にするか、でしたか?」

「はい。紋様は製品だけでなく村を象徴する紋様にもなりますから。どんなものにしようか、予め相談しておこうかと…」

最近の僕の村での評判からすると、砂浜に絵を描いただけで、魔術だ!と通報されかねないし。僕がなにをしたというのか。

しかし折角の僕の配慮は村長婦人には伝わらなかったようで。

「それは、トールが決めても良いのではないですか?」

などと無茶なことを言うのだ。

「いやいや、不味いでしょう…。僕が決めて良いわけないじゃないですか」

流石にそれは、と辞退したのだけれど村長婦人は僕が決めて問題ない理由を上げて逃げ道を塞いでいく。

「交易品の話なのでしょう?当面の交易品は薬と盾と樽詰めですよね?でしたら、製薬の私と、木工のトールで決めてしまっても良いではないですか」

「村長さんの意見はどうなりますか?戦用の盾にも紋様を入れるつもりですが」

「あの人は、紋様が格好良ければ何も言いませんよ」

そうかな?そうかも…。いや!騙されてはいけない!

好きにデザインして下さい、と顧客に言われたので好きにデザインをした成果物を持っていったら、ここを修正して欲しい、あれも修正して、と無限リテイク地獄に陥ったことがあったような記憶が。

つまりは罠だ。僕はブラック仕事への勘だけは鋭いんだ。

もっとも、勘が鋭いだけで仕事を避けられたことはないんだけど。

…まあいいか。腹をくくって好きにデザインをしよう。

「やはり北方の村だし、北欧神話からモチーフをとりたいよね…何にしようかな」

「フギンで良いではないですか」

黒板にラフを幾つか描いていたら、好きに描いて良い、という許可をどこかへ忘れ去った指示が顧客から飛んできた。

「フギン様ですか?あれは子供クナトルレイクの練習用に決めただけで…」

「ですからクナトルレイクの盾の紋様はフギンで決まっているのでしょう?」

「まあ、そうですが…」

いつの間にか、僕の村のクナトルレイクチームの盾の紋様はフギンで定まっている。

たぶん父ちゃんあたりも推してるんだろうなあ。

ホームがフギン、アウェーがフェンリルという使い分けにしようか。

すると村長用の戦盾の紋様はフェンリルか。青い顔料が要るな。

「となると、エンブレムデザインとブランドとの整合性をどうするかなあ」

統一ブランドデザインが上にあって、その下に製品毎のエンブレムデザインが並ぶ感じになるのかな。

ルーン文字は使いたいんだよね。

北方の人達は魔術を忌避する一方で力を信じているみたいで、剣や斧に刻んだりもするし。

「紋様…ルーン文字…ブランド…そうだ!全部を組み合わせるとか!」

「どういうことですか?」

僕は黒板に、ルーン文字を組み合わせ、一部の文字を回転させたりして苦労しつつ、カラスっぽいシンボルを描いてみせた。

「こういう感じで、ルーン文字の組み合わせでカラスの形を作るんです。フギン様っぽく見えるでしょう?」

ルーン文字の組み合わせで絵を描く利点は、ルーン文字を知らないと絵が正確に描けないこと、それと新しく焼印を作らなくて良いので安く作れること。

製造年度によって字を一部入替えたりしてもいいしね。

偽物を製造する側のコストは上がるけれど、僕達のコストは変わらない。

「どうでしょう?いい考えではありませんか?」

僕がふんす、と胸を張った。

「なるほど。バインドルーンの一種ですね。その形は初めて見ますが」

「バインドルーン?」

「ルーン文字を幾つか組み合わせて象徴性を高める技法です。例えばフギンでしたら、神の知恵、炎と知恵を表すルーンを組み合わせて一字にしたり…」

「ああ、そういう手法があるんですね」

僕のルーン文字教育は手紙を書くことに偏っていたから、そうした儀式や魔術っぽい方面の教養は欠けている。

いいアイディアだと思ったのだけれど、とんだ車輪の再発明だったわけだね。

バインドルーンの一種、と解釈してもらった方が世間の収まりが良いのなら、そうしておこうか。

「いいえトール、落ち込むことはありませんよ。文字で絵を書くというのは素晴らしい思いつきです。手紙や文書の文字装飾などに使えるかも知れません」

「そういうものですか?」

僕はルーン文字を組み合わせたフギンの焼印を固定する治具の形とか、誰に頼んだものかと、この先の仕事の段取りについて考えていたので、村長婦人がしきりに感心していたことに気がつけなかった。

ましてや、これよりしばらく後に、村長婦人が書き残した多数の文書や書簡に使われたルーン文字の装飾技法が、フギンの翼やフェンリルの牙を羊皮紙の上に伸びやかに表現した北方独自の装飾文字として知られるようになっていくことなど、全然知るよしもなかったのだった。