作品タイトル不明
第54話 政治じゃないよ。事故ですから 6歳 晩秋
来客100人が泊まれる宿泊施設を建てる。しかも床暖房方式を。早急に。
作業計画の簡単な見積もりをしてみてわかったことだけれど、本当に本番まで時間が足りない。
詳細計画を建てるのも良いけれど、動けるところから動いたほうがいいね。
「宿泊施設は、どのような建物が良いと思いますか?」
「いや、僕に聞かれても…」
村長婦人に建築案を尋ねられたけれど、僕は建築についてはど素人だし、なにか画期的な工法や美麗な建築デザインを期待されても困ります。
だから、無難に答えるしか無いわけで。
「急ぎなので、長屋敷と同じ設計にしたら良いのじゃないでしょうか?資材の見積もりが実績を元に正確にできますし」
完成形が目の前にあるのだから、柱が何本、梁が何本、といった必要な建材を目で見て数えることができるのは大きい。設計図などない社会で知識共有コストを最小にできて伝達ミスも起きにくいから、手戻りのリスクを最小にできる。
「そうねえ…そうしましょうか」
村長婦人はちょっと詰まらなさそうだ。
たぶん建築の見た目で権威を持たせるとかやりたいんだろうな。
権力者は立派な建物が好きだからね。
壮麗な建築を作りたいのだったら、建築後の外壁装飾とかで頑張ってほしい。
ただでさえ床暖房という新機軸を盛り込むので、構造を弄るリスクは冒したくない。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
翌朝、紅葉もかなり散って寂しくなったフィヨルドを横目に、僕が日課のブラック労働哀歌を歌いながら村長の長屋敷に到着すると、中の人達がバタバタと騒がしい。
男達が皆、斧を携えて動き回っている。
「何かあったんですか?」
忙しくしている郎党達を呼び止めるのも 憚(はばか) られたので、そのまま奥に通されてから村長婦人に尋ねた。郎党の人、なぜか僕のこと怖がってるし。
フィヨルドの海を見た限りでは、魚も船も来ていたようには見えなかったけど…。
「あれは、出立の準備をしているんです。夫が有力者と郎党を率いて、村のために必要な木材を山からたっぷりと伐採してきてくれるそうです」
「…何を言ったんです?いえ、とても有り難いことなんですが…」
村長婦人がどういう交渉や誘導をしたのかは笑顔で誤魔化されるばかりで詳細を教えてはくれなかったけれど、なぜか村長自らが有力者を率いて建築用の木材の伐採に行ってくれることになったらしい。
宿泊所の作業全体を俯瞰したときの労力負担割合では、木材の伐採と調達が半分以上を占めているので、それを村長自ら率先して行ってくれるというのは本当にありがたいことだ。
村長婦人や僕がいくら旗を振ったところで、しょせんは女子供だからね。
戦士中心の社会で、大人の男達を本気で動かすことは簡単じゃない。
言葉だけでなく、権力と筋肉が必要なのだ。
そして、僕には
「特に、塩製造のグラニ家は家長が先頭に立って張り切っているみたいね。塩の製造と備蓄では失態が続いて肩身が狭くなっていたから、村のために働きたくなったのではないかしら。」
わあ怖い。政治だ。こんなところにも政治がある。
僕、6歳の子供だから、政治わからない。
「それで、床暖房の設計と建築についてだけれども…」
「経験と実績のある僕がやりましょうか?」
「別の人を推薦できないかしら?」
秒で却下された。このブラック職場からは逃げられないみたいだ。
となると、選択肢は少ない。
「父はどうでしょう?社交場の傍の床暖房は父と僕で共同で試行錯誤して作りました。村では一番の経験者だと思います」
「そうね。後でグリームルを呼んできて。任せることにします」
なんか密室で父ちゃんに仕事を任せることが決定してしまった。
公共工事なのに入札とかしなくていいんだろうか。
「報酬は…そうね。クナトルレイクの役職を何か授けることにしましょうか」
村長婦人は冗談めかして告げたけれど、その報酬はまずい。
父ちゃんのクナトルレイク好きが完璧に把握されている。
父ちゃんの夢の「父さんな、クナトルレイクで食べていこうと思うんだ」が洒落にならなくなってしまう。
でも実際、父ちゃん以上の適任者はいないんだよね…。父ちゃんなら僕の意見も聞いてくれるし。
「それから、建築期間中に作業へ従事する者達への食事は我が家から出します。食事の準備は女衆に任せます。子供達も働けるものは補助として認めます」
これが実質的な村の人達への賃金だね。
女衆は男衆のために食事を作り、働ける子供は大人の仕事を手伝う。男の子は伐採現場で枝を払ったり片付けをしたり。女の子は料理の手伝いとか掃除とか。
これから長い冬を迎えるにあたり、いかに豊漁の後であったとしても、仕事をすることで食事を節約できるなら、とても有り難いはずだ。
特に貧しい家にとっては、工事が10日間続けば、春まで10日間分の命綱が伸びることになるだろう。
村長としても公共工事を通じ食事を配ることで、村民への支配と権威が高まる。
仕事だけが増える僕を除けば、皆が嬉しいウィンウィンだ。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「ええと、これ」
「はい!正確ですね。次も同じようにお願いします!」
「これは?」
「いいですね。合格!合格したものはこちらに!」
僕は今、計測に使う《《エル》》定規と《《エル》》巻き尺と 貝殻棒(チョーク) を大急ぎで量産しているのだ。
伐採した木材が村に届く前に、作業する人達に便利道具として行き渡るよう配布してしまいたい。
必要な労力については、村長婦人にお願いして奴隷の人をつけてもらった。
普段は織物をしている奴隷の人達を動員し、僕が交易布のサイズからでっち上げた、オーク木材製の「《《エル原器》》」に合わせて、定規を作り、メモリを刻み、巻き尺縄を編み、染料と結び目でメモリを作ってもらっている。
僕は検査員に回り、最終的な検品をする。
ちょうど良い機会なので、多くの村人が参加する宿泊施設の建築現場で、共通単位としてのエル単位を、長さの単位として定着させてしまおう、という企みなのだ。
道具が便利でさえあれば、道具の便利さと単位の便利さを混同して、うやむやのうちに使われるようになるだろう。
僕は樽の長さの単位しか許可を受けていないだろうって?
それは違いますよ。
「僕は樽を作るための計測の道具を作っていたら、うっかり沢山作ってしまい、たまたま作業をする人達の目のつくところに置いていたら、勝手に建築に使われてしまった…僕の全然知らないところで…まさか、そんなことになるなんて…」
まあつまり、そういう建て付けになります。
政治じゃありませんよ。事故です。