軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第62話 僕は口だけの男じゃないから 6歳 晩秋

どうにか子どもクナトルレイク大会の日程を決めたので、視察団へ使者を送ることにした。

開催日程と大会開催概要を僕の代筆で署名した羊皮紙を丸めてから、温めた蜜論で封印する。

「では、ここに印璽を押し付けてください」

「こ、こうか?」

「はい。数がありますから、続けてお願いします」

「ふむ」

視察団への招待状は結構多い。20枚はあるんじゃないかな。

日程が合わないとかで全部の視察団が来るとも思えないから、出席率は半分もあれば良い方と見ているけど。

そもそも試合の運営を見学しよう、なんて殊勝な考え方の人が多いとも思えないからね。

「お、今回はなかなか上手く押せたな」

「さようですね。次も同じようにお願いします」

村長がぐりぐりと太い指輪に嵌められたゴツい青銅の指輪の模様を蜜蝋に押し付ける、複雑な紋章が写し取られる。

普段はやらない習慣だからか、村長は妙に嬉しそうだ。

そもそも文字で連絡取る習慣や機会があまりないから、珍しいのかもね。

見るからに装飾品や権威が好きそうだし、見たり飾ったりする以外の装飾品の活用方法が出来たことに響くものがあったのかもしれない。

羊皮紙に押せば権威も示せる感じがするし。

「ふうむ。今度は別の指輪を使ってみるか。たしかアングル共から貢納された金の指輪もあったな。面白い模様をしていたはずだが…」

「あの…模様が違うのは困るんですが…」

本人確認の意味が無くなるので変えるのは止めていただきたいので…。

と言いかけたのだけれど、村長があまりに楽しそうにしているので止めた。

うちの村長がこれから手紙を出しまくるとも思えないし、ここで無理に注意して機嫌を損ねなくても良いかな。

僕は一通り羊皮紙の封印を確認すると、手紙を配達してくれる使者役の人に向き直った。

「使者の方。では、送り先の村の名前を復唱していただけますか」

「はいっ!フォルスバック、サンドヴィーククロッグ・フィヨルド、ミラル、エイケ…(中略)…オラフス・スタズル、フィスケ・ビュ、ハルヴァルズ・ネス、ゲイル・ホルム」

「…合ってますね」

文字がない文化の人の記憶力って凄いね。

一応、丸めた羊皮紙を結んだ革紐には送り先を書いた木製の小さなタグをつけておいたけど、エイヴィンダルヴィークの仲介商人にも復唱して宛先が確認してもらわないと困るからね。

ちなみに、僕は記録力に自信がないので、村の名前を書いたリストを見ながら使者の人の読み上げを確認してる。

本来なら、エイヴィンダルヴィークへの使者はルーン文字が読める人が望ましいのだけれど、村長婦人や僕を村の外へ送ることは体力的な問題で不可能なので、村人の中で船を操るのが達者で記憶力の高い人が選ばれた、というわけだ。

問題は羊皮紙の手紙を受け取った視察団の派遣元の村なんだけれど…。

「村に1人や2人はルーン文字が読める人がいるでしょう?」

という村長婦人の判断でそのまま送った。

この点も地味に出席率に影響しそうな気がしないでもない。

「それで、例のお土産は村の数だけ揃えてありますか」

「はい。既に 小型漁船(オスウェルヴァル) に積み込んであります」

視察団派遣元の村へのお土産。それはクナトルレイク競技総則と、競技場を書くためのエル巻尺とエル定規だ。

新式クナトルレイクを見るために視察団を送るぐらい熱心な村は、自分のところでも新式クナトルレイクの試合をしたがるだろうし、ルールは読み込んだ上で視察に酸化したほうが、よく理解できて楽しいだろうからね。

クナトルレイク好きな人々には何よりのお土産になると思う。

競技総則は試合後のセミナーのテキストにも転用する予定なので、しっかり読んでくれるといいな。

そうして使者は朝靄の中、お土産を満載し、フィヨルドを小型漁船で漕ぎ出していった。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

「なあ、トール。本当にやるのか?危ないからやめておかないか?」

「いいや、やるね!父ちゃん、僕は口先だけの男じゃないことを証明してみせる!」

「…いや、全然危なくないから。はやく飛び降りなさいよ」

エリン姉にちょっと白い目で見られながらも、僕がやろうとしているのは命綱のテストだ。

といっても、せいぜい2メートルの高さもない夏の家の屋根から、下には柔らかい干し草と待ち受ける父ちゃんがいる場所へ命綱をつけて落ちる、という安全性に配慮された落下のテストだけど。

「えいっ…ぐえっ!」

僅かな浮遊感と衝撃の後で、ぶらーん、と革の胴衣から伸びた命綱で屋根からぶら下がった。ちょっと楽しい。

「ただの縄でしょ?失敗するわけないじゃない」

「何事もやってみないとね。エリン姉、次、やってみる?」

ぶら下がる様子が馬鹿みたいだからやらない、とエリン姉は断ってきた。

慣れたら楽しいのに…。縄を巻き付けるのに革の道衣をつけたのは正解だね。

落ちたときに縄だけで胴体に結ばれていると、たぶん苦しいし肋骨を折ったり内蔵を傷めるかも知れない。もちろん、落ちて死ぬよりはずっとマシなんだけど。

今日から屋根の高所作業をする子どもには革の胴衣と命綱を導入するのだ。

「えー。そんなのなくたって俺は大丈夫だって」

「ダメです。命綱なしでは登らせません」

先日のやせぎすの男の子は無理やり大人に登らせられていたけれど、自分なら大丈夫だと過信していたり、度胸があるところを見せたい、とかいう理由で高所作業を志願する男の子は結構いるんだよね。

実際、屋根の工事には軽い枝を並べたり白樺の革を防水シートのように並べるという、筋力よりも体重の軽さや人数の多さが必要になる仕事がけっこうあって、身軽で度胸のある男の子は重宝されるんだ。

だから僕は建設中の屋根の前に陣取って、命綱なしで高所に登ろうとする無謀な男の子をブロックし続け、安全装備をするように苦労して説得にあたっている。

「俺はつけるよ。貸して」

そんな状況で、率先して使ってくれる男の子がいた、先日助けた子だね。

ちょっと愛想はないけど、黙って革の道衣をつけると屋根の上に登り、命綱を結びつけた。

それから、なんとなく他の男の子も命綱をつけるようになってくれた。

でも、ちょっと気を抜くと命綱なしで高所に登ろうとする子が後を絶たないので、僕は工事現場に卓を持ち込んで監視し続ける羽目になったわけで。

まあ、この種の安全習慣は一朝一夕には定着しないから仕方ないね。

いつか安全が文化になるまでは、しばらく現場に張り付く必要があるだろう。

「おう、俺等の分はないのか?」

「すみませんが、子ども優先なので」

ときおり、大人達からも命綱をくれと言われたけれど、縄はともかく革の胴衣にはサイズの都合があるので断った。大人なら自分で作れるでしょ。

仕方ねえな、と卓を離れていく男衆の腰にはエル定規が挿され、エル巻尺がベルトの上から腰紐のように巻かれている。

よしよし。エル単位もなかなか定着してきているじゃないか。

僕は下を向いて、そっとほくそ笑んだ。